ユネスコエコパークにおける管理運営計画の基本的理念を定めた「生物圏保存地域※世界ネットワーク定款」というものがあります。今回、これをもとに考えてみたいと思います。
※生物圏保存地域の愛称がユネスコエコパーク
先日のブログでも触れましたが、定款においては、ユネスコエコパークは次の3つの機能を組み合わせて、持続可能な発展を図ることが求められています。
①保全機能
⇒景観、生態系、生物種、遺伝的多様性の保全に資すること。
②経済と社会の発展
⇒社会文化的に持続可能で、生態学的にも持続可能な形で経済発展と人づくりを促進する。
③学術的支援
⇒実証プロジェクト、環境教育・研修、保全と持続可能な発展に関する地元の問題、地域的問題、国内問題、世界的問題に関する研究・調査に役立てる。
⇒景観、生態系、生物種、遺伝的多様性の保全に資すること。
②経済と社会の発展
⇒社会文化的に持続可能で、生態学的にも持続可能な形で経済発展と人づくりを促進する。
③学術的支援
⇒実証プロジェクト、環境教育・研修、保全と持続可能な発展に関する地元の問題、地域的問題、国内問題、世界的問題に関する研究・調査に役立てる。
リニア計画が、①や②の機能を著しく損ねるものであることは、このブログで再三指摘した通りです。
リニア計画は、環境に与えるインパクトはもとより、資金面でも、構造物の規模としても、従事する作業員の数の上でも、南アルプス地域における向こう10年間の最大の経済活動となり、これを無視してユネスコエコパークの管理運営は成り立ちません。
例えば…
河川生態系や河川景観の保全、渓流における遊漁等の利活用、発電用水の適性な取水量など、河川空間の管理について、どんなに立派な計画を立てたとしても、トンネル工事で川の流量が激減してしまったら元も子もなくなってしまいます。
河川生態系や河川景観の保全、渓流における遊漁等の利活用、発電用水の適性な取水量など、河川空間の管理について、どんなに立派な計画を立てたとしても、トンネル工事で川の流量が激減してしまったら元も子もなくなってしまいます。
※現在、JR東海は有識者を集めて大井川の水資源対策を検討する会議なんてのを催していますが、あくまで上水道への影響緩和が目的であり、生態系への影響は考慮せず、地元住民の声を反映する仕組みを整えておらず、そのうえ大井川流域以外は議題にもあがっておらず、こんなものはパフォーマンスでしかありません。
登山客等の送迎のために、パーク&ライドを実践して適切な車両の運行計画を作成しても、トンネルの工事用車両が大量に通行して道路を占領してしまえば、全く無意味です。
ユネスコエコパークの理念②に従い、南アルプスの自然環境を活かした経済活動(登山・保養・自然体験・農林業など)によって過疎化対策や地域活性化を促そうとしても、工事によるダンプ公害や騒音によって人が済めなくなってしまったら、あるいは観光客に敬遠されてしまったら、話になりません。
かような懸念を未然に防ぐためには、事業者(JR東海)と行政との協議だけでは不十分であり、地元住民など様々な利害関係者をひっくるめて話し合い、現行のリニア計画を「これならば持続可能な経済活動と言える」というところまでもっていかねばならないと思います。つまり、リニア計画をユネスコエコーパークの管理運営計画の一環に含めなければならないのです。
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鉄道会社が、(騒音等の公害問題ではなく)広範囲に及ぶ自然環境の保全問題に直面するというのは、日本国内に限っては、おそらく初めてのことだろうと思います。
リニア計画にはいろいろと前代未聞の事項が多いのですが、この点でもそうなんですね。
それならば、いっそのことリニア計画そのものを、ユネスコエコパークの理念③「実証プロジェクト、環境教育・研修、保全と持続可能な発展に関する地元の問題、地域的問題、国内問題、世界的問題に関する研究・調査に役立てる。」に適合させてしまえばいいのではないのでしょうか。
リニア計画という「南アルプス地域における問題」を、自然環境や地元の地域社会に悪影響を与えることなく、クリアできる道を住民とともに模索してゆくことを、ユネスコエコパークの管理運営計画の柱に据えるわけです。
当然のことながらJR東海には、発生土処分方法の変更、大幅な工期の見直し、工法の変更、建設費の増額、資金調達の変更、徹底的な情報公開、地元住民との話し合いなどが求められることになります。
はっきり言って負担だらけになります。それでJR東海が「それはムリ」と言うのであれば、その事業計画は、持続可能な経済活動とは言えないこととなり、南アルプスからは退場していただけばよいのです。
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ここに書いたことは、理想論です。生物圏保存地域世界ネットワーク定款は、条約ではなくあくまでルールであり、関係する国内法を定めているわけではないので、JR東海に強制することはもちろんできません。
