先週金曜日、「ストップリニア!訴訟」の第3回口頭弁論が開催された。私自身が関わっているわけではないけれども、被告の国土交通省に対し、裁判官が鋭い質問を投げかけたらしい。
以下、この質問についての弁護士のコメントを、樫田氏のブログより引用させていただく。
法律論として、事業認可の前段階の建設指示や手続きに違法があれば(十分な安全性の議論がなされていなければ)、今回の事業認可手続きの違法性につながるんですか、どうですか? と裁判官が釈明した。これは一つの争点になります。
ブログ作者としては違法性を指摘することはできないけれども、手続きの上で、非常に気になる点がある。
果たして大井川の流量減少問題とは、いつから関係者の間で認識されていたのだろうか?
個人的には、トンネルを掘ってJR東海の予測通りに2㎥/s流量が減少したら、河川法が想定していない訳の分からない事態に陥るんじゃないかと思っている。もしかしたら、手続き上の不備を指摘することができるかもしれない。
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これが大井川水系にある発電所の設置状況である(平成29年2月時点)。 バカでっかい図で申し訳ない。
添付画像1 大井川水系の水力発電所(作者作成)
最初に述べておくと、大井川は国土交通省が管理する一級河川である。
もとより大井川は、水力発電のために大量に取水されていて、川に水がないことから「河原砂漠」と言われる有様であった。特に問題視されていたのが、中流部で大量に水を取水していた中部電力塩郷堰堤(旧川根町:現島田市)と、最上流部で流域外の早川に導水している東京電力田代ダム(旧井川村:現静岡市葵区)である。
田代ダムは昭和2年(1927年)に完成し、昭和39年(1964年)になって、取水量が4.99㎥/sに増やされることとなった。静岡・山梨両県知事の認可を受けていたのだが、やがて大井川本流での流量減少が深刻な環境問題となる。昭和47年には静岡県知事より取水量を2㎥/sに戻すよう要請されるが、このときは実現しなかった。
しかし住民の間からは、水を戻すべきとの声が高まる一方であり、昭和51年、東京電力が補償を払ったうえで中部電力が塩郷堰堤からの放流量を増やすことが決まる。しかし春~秋に0.5㎥/sを流すだけに過ぎず、冬季に流れの途切れる状況は改善しなかった。昭和59年以降、川根三町による運動を皮切りに、県、建設省、電力会社による協議が何年も繰り返され、ようやく平成元年に至り、塩郷ダムより年間3~5㎥/sを放流することが決まる(これでも地元の要望の半分程度)。
ただ、この時点で田代ダム下流での水枯れは解消していない。
田代ダムからの放流量が増やされたのは、平成18年(2006年)1月1日のことであった。半世紀ぶりに、田代ダム直下で年間を通じて流れを確保することが実現したのである。これまでは地元行政と電力会社による協議が中心であったところに、全国各地の流量維持問題の先例にするとして、国土交通省が積極的に加わったのが大きかったようである。
【補足】塩郷堰堤、田代ダムの「水返せ運動」については別個にまとめているのでこちらを参照していただきたいhttp://park.geocities.jp/jigiua8eurao4/SouthAlps/ooigawa-damukaihatu.html
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ところで、「水返せ」運動が活発になっている傍らで、中央新幹線建設のために南アルプス一帯での河川流量調査が始まったらしい。
これは補正版の環境影響評価書(平成26年8月)に掲載されていた、大井川流域での流量観測時期を示した表である。
添付画像2 大井川水系での流量調査時期
補正版環境影響評価書【静岡県】 資料編より
早いところでは、既に平成18年には既に調査を開始していたことになっている(それ以前については分からない)。先に書いたように、平成18年というのは、想定ルート上にある田代ダムからの放流量が52年振りに増やされた年でありる。
この流量調査とは、結果的に環境影響評価における流量予測の試算前提として用いられるが、そもそもは、運輸大臣からの指示に基づく地形・地質調査の一環であったと、JR東海側が説明している(平成25年10月8日静岡市内での準備書説明会にて6番目の質問者に対する返答)。
【補足】大井川で「水返せ」運動が活発になっているさなか、運輸大臣の指示に基づき、国鉄は中央新幹線の実現性を探るため南アルプスの地形・地質調査を開始する。昭和49年7月16日のことである。
http://park.geocities.jp/jigiua8eurao4/SouthAlps/Shizuoka-news/1974-7-17.html
運輸大臣からの指示による地形・地質調査は、この後も何度か行われることとなり、国鉄民営化はJR東海、鉄道総合技術研究所、鉄道建設・運輸施設整備支援機構が引き継いた。平成12年(2000年)にも調査指示が出され、平成20年(2008年)10月22日に報告書が国に提出されている。
ここで疑問が生じる。
流量調査を開始したのは、環境影響評価どころか、当のJR東海自身が中央新幹線構想を発表する前の段階である。
取締役会でリニア中央新幹線構想を発表したのは翌平19年4月26日、建設費全額を自社負担すると公表したのは12月25日のことであった。こののち平成21年12月24日に、東京~大阪間での建設費など全ての調査報告書を国交省に提出する。翌平成22年2月24日、全国新幹線鉄道整備法に基づき、前原国土交通大臣(当時)が交通政策審議会へ諮問し、中央新幹線小委員会が発足した。ルート、事業者としてのJR東海の妥当性を審議することになる。
10月20日に開かれた第9回中央新幹線小委員会では、「環境調査」なるものが審議されている。そこでは当然、水環境も調査対象になったのだが、用いられた資料は図示するような湧水の分布と、河川の水質類型(環境保全のために守るべき水質基準)だけであった。
添付画像3 第9回中央新幹線小委員会資料
後々、一番の肝心事になろうはずの利水状況については触れていない。行政手続きのタテマエ上、アセス開始以前で利水問題に触れるのは早計と判断したのかもしれない。
しかし、国からの指示で、既に平成18年の段階で大井川水系での流量観測を行っていたのであるから、国はトンネル工事と大井川の流量との間に、何かしら関係性があると予測していたことは間違いない。
なぜ、その情報を検討資料に用いなかったのであろうか?
工事の難易度を予測するためか、流量減少時の対応を練るためか知らないけれども、「流量に何らかの影響を及ぼす可能性がある」と言っておけば、ルートなどを選定する段階において、流量への影響を最小化する方法を地元行政を交えて協議することも可能であったはずである。、
調査地域のど真ん中を流れる川において、ダムからの放流量について調整役を担ったのは国土交通省である。大井川の流量がシビアな問題になっていたことを知らぬはずがない。