大慌てでつづったので、読み返したらミスが多数ありました。15日以降に訂正を繰り返してますので、ご了承ください。
本日(14日)、静岡県庁で開かれた中央新幹線環境保全連絡会議において、大井川における流量減少問題に対し、JR東海が環境保全措置として「導水路トンネルを建設する方針である」との報告をおこなったとのことです。しかしこの案については、いろいろと問題が多く、解決に至らないと思うのであります。
(1)大井川流量減少問題の推移
2013年9月に公表されたリニア中央新幹線の環境影響準備書において、南アルプスをぶち抜くトンネルと、縦横に掘られる作業用トンネルの建設により、大井川本流で約2㎥/sの流量減少が試算結果が公表されました。この数字は、下流域62万人の水利権とほぼ同値であるとともに、四半世紀に及んだ「水返せ運動(※)」で実現した河川環境維持流量とも同程度の値であったため、大きな問題となりました。
図1 当時の静岡新聞記事(2013年11月8日)。
これに対してJR東海は、「適切な措置をとることにより利水への影響は生じない」としながらも、具体的な対策は示さないまま環境影響評価は終了しました。その後、JR東海は”自主的に”専門家を招集して「大井川水資源検討委員会」を設置し、4/2の同会議に提出した3案の中から「導水路案が適切である」とのお墨付きをもらったとして、このたびの県への報告となったのでありました。
(※)大井川の水返せ運動
大井川は南アルプスから流下するため、標高差が大きく、水力発電の適地である。このため、戦前より多数の水力発電所が設置されてきた。大部分の発電所は、堰やダムで水を取水し、緩勾配の導水路で下流側へ送水し、標高差が大きくなった地点で本流に落とし、発電を行うという仕組みである。本流で落とした地点のすぐっ下流には別の堰・ダムが設置されており、再び下流の堰・ダムへ導水路で送水することを繰り返しているため、本流にはほとんど水が流れていない。また、最上流部の二軒小屋では、東京電力が分水嶺をくぐって富士川水系の早川に送水して発電を行っている。
特に、中流の中川根町にある塩郷堰堤下流では、1年を通じてまったく水のない状況が続き、「河原砂漠」と呼ばれる有様であった。粉塵が巻き起こり、霧が発生しなくなって茶の品質に影響がですなどし、行政・住民が一丸となった「水返せ」運動が始まったのである。2005年にかけて四半世紀以上にわたる粘り強い水利権交渉が続けられ、ようやく毎秒3トンが戻ってきたのである。リニアの建設による「毎秒2トンの減少」は、これを無に帰してしまうおそれがある。
(2)流量減少予測
だけどなあ…
これ、水資源の解決にはなるかもしれないけど、本質的な環境問題の解決にはならんのですよ…
まずは、大井川源流部で行われるトンネル工事の様子をみてみましょう。
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図2・3 大井川源流部の概念図
山梨・長野・静岡県境にそびえる間ノ岳(3190m)から南に流下する東俣(ひがしまた)と、荒川中岳(3143m)から時計回りに半円を描いて南東に流れる西俣とが二軒小屋という地点にて合流し、大井川と名を改め、駿河湾まで160㎞あまりを流れ下ります。
つまり二軒小屋とその周りは、まさに大井川源流地帯なのですが、そこにリニアのトンネル約11㎞と、並行する先進坑、2本の斜坑、合わせて30㎞近いトンネルが縦横に掘られる計画となっており、水を抜きまくってしまうという事態が予測されているわけです。
図4 トンネルの位置
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上記のモノクロの図4には、本線トンネルと斜坑(非常口)の位置が記されています。右下の注記に「掘削時の地質把握のために、本坑に平行な位置に、断面の小さい先進坑を掘削する」とありますね。「断面の小さい」とはいっても、断面積は55平方メートルであり、ふつうの2車線道路ぐらいの規模があります。本線トンネルと先進校はそれぞれ10.6㎞、斜坑は3.5㎞と3.1㎞ですので、合計27.8㎞になります。このほか、先進坑と本線トンネルとの連絡通路や、水抜坑も掘られるのでしょう。
次に、JR東海による流量の試算結果を記します。
図5 流量予測結果
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「地点05 二軒小屋取水堰上流」において、流量が現況12.1㎥/sから9.98㎥/sにまで2.12㎥/s減少するという結果が出されました。これが、「毎秒2トン減る!」という騒ぎになった発端になります。なお、流量減少は二軒小屋から始まるのではありません。上流側の西俣でも減少するという結果が出ていることにご注意ください。「西俣取水堰上流」でも15%の減少が予測されています(これは年平均であり、渇水期には48%の減少という試算結果)。試算自体がアヤシイのですが、それについては過去記事をごらんください。
(3)川で暮らす生き物への対策にはならない
で、「水が減って困るなら、戻せばいいだろ!」
として、このたびJR東海が県に報告したのが導水路案になります。
こんな案です。
図6 JR東海発表の導水路案
引用元 JR東海ホームページ
周囲の赤い文字は作者が記入
確かにこの案なら、大井川本流に水が戻ってきます。下流域での水利権も回復できるでしょう。
めでたし、めでたし…
って、そんなわけがない!!
