環境影響評価書に対する国土交通大臣意見がJR東海に通知されました。
手続き上、JR東海は国土交通大臣意見を勘案して評価書の内容を補正し、そこで、環境影響評価手続きが終了します。
その後、全国新幹線鉄道事業法や鉄道事業法の手続きに基づいて事業認可申請をおこなうこととなります。つまり全国新幹線鉄道事業法や鉄道事業法で必要とされた書類や図面を国土交通省に提出し、審査を受けます。
この際、環境影響評価法第33条の規定に基づき、JR東海の作成した補正版評価書が十分に環境に配慮しているかも審査されます。全国新幹線鉄道整備法には環境審査規定が存在しないため、評価書の審査でそれを代行するという意味あいです。このため第33条は「横断条項」とよばれます。
第三十三条 対象事業に係る免許等を行う者は、当該免許等の審査に際し、評価書の記載事項及び第二十四条の書面に基づいて、当該対象事業につき、環境の保全についての適正な配慮がなされるものであるかどうかを審査しなければならない。
第3項 当該免許等を行う者は、対象事業の実施による利益に関する審査と前項の規定による環境の保全に関する審査の結果を併せて判断するものとし、当該判断に基づき、当該免許等を拒否する処分を行い、又は当該免許等に必要な条件を付することができるものとする。
この33条は「総合的な判断」であり、その判断は事業による様々な効果(リニアの場合、事業者の主張する経済効果や二重系統化による災害時の代替路)と天秤にかけて行われるため、簡単に認可されるのでしょう。
すなわち、国土交通大臣が「十分に環境配慮をおこなっているとみられる」と判断すれば、環境面についての審査はクリアできることになります。補正版評価書がダメだとして認可の出なかった事業はほとんど存在しません(例外的に愛知万博)。
ところが、重大な環境への悪影響が予想されることが明らかな評価書に基づいて事業認可をしてしまうと、それは違法となる可能性があります。
実際、裁判において、評価書の内容が不適当であり、そんな評価書で事業認可をした行政側の審議過程を重視し、事業認可を取り消された例がいくつかあります(圏央道あきる野IC建設問題等)。事業認可取り消しには至らなかったものの、やはり「問題のある評価書に基づいて事業認可を行うことは、行政権の濫用にあたる」という見解を示した例もあります(新石垣空港建設問題、小田急高架化事業問題)。
この国土交通大臣意見、前文に科学技術立国がどうたらこうたらとか、いろいろリニア計画を絶賛していますが、内容はほぼ全面的に先月出された環境大臣意見をそのまま用いており、最後に環境大臣意見の前文が載っています。
この環境大臣意見は、全面的に懸念を打ち出したきえわめて異例の内容であり、とてもじゃないけれどもこのままでは事業認可を出せないと書きました。
(6/6 環境大臣意見について書いた文章をそのまま再掲します。
中央新幹線建設事業に対する環境大臣意見が出されました。
ぱっとみたところは簡単に見え、新聞報道などではこれで大丈夫なのかと「?」マーク付きで報じられていますが、実は異例の内容です。
まず、全体で12ページあります。これ自体が異例のことなんです。
例えば、リニアに相当する規模の事業の環境影響評価で出された環境大臣意見は、平成13年の北海道新幹線(250.7㎞)に対するものが最後です。工事の規模自体はリニア(新設約244㎞)とほぼ同じですが、同時に行われた北陸新幹線・九州新幹線への意見と合わせ、たった1~2ページ程度しかありません。
あるいは最近(今年5/1)評価書の出された道路建設事業『都市計画道路阿久根薩摩川内線(18㎞)』への大臣意見も、たったの1ページ半。
これらに比べると、12ページというのは異例の分量だと言えます。
ここから先は、リニアへの意見と合わせ、上のリンク先にある過去の意見例をご覧になってからお読みください。
さて、リニア評価書への環境大臣意見に移ります。
まず、冒頭1ページにわたり、前文が設けられ、そこで
「ほとんどの区間はトンネルで通過することとなっているが、多くの水系を横切ることとなることから、地下水がトンネル湧水を発生し、地下水位の低下、河川流量の減少及び枯渇を招き、ひいては河川の生態系に不可逆的な影響を与える可能性が高い」
