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南アルプスユネスコエコパークとの整合性 持続可能な開発か?② 自然環境編

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ユネスコエコパーク移行地域内における、経済活動の条件とされている「持続可能
発展」という視点からリニア計画の内容について引き続き考えてみます。
持続可能性という理念につきましては、前回記事を参照してください。 

前回は、長野県大鹿村における「社会的な持続可能性への影響」という観点でしたが、今回は主として静岡市側における「自然環境の持続可能性への影響」について考察します。

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図1 南アルプスユネスコエコパークとリニア工事予定地
環境省ホームページより複製・加筆 

静岡県側のユネスコエコパーク登録地域内では、総延長約22㎞のトンネルを掘り、そこから発生する360万立方メートルもの発生土を南アルプス山中に捨てる計画です。

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図2 静岡県内における工事計画
環境影響評価書(静岡県編)より複製 


一連の事業により、まず大井川の流量が大幅に減るという事態が懸念されています。

河川流量の減少これこそ、持続不可能の筆頭にあげられる事項でしょう(なお、長野側や山梨側でも同様の懸念がある)。

本来は川に湧き出している地下水の流れ、あるいは川から地下深くに流れ込んでゆく流れ、そうした流れを地下深くのトンネルに引き込んでしてしまえば、地表を流れる水の量は減ってしまいます。

山地の地下水は、縦横に複雑に入った岩の隙間を伝っています。そこにトンネルを掘ることは、水の流れる無数のパイプを破壊することに他なりません。それを破壊してトンネルに水を集めてしまうのですから、その流れを復元することは物理的に不可能です。流れを復元できなければ、川における生物の営みを、現在の世代で断ち切ってしまうことになります。

復元不可能な破壊…これでは、「持続可能な発展」とは言えません。 

(なおこの点、礫や砂の層に含まれている平地の地下水の構造とは大きく異なります。平地の地下にある帯水層は、面としての広がりをもつので、線的に流れを寸断しても、長期的には水位が回復する可能性があります。) 

また、これに対してJR東海が示した環境保全措置までも持続不可能なものです。

とりあえずJR東海は、「トンネルに湧出した水をポンプでくみ上げる」「トンネル途中から導水路トンネルを掘って下流側に流す」の2案を検討しているようです。ところが、
●ポンプくみ上げ案は、本来自然物である水循環を人工的な動力源に置き換えることになる(毎秒2トンなら1万キロワットは必要)。そのうえ坑口より上流側への対策にはならない。
●導水路トンネル案は、当然ながら導水路トンネルの出口より下流側に水を流すことになる。
●両案とも放流地点より上流側における生態系の保全には、何ら役立たない。 

という根本的な問題があります。人工的な動力源を用いて水の流れを復元したとしても、それは既に”不”自然であり、ポンプが停まると同時に流れが絶えてしまいます。生命維持装置をつけて延命しているようなものであり、「持続可能」とは言えません。

◇   ◇   ◇   ◇   ◇ 

発生土置場についても考察してみます。

JR東海は現在のところ、標高2000mの稜線上と、大井川の河原6地点とに分けて発生土を捨てる計画としています。


残る大井川河原6地点のうち、最大面積の候補地は、標高1300m付近に広がる燕沢という地点です。この場所、環境影響評価書において長さ1000m、幅100~150m程の楕円で示されています(図1の下部)。

標高1300mの南アルプス山中にもかかわらず、広大な面積を想定しています。なぜこんな広い平坦地が深い山中にあるかというと、複数の山崩れが大井川を埋め立て、そこを大井川の流れがならしつつ、土砂を下流側に運び去ってゆくからだと推察されます(地形図や空中写真からの推察。正確な調査報告書があるのかどうかは分からない。)。

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図3 燕沢付近発生土置場候補地と崩壊地との位置関係 
国土地理院地形図閲覧サービス「うぉっちず」より複製・加筆 

かような土地条件より、土砂災害を増長させるおそれがありますが、ここではユネスコエコパークの理念との整合性について考察します。

この場所、生態学的な視点でいうと、オオバヤナギ、ドロノキといった樹種を主体とする「河畔林」あるいは「渓畔林」とよばれる林が広がっているようです。オオバヤナギ、ドロノキともにヤナギ科の木で、「寒冷な気候、土砂の移動が活発な河原」という条件でのみ育つそうです。このほか、環境影響評価書の記載内容から推察するに、サワグルミ、シオジ、カツラといった河畔林、渓畔林に特有な樹種、シナノナデシコ、カワラニガナといった河原に特有な草花が分布しているようです。


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図4 燕沢発生土置場候補地付近の植生図
環境影響評価書(静岡県編)より複・加筆 


こうした条件を満たす土地というのは、北海道や東北地方の山地には比較的多くみられるようですが、本州中部では上高地など一部に限られています、その中でも南アルプスの大井川源流部が最も南になるそうです。

また、この河畔林を生活の場とする、希少性の高い高山蝶が数種類分布しており、それらの生息南限地にもなっているようです(静岡県版レッドリストより)し、サンショウウオなど、水辺に特有な動物の生息地ともなっています。

このように、生物地理上、結構重要な場所であると思われます・

こうした場所を大量の発生土で埋め立てたらどうなるのでしょう?