導水路の出口の位置にご注意ください。図5において、流量減少の予測される区間の上流端は、西俣取水堰のさらに上流であると述べました。
これに対し、JR東海は導水路で水を戻すと報告しているのですが、戻ってくるのは西俣取水堰より16㎞も下流の椹島ロッヂ付近になります。流量減少がどこから始まるのか正確には不明ですが、少なくとも16㎞の区間には水を戻せないのです。さらに、斜坑(非常口)の掘削により悪沢や蛇抜沢(いずれも悪沢岳の北側)といった支流の流量を減少させた場合にも、戻すことはできません。
当然のことながら、川には魚やサンショウウオや水生昆虫など、様々な動物が生息しています。美しい渓流というのも、南アルプスの重要な景観要素です。それらをぶち壊す可能性が高いわけですが、この導水路案では全く解決できません。
例えば、この一帯に生息している渓流魚のアマゴに与える影響について、JR東海は評価書において次のように記していました。
アマゴというのはサケ科の渓流魚で、ヤマメのそっくりさんです(赤い斑点があるのがアマゴでないのがヤマメ)。きれいな水にしか住めないし、多くの個体を存続させてゆくためには、深い淵や瀬や枝沢といった多様な環境と、エサとなる豊富な昆虫の存在が欠かせません。したがって河川流量が減少することは、そのまま生息地が縮小することを意味します。
評価書においては、河川流量が減少した場合の影響について「鉄道施設の存在により、河川の一部で流量が減少するものの、本種の生息環境への影響は小さい」と述べています。
いっぽう上記の導水路案ですと、16㎞以上にわたって水を戻せない区間が生じます。また支流の沢まで流量の減少が及ぶ可能性があります。すなわち、流量の減少するのは「一部」ではなく「大半」となる可能性が高く、「影響が小さい」とは言えなくなるかもしれません。
もっとも、アマゴというのは簡単に養殖できる魚である。山里で、つかみ取りコーナーや釣堀に放流されていたり、土産物屋で甘露煮や塩焼きにして売っているように、量産することも可能である。下手をすると、「養殖池で増やしてゆき、減ったら放流するから問題はない」という見解を出さないとも限らない…。
(4)環境影響評価の過程では知らされていなかった
そもそも、導水路トンネルを建設するという案は、環境影響評価の過程では全く知らされていませんでした。
これが環境影響評価書の記述ですが、ポンプくみ上げについては示唆しているものの、導水路の「ど」の字も見当たりません…。
上述の通り、流量減少が生態系に与える影響についてはロクに解決できませんし、余計な環境負荷も生じます。
まず、導水路のトンネル側取水口(?)は、標高1130m付近になります。この位置ですと、大井川流域からトンネルへ染み出す水の、おそらく半分程度しか自然流下しません。大井川流域区間におけるトンネルの最低位は標高約970mですので、160m程度はポンプで汲み上げなければならないわけです。1立方メートル/秒で160mくみ上げた場合、常時2000~2500kWのエネルギーを消費し続ける必要があります。
それから断面積6平米(内径2.5m程度)で長さ12㎞の導水路トンネルを掘った場合、12万立方メートル程度の発生土が余計に生じます。発生土の処理が大問題になっているのに、新たに増えるわけです。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
さらに、このあたり一帯はユネスコエコパークに登録されています。静岡市では、大井川の清流もユネスコエコパークを構成する重要な景観要素と位置付けており、また、清流保全条例によって、清流の維持を市の責務としてかかげています。
JR東海の試算が現実になった場合、長い区間にわたって水の涸れた河原をさらけ出し、景観を著しく損ねるおそれがありますが、導水路案ではなんら解決になりません。
ユネスコエコパークといえば、その中での開発行為には「持続可能性」が求められます。 ところが川の流れを断ち切ることは、持続不可能な開発に他なりません。
どのように整合性を図るつもりなのでしょう…?
(5)慎重な対応を望みます
導水路がいつ建設されるのかわかりませんが、これは最終手段の一案としておくべきでしょう。
そもそもおかしな話として、JR東海はこれまで、「毎秒2トン流量が減少するというのは最悪の資産結果」とし、防水シートや薬液注入などの工法で大幅に抑えることが可能としてきました。
したがって、もしも本坑の建設後にも、これまでのJR東海の主張通りに流量が減少しなかった場合、この導水路は不要ということになります。しかしもし先に導水路を建設してしまっていたら、ムダに環境負荷を増やしただけということになってしまいます。これはきわめて愚かな話であり、絶対にやってはいけないことでしょう。
現在のところ、この導水路案を県や静岡市が了承したという話にはなっていません。自然破壊に対して有効な対策になっているとは言えない案であると思います。
…慎重な対応を願っております。