「本事業の実施に伴う環境影響は枚挙に遑(いとま)がない」
「これほどのエネルギー需要が増加することは看過できない」
「環境の保全を内部化しない技術に未来はない」
等と、懸念が書き並べられています。
普通、このように懸念を書き並べた前文が環境大臣意見に添えられることはありません。
私、リニアのことを調べるために、過去の大臣意見例50~60件程度に目を通しましたが、本件のように冒頭で懸念を長々と表明したものには出くわしませんでした。
というのも、常識的には準備書への対応により、評価書が作成された段階では、懸念事項は基本的に対応されているとみなされるからなんですね、
それなのにあえて前文を書き加えて、そこで計画全般への懸念を表明したのです。
これはつまり、この事業(=リニア建設)を、この評価書のまま始めた場合、環境への非常に大きな悪影響を与えることが確実視された。よって、このまま着工させてはならないと、環境省が国土交通省に正式に通達したという意味です。同時に、これが政府の公式見解です。
本当に異例のことで、評価書としては失格の烙印を押されたに等しい内容なんです。
大臣意見は、具体的な指摘事項に乏しいように見えますが、評価書は法律上、知事意見つまり地域ごとの具体的な指摘事項を勘案して作成されたものという扱いであり、それに対する大臣意見では、知事意見と重複する内容は基本的に省かれるためです。
しかしJR東海は知事意見を無視しているんですね、この点については、前文および末尾にある「関係する地元自治体の意見を十分勘案することが必要」という部分で、「知事意見に大してはマトモに答えさせなければならない」ということを、国交省に対して求めています。国交省は、これを反故にすることはできません。っていうか、おそらくは環境省内において、打ち合わせ済みなのでしょう。
上に掲げたそのほかの大臣意見例では、こんな当然のことは求めておらず、わざわざ書かれることも異例なんです。
とにかく異例づくめなんです。
ところで、ネットで新聞報道を見渡してみると、リニア計画に反対している人々からは一斉に「落胆の声があがった」かのように書かれています。実効性がないとする論評も見受けられます。
でも環境影響評価制度の仕組みに照らし合わせてみると、これは最大限の見直し要求なんです。
重要なポイントはいろいろありますが、南アルプスの場合、水環境の部分が特に重要になります。
(4ページより)
地下水位の低下並びに河川流量の減少及びこれに伴い生ずる河川の生態系や水生生物への影響は、重大なものとなるおそれがあり、また、事後的な対応措置は困難である。
山岳トンネル部の湧水対策は、(略)特に巨摩山地から伊那山地までの区間においては、本線及び非常口のトンネル工事実施前に、三次元水収支解析を用いてより精度の高い予測を行い、その結果に基づき、地下水位及び河川流量への影響を最小化できるよう水系を回避又は適切な工法及び環境保全措置を講じること。
この部分、非常に重要です。
平地の工事の場合、あらかじめつくっておいた壁をはり付けながら掘り進めるシールド工法が用いられるため、川底でも問題なくトンネルを掘ることができます。
ところが南アルプス等の山地の場合、 山岳工法(NATM工法)がという工法で工事が進められます。その場合、先に小断面のトンネル(先進坑:とはいっても2車線道路並み)を掘ってあらかじめ周囲の地下水を抜いておき、水が減ったところで薬液を注入して岩盤中の隙間を埋め、本坑を掘るという手順をとります。それからコンクリートを塗り固め、防水シートを張り、また塗り固めて内壁を構築する。要するに、地下水を流れ出るだけ流れさせて、止まったところで本坑の掘削を進め、これを繰り返すわけです。こんな工法ですから、川の水が減ることは不可避というよりも、減らすことが前提になっているようなものです。
このNATM工法を採用する以上、おそらく川の水を減らすことは避けられません。これは「適切な工法」とはいえません。そして、すでに南アルプスを流れる大井川水系では大幅に流量が減少するという予測が出ています(前回のブログ記事参照)。長野側の小河内沢でも同様です(それどころか山梨県富士川町の大柳川や長野県豊丘村の虻川については、予測自体をしていない)。水枯れ対策に有効な工法はありません。川の水が減った場合、環境を元に戻すことも不可能です(事後的な対応措置は困難という記述に注意)。