林は盛土によって直接的に消滅します。

これに対しJR東海は、評価書のユネスコエコパークに関わる記述の中で「工事終了後は現状復旧することを原則とする」としており、具体的(とは言えないが)な環境保全措置としては、「発生土の盛土には速やかに緑化を行うことで環境への影響は小さくできる」としています(図5)。

しかし仮に森林を復元できたとしても、本来の河畔林を復元することはおそらく不可能です。なぜなら河畔林の存続に必要な、「土砂が移動していること」と「高い地下水位」とを同時に盛土の上に再現することは、ほぼ不可能だからです。

そもそも「現状復旧」としていますが、土砂や川が動いているのですから、「現状」は常に変動しているのです。そこを考慮していないのですから、この記述は片手落ちです。

なお技術的には、盛土の上に河畔林の構成樹種を育てること自体は可能でしょう。発生土の上に難透水性の粘土層を設け、その上に厚く砂利を敷き、そこへ苗を植え、下草刈り等の管理を続けてゆけば、もしかしたら育つのかもしれません。しかしそれでは単なる庭木のような扱いであり、植生の復元とはいえません。

それに単純に植生を復旧させればよいというものでもありません。

サンショウウオなどの小動物が暮らしてゆけるのでしょうか?
土壌に含まれる微小な生物の営みを復元できるのでしょうか?
川と森との生き物のつながりは保たれるのでしょうか?
川幅を狭めることにより、水と砂の流れ方も変わってしまいますが、それをどのように制御するのでしょうか?

以上のような理由により、川辺林を持続させながら発生土置場を造成することは、不可能であると考えます。延々と続いてきた自然の営みを断ち切ってしまうことになりますから、「持続可能な発展」とは言ないでしょう

さらに、一連の大規模な工事により、景観は一変します。山のどてっぱらにトンネルが掘られ、河原に高さ数十mの巨大な盛土が出現するのですから。したがって景観を後世に伝えてゆくことも不可能になり、やはり「持続可能」とは言えません

◇   ◇   ◇   ◇   ◇ 

 
なお、当ブログにおける河畔林・渓畔林についての記述は、あくまで懸念であります。地形図や専門書と事業計画とを見比べると、必然的に浮かび上がるような懸念です。ところが環境影響評価書においては、このような懸念について、ほとんど言及していません。特に燕沢付近の発生土置場候補地については、生態系の評価をおこなっていません。

行おうとしている事業が生態系の持続可能性に与える影響について検証するためには、何よりも、対象地域の生態系を知ろうとすることが重要です。それすらしていないのですから、話になりません。

また環境影響評価書における、JR東海としてのユネスコエコパークについての見解を見ると、移行地域における経済行為は「持続可能な発展」が不可欠であること自体は、知識としては、承知しているようです。

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図5 JR東海のユネスコエコパークについての見解
環境影響評価書(静岡県編)を複製・加筆 

ところがこの見解を最後まで見渡してみても、「持続可能とはどういうことか」という点については、何ら言及しておりません。

ここに書いてある交通安全対策とか、エコドライブとか、タイヤの洗浄とか、そんなのはユネスコエコパークとは関係なく、どこの工事現場でもやってもらわなければ困る、ごくごく当たり前のことです。そこいらのガス工事や電話線の交換工事で、無駄にエンジンを吹かしてスピード違反し、周囲に砂利をばらまいてゆく業者なんていないでしょう。

本事業において「持続可能」という条件との整合性を図るためには、対象事業実施区域の自然環境を知り、事業計画をどのように改めてゆくかということが、真っ先に求められます。それについて一切言及していないのでは、この事業はユネスコエコパークの理念とは合致しないと言わざるを得ません



なお、渓畔林・河畔林についての記述については、主に以下の書籍を参考とした。
川那部 浩哉、 水野 信彦 監修、中村 太士 編 (2013)『河川生態学』
近田 文弘(1981) 『静岡県の植物群落』
崎尾 均、 山本 福壽 編(2002) 『水辺林の生態学』
南アルプス総合学術検討委員会 編(2010) 『南アルプス学術総論』
宮脇 昭、 藤原 陸夫、奥田 重俊 編(1994)『日本植生便覧』



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