「国土交通大臣意見は抜本的な計画見直しを求めておらず、事業者であるJR東海は、この秋にも事業に着工するとみられる」
先月18日、国土交通大臣意見がJR東海に通知された際、マスコミ各社からはこんなニュアンスの記事が一斉に流されました。
私は、これはあからさまなミス・リード、つまり世論を着工ありきの方向へ誘導させるものだと考えております。というのも、国土交通大臣意見はそんなに軽々しい内容ではなかったからです。
国土交通大臣意見は、水環境、発生土、生態系、温室効果ガス等に触れたあと、末尾はこう締めくくられています。
「事業実施に当たっては、地元自治体の意見を十分勘案し、環境影響評価において重要である住民への説明や意見の聴取等の関与の機会の確保についても十全を期すこと。」
ここにある「地元自治体の意見を十分勘案し」という表現がミソです。単に「配慮しなければならない」というわけではありません。
言葉遊びのようですが、環境影響評価における法律用語上、「勘案」という言葉は特別な意味を持っているようです。
【環境庁環境影響評価研究会(1999)『逐条解説 環境影響評価法』ぎょうせい】という、当時の環境庁が作成したマニュアル本によれば、次のように説明されているとのこと。
「勘案」は行政主体からの意見に対する受け手の姿勢を、「配意」は国民一般からの意見に対する受け手の姿勢を表したものである。行政主体は、それぞれの行政分野において責任ある立場から意見を述べるから、受け手はそれを十分慎重に受け止めて事業計画に反映することを検討する必要がある。一方、国民からの意見は多様であるから、そのなかの有用な環境情報を事業計画に反映させればよい。
この部分、【北村喜宣(2013)『環境法』弘文堂】より引用。
国土交通大臣意見では、今後の評価書補正作業において、関係する自治体からの意見を十分慎重に受け止めて事業計画に反映することを求めているのです。大臣意見は行政指導という扱いであり、法的な拘束力はないとされていますが、自ら述べた意見ですから、簡単に反故にしてもらっては困ります。
関係自治体からの意見
どのようなものがあったのでしょうか?
準備書の出来がきわめて悪かったために、全都県で合わせて731項目もあったとのこと(日本自然保護協会しらべ)。その中にはデータの供出、再評価、追加調査、立地場所の再検討など様々なものがあり、なかには、
●河川流量を調査して評価書に記載せよ
●動植物の調査をやりなおせ
といったものもありました。これらについて真剣に検討するなら再調査が不可欠であり、調査期間後のデータ処理期間を考えると、評価書の補正が終了するまで1年半は必要となります。
●動植物の調査をやりなおせ
といったものもありました。これらについて真剣に検討するなら再調査が不可欠であり、調査期間後のデータ処理期間を考えると、評価書の補正が終了するまで1年半は必要となります。
また、
●斜坑(非常口)の数を再検討(長野県・静岡県)
●発生土置場の回避要請(静岡県)
●発生土置場の回避要請(静岡県)
というのもありました。これらについて真剣に受け止めるなら、環境影響評価を一からやり直すことが必要となります。
この国土交通大臣意見の文脈は、準備書から評価書を作成するときに定められた手続きにそっくりです。つまり、環境影響評価法第21条で定められた、準備書から評価書を作成するときと同様の手続きを再び求めていると言えます。
【環境影響評価法第21条要旨(筆者作成)】
●事業者は、関係都道府県知事から準備書について環境の保全の見地からの意見が述べられたときは、これを勘案するとともに、準備書について環境の保全の見地からの意見を有する者からの意見に配意し、準備書の記載事項について検討を加え、環境影響評価書を作成しなければならない。
●事業者は、関係都道府県知事から準備書について環境の保全の見地からの意見が述べられたときは、これを勘案するとともに、準備書について環境の保全の見地からの意見を有する者からの意見に配意し、準備書の記載事項について検討を加え、環境影響評価書を作成しなければならない。
ほらね、そっくりでしょ。
意見書は、一見すればマスコミ各社のように「たいしたことは述べていない」ともとれますが、言葉を一字一句検証してゆくと、「準備書から評価書を作成するときと同様に、評価書を作り直すことを求めている」とも解釈することが可能なのです。
これは環境影響評価での意見としては異例の内容です。今後、なんらかの事態で事業者の環境保全措置や許認可手続きが俎上に上がった際、補正評価書が大臣意見を十分反映しているかどうかが争点になりますが、この「勘案」という言葉に従い、都県知事意見を反映しているかどうかということまで訴求できるかもしれません。
こっから先は単なる妄想の世界。
おそらく国交省や環境省の担当者は、JR東海の作成したリニアの評価書があまりにもずさん・手抜きであることに当惑し、このまま事業認可してしまえば大きな混乱を引き起こして泥沼化することを見抜いたのでしょう。だから本来ならば「全面的にやり直せ」とでも言いたかったに違いありません。行政とJR東海とが癒着できるレベルを超えていますので。大げさではなく、このまま着工させれば訴訟のネタが生じるんじゃないかと。水利権侵害、日照権侵害、評価書審査に必要な環境情報の不足、許認可権の濫用…
しかし一方、厳しい意見を述べていた沿線知事自ら、手続きの迅速化と早期着工を声高に訴え(特に神奈川・山梨・愛知)、関西からは同時開業を望む声が高まり、国会のセンセイ方からは「アベノミクスの一環」に位置付けるなんて話も出てくる。要するに「アセスなんぞ骨抜きにせよ」って要望も強まる一方。
「どうすんべ~!」ってことで、どちらにもとれる意見書を、苦心の作として作り出したのではないでしょうか。
この意見書をどう解釈するかということが、国民にも求められていると思います。マスコミ各社は事業を進めるのに都合のよい解釈をなさりましたが、そうでない真逆の解釈だって十二分に可能です。