すると、大臣意見の通り「水系を回避」すなわちルートを変えるしか残された道はありません。
ここでトンネルの位置を300m以上ずらすと、環境影響評価をやり直さねばならなくなります。
つまりこの大臣意見は、暗にアセスやり直しを求めているとも解釈できるのです。
それから水絡みで8~9ページ。
「水系ごとに、流量の少ない源流部や支流部も含めて複数の調査地点を設定し、工事の実施前から水生生物の生息状況、河川の流量及び水質について調査を行い、その結果に基づき予測、評価を実施し、適切な環境保全措置を講じること」とあります。
「工事の実施前」「予測、評価」という言葉があるように、事後調査ではなく事前に調査・予測・評価をおこなえということです。今からこれを行うためには1年以上かかります。したがって、JR東海が誠実に対応した場合、今から1年半は事業申請を出せません。かといってやらずに事業申請を出したら、環境大臣意見さえ無視したということで、国交省としても事業認可は与えられません。
こんなのが大臣意見で出されることはまずありません。
こうやって深読みしていくと、なかなか厳しい意見であると思われませんか?
「問題のある評価書」のままで事業を認められるのでしょうか?
答えはたぶんノーです。
問題のある「補正後の評価書」で所轄官庁が事業認可をした場合、それは行政権の裁量を逸脱しているとして違法性があるとのこと。
かつて、東京地方裁判所が、この「裁量権の逸脱又は濫用」と認められるケースを示しています。(平成23年6月9日 新石垣空港設置許可取り消しを求める裁判の判決文の要旨)
それによりますと、その判断が事実の基礎を欠き又は社会通念上著しく妥当性を欠くことが明らかであるなど、免許等を行う者に付与された裁量権の範囲を逸脱し又はこれを乱用したものであることが明らかである場合、違法となりうるのだそうです。そして事実の基礎を欠く場合として、手続き上の瑕疵(かし)のために重要な環境情報が収集されないまま評価書が確定するようなケースが考えられるとのこと。
これをリニア計画に置き換え、評価書と、それへの環境大臣意見について考えてみましょう。
3月末に、準備書に対して出された知事意見には、調査が不足しているとして改めて追加調査を求める声が多数ありました。その中には、河川流量や動植物の分布状況など、1年以上かけて調査しなければならないような、重要な項目も含まれていました。南アルプスにおける河川流量なんて全く現地調査をしていなかった(公表できなかった?)のだから仕方がない。
それにもかかわらず、JR東海はこれら知事意見をほとんど無視して評価書を作成したため、改めて環境大臣から再検討を求められたところです。
しかも再検討を求められただけでなく、冒頭から「河川の生態系に不可逆的な影響を与える可能瀬が高い」「本事業の実施に伴う環境影響は枚挙に遑(いとま)がない」「これほどのエネルギー需要が増加することは看過できない」「環境の保全を内部化しない技術に未来はない」と、懸念が次々と書き並べられた、異例の意見でした。
現在のところは、明らかに「手続き上の瑕疵(かし)のために重要な環境情報が収集されていない」状況にあります。
もしJR東海が今年秋の着工にこだわっているのなら、1年以上かかる再調査なと行うはずがなく、内容をほとんど補正しないまま評価書が確定することになります。
補正しないということは、
国土交通大臣意見≒環境大臣意見
および環境大臣意見で再検討を要求された沿線都県知事意見
ならびに公衆等(住民など)からの意見
これらをことごとく無視するということになります。
つまり、まさに「手続き上の瑕疵(かし)のために重要な環境情報が収集されないまま評価書が確定するケース」になってしまいます。そしてそれを国土交通省に再提出して事業認可を申請する…。
こんなのを国土交通省が事業認可したら、それこそ「その判断が事実の基礎を欠き又は社会通念上著しく妥当性を欠くことが明らかであり、免許等を行う者に付与された裁量権の範囲を逸脱し又はこれを乱用したものである」として、違法になってしまうのではないでしょうか?
