(前々回記事と合わせてお読みください)
JR東海から、南アルプスの大井川源流部に掘り出す発生土360万立方メートルについて、燕沢付近の平坦地に集め、最大高さ50m、長さ1000mもの巨大な盛土にしてしまおうという案が出されています。この先どうなるのか全く予断を許しませんが、とりあえず、その燕沢付近の平坦地という場所の立地条件について、前回に引き続いて考えたいと思います。
今回は、過去の空中写真を用いいます。なお空中写真とは、航空機から精密なカメラによって撮影された写真のことです。国土交通省国土地理院のHPで公開されており、それを活用させていただきました。
なお、読みづらさを軽減するため、「です・ます調」は改めます。
環境影響評価書より、燕沢付近平坦地の地図も貼り付けておきます。
空中写真① 1949年8月
国土地理院のHPから入手できた最も古い空中写真である。この白黒写真では、木々の生い茂っているところは黒く、地表がむき出しになっているところは白く写っている。灌木や草の茂っているところは灰色である。
右上隅(北東)より曲がりながら左下へ伸びている筋が大井川本流である。中央上より南南東に伸びた白い筋は、千枚崩れ(前回記事参照)を源にもつ上千枚沢であり、その合流点南側で、川幅の広がっているのが「燕沢付近の平坦地」にあたる。JR東海は、ここに高さ50m、長さ1000mの巨大盛土として、発生土を残土処分するつもりらしい。
発生土置場候補地として囲んだ範囲の南側半分に注目していただきたい。黒い部分に白い筋が何本も走っているのが分かる。白いところは木のないところであるから、筋状に地表がむき出しになっているのである。常識的に考えれば、谷底に成立した森林を、川の流れがなぎ倒した跡であろう(伐採の跡という可能性を完全に否定することはできないけれど)。つまり、森林となっている場所でも、時には水の流れが押し寄せるのである。
空中写真② 1957年10月
写真①より8年を経て撮影されたものである。川の位置、谷底の森の位置に大差はないが、谷底の森の色が、①よりも濃くなっていることがわかる。この8年の間に、木々の成長が進んだことがうかがえる。
空中写真③ 1970年10月
写真③より13年後に撮影されたものである。なお、写真の範囲や縮尺が変わっていることにご注意いただきたい。
発生土置場候補地付近では、21年前に黒々と木々の茂っていた場所は、白っぽく写っており、だだっ広い河原になっていることがわかる。川の流れは燕沢平坦地の中央付近で左岸寄り(写真上では右手)となり、蛇行地点では中州を形成している。蛇行地点の右岸は広い河原となっており、植生はまばらである。数条の溝状の筋が見受けられることから、21年の間には、川の流れが頻繁に変わっていた可能性が高い。なお、写真上部の山肌は、広く伐採されてしまっている。
空中写真④ 1976年10月
6年後に撮影されたものである。写真の解像度が向上し、詳細な様子が判読できるようになったため、燕沢付近の平坦地を拡大して表示している。
左右に分かれていた流れのうち、右手の流れはほとんど消えかけており、ほぼ1本の流れになって、右岸寄りに移行している。1970年の写真でだだっ広い河原だった場所は、草に覆われている。この解像度では木か草か正確な判別は難しいが、おそらく草地になっているのであろう。
空中写真⑤ 1995年10月
写真④より19年経った状況である。流れはさらに右岸よりに移行し、山の裾野を洗うように流れている。燕沢平坦地の北側では、1992年から1994年にかけて、水力発電所建設工事にともなってに砂利採取がおこなわれたため、人為的に流路が付け替えられたものと思われる。のっぺりとした灰色の部分が砂利採取跡地である。いっぽう砂利採取の行われていない流路沿いや平坦地の最下流部は黒っぽくなっており、この19年の間に、植生が回復しつつあることがうかがえる。
2014年6月 Google Earthによる衛星画像
最新の衛星画像である。
砂利採取跡地の南側半分は、背の低い樹木に覆われている。砂利採取跡地の北側半分は、草がまばらに生えている。1995年の時点で、草木が成長途上にあった川岸や平坦地最下流部には、背の高い樹木が茂り、森林を形成しているようである。つまり、この間19間は、河道が安定していたことがうかかがえる。
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環境影響評価書によると、JR東海が燕沢付近の平坦地を発生土置場にしようとしている理由は、「過去に砂利採取をおこなっているから原生林ではない」とのことだそうである。
その砂利採取跡地は、過去の空中写真を見比べて分かる通り、1957年過ぎまでは森林が成長し、1976年にかけて川の流れの変化によって破壊され、1995年以降は、(砂利採取の影響を受けていない場所では、)再び森林が成長傾向にあるようである。つまりこの燕沢平坦地は、川が流れを自由に変え、その都度植生を破壊し、また草木が侵入して成長し、森林を形成するというプロセスが繰り返されているといえるのではないだろうか。
一部は砂利採取による改変を受け、浅い窪地となっているものの、おそらく次の大増水でふたたび濁流に見舞われ、礫が流入するとともに木々をなぎ倒し、一面の河原へと戻るのだろう。
こういう場所に生育する樹木はヤナギ科、カツラ、フサザクラ、サワグルミ、シオジなど、土砂の移動や洪水に強い性質をもったものがメインであり、環境影響評価の調査結果からも、そのような樹種が確認されているようである。
かような森林を、河畔林とか川辺林というらしい。静岡県内で、こういう森林が立地しているのは大井川源流部だけのようである。
JR東海は、この場所における地形学的な立地条件と、そのように不安定な空間における生態系の特徴については、全く言及していないのである。かなり特殊な空間であるのに、これでは不十分ではないかと思うのである。
もう一度1970年と2014年の写真とを見比べていただきたい。発生土置場候補地つまり残土捨て場は、川そのものなのである。
この話はまだ続きます。