※分かりやすく二つの条約の例で考えてみたい。
例えば海洋汚染を防止するためのロンドン条約の場合、その内容を代行するための国内法が設けられている(廃棄物の処理及び清掃に関する法律、海洋汚染等及び海上災害の防止に関する法律)。
例えば海洋汚染を防止するためのロンドン条約の場合、その内容を代行するための国内法が設けられている(廃棄物の処理及び清掃に関する法律、海洋汚染等及び海上災害の防止に関する法律)。
他方、湿地の保全を目的としたラムサール条約の場合、その内容を担保するための特別な法律はなく、自然公園法等で代替しているのが現状であり、それら国内法の隙間を縫えば、いくらでも開発の危機にさらされる。福井県中池見湿地の場合、ラムサール条約で登録され、国定公園に指定されながら、全国新幹線鉄道整備法による北陸新幹線の建設を防げていない。
ユネスコエコパークの性格は後者に近いのである。
ユネスコエコパークの性格は後者に近いのである。
現状のところJR東海は、環境影響評価書における見解では、「市や県と協議を行ってできる限り整合性を図ってゆく」としており、あくまで「自分達の計画の実現が最優先」という立場です。下画像の赤く囲った部分にあります。
ユネスコエコパークに関するJR東海の見解
環境影響評価書静岡県編の資料編より複製・加筆
民間企業なのだから、自社の経営が最優先という考え方は、通常ならば間違っていません。ですので普通の場所なら、(形式的には)これでもOKと言えると姿勢なのでしょう。
しかしここ南アルプスは、ユネスコエコパークに登録された場所です。「景観、生態系、生物種、遺伝的多様性の保全に資すること。」「社会文化的に持続可能で生態学的にも持続可能な形で経済発展と人づくりを促進すること。」がユネスコエコパークの機能であり、基本的な理念です。「持続可能な発展」を実践するためには企業活動にも制限を加えなければ実現不可能―野放図な活動が許されるのなら指定する意味がない―なわけですから、この空間に限っては、JR東海のような考え方は排除されなければなりません。
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ところでこんなふうに書くと、「国土交通省はJR東海による事業内容が適切と判断したから認可したのであって、つべこべ言うな。」というような感想を抱かれる方がおられるかもしれません。
はい、その通りなのであります。
というわけで国土交通大臣意見を見てみましょう。
こんなふうになっています。なお、国土交通大臣意見ですが、これは環境大臣意見をそのまま一字一句変えることなく踏襲したものです。環境省および国交省が出した、政府の公式見解であります。
最後のところ、「本事業の実施が生物圏保全地域登録申請地※としての資質を損なうことが無いよう、事業実施に際してh関係地方公共団体と十分に調整し、その意向を尊重すること。」とされています。
※環境大臣意見が出されたのはユネスコエコパーク登録申請中であった。
この意見書を作成したのは、もともと環境省です。その環境省は、(文部科学省とともに)ユネスコエコパーク制度を統括する日本政府の機関でもあります。その環境省から地方公共団体と十分に調整を行い、意向を尊重せよと明言されました。
ところで、生物圏保存地域世界ネットワーク定款には、ユネスコエコパークに求められる登録基準として次のようなことが挙げられています。
【第4条の6】
公的機関、地域社会、私企業が生物圏保存地域の機能の企画立案や実行などについて、適切な範囲で関与、参加できるよう組織的仕組みを設けること
公的機関、地域社会、私企業が生物圏保存地域の機能の企画立案や実行などについて、適切な範囲で関与、参加できるよう組織的仕組みを設けること
先月、静岡市が管理運営計画案を作成・公表しましたが、その内容はこの規定に基づいたものです。つまり、私企業の事業といえども、公的機関や地域社会との協議のうえで持続可能な経済活動となるよう、誘導してゆかなければならない、定款の内容を踏襲したものでした。
環境大臣意見でいう「地方公共団体と十分に調整を行い、意向を尊重せよ」という事項は、静岡市の管理運営計画、ひいては生物圏保存地域世界ネットワーク定款(第4条の6)を守れと言っていることに違いありません。
したがって政府としても、リニア計画をユネスコエコパークの管理運営計画にひっくるめて考えなければならないという見解であるといえるのではないでしょうか。
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まとめ
要するに「ユネスコエコパークの理念にそぐわない活動を拒むことができる」ことの根拠は、それなりにあると思います。重要なのは、それを地域住民が知り、行政やJR東海が理念に従った行動をとっているのか、きちんと検証してゆくことであるのだろうと思われます。
リニア計画がユネスコエコパークの理念に沿ったものと皆が納得できるのであれば、何も反対したり懸念を訴えることはないのです。