ちょっと重要な補足説明
環境影響評価制度を知るうえで、これは是非知っておいていただきたいのですが、
①環境省が事業中止や大幅変更を求めることは法律上できない。
②環境影響評価法の枠内で取り扱われる項目には限界がある。
ということです。この2点ははっきりさせておかねばならないんですが、新聞記事を見ると、新聞記者から反対派の方まで、謝って認識されているようです。
①について
環境影響評価法第1条に、「この法律は、土地の形状の変更、工作物の新設等の事業を行う事業者がその事業の実施に当たりあらかじめ環境影響評価を行うことが環境の保全上極めて重要である…」という表現があります。すなわち、環境影響評価は、あくまで事業を実施することが前提であり、そのうえで事業者の自主的な配慮を促すための制度であるため、中止を求めることはできません。
②について
環境影響評価の進め方や評価項目は主務省令というもので定められており、ここから外れた要求を環境大臣が行うことは、環境影響評価法に抵触してしまうのです。
例えば静岡の場合、標高2000m地点に発生土置き場を計画しており、これによる自然破壊ばかりか災害誘発の危険性も懸念され、県知事意見で回避を求められています。このブログで何十回も繰り返してきたことです。また、長野県側では地すべり密集地帯での工事が計画されており、やはり県知事意見で再考を求められています。
ところが、主務省令には、「地形・地質に起因する安全性の問題」を取扱う規定はありません。したがってもし仮に環境大臣意見でこれらの計画に対し、「地形条件が危険だから回避すること」としたら、法律から外れた意見になってしまう可能性があります。それゆえ、環境省からこれらについて回避を要求することは困難だと思われます。ただし前述のとおり、関係する地元自治体の意見を十分勘案することという一文がありますので、これに基づき、知事意見を再考せよと命じていることになっているといえます。
なお主務省令では「地質・地形について予測評価の対象とすること」とありますが、これは天然記念物や景勝地のように珍しい地形を保全することが目的であり、地形災害を対象にしたものではありません。それからリニアにおいては「磁界」が調査項目となっていますが、これは主務省令に含まれていません。JR東海が自主的に選定したものです。
以上 再掲 終わり
以上のように、かなり厳しい内容なのです。新聞やテレビでは「具体的な変更は要求していない」「このまま事業認可の見通し」という書き方をしていますが、これはいわゆるミス・リードというものでしょう。すなわち事業認可は確定的だという世論に誘導しかねないということです。
とはいえ、こののち、JR東海が補正版評価書を作成したら、そこで環境影響評価手続きは終了です。いままでのパターンからして、ひと月もしないうちに出してくるのでしょう。当然、知事意見はもとより国土交通大臣意見にもまともに答えないに違いありません。そしてそんな補正版評価書でも、国土交通省は「事業者の実行可能な範囲での環境保全措置はとられている」として事業認可する可能性は高いでしょう。
放っておけば、自然な流れとしてこうなります。そしてテレビや新聞報道の通り、秋に着工することになります。
この流れを変えるためには、何らかの手段をもって行政の行動に待ったをかけねばなりません。地道に訴える、裁判、公害等調整委員会…
いずれにせよ、公共事業ではなく民間事業である以上、この手の紛争で俎上に上がりがちな費用対効果や建設費のことは基本的に問えないと思われます。環境問題が争点になることでしょう。そして「現段階の評価書はあからさまにダメ」というレッテルを国土交通省が貼りました。
次に出される補正版評価書が、「現段階の評価書はあからさまにダメ」からどれだけ進歩しているかが、この先の重要なポイントとなります。もしリニア計画の流れを変えたいのであれば、この点を見逃してはいけません。最大の争点です。よって、それを見定めるために現段階の評価書と知事意見・国土交通大臣意見とを十二分に検証しておく必要があると考えます。