環境影響評価というものは、大雑把に言うと、大規模な事業をおこなう前に、事業者がその事業が環境に与える影響を予測し、「環境の保全のための措置」を生み出してゆく制度です。
この準備書、水環境についてはこの地質断面図の他に、地域全体の水環境を見回す図面・表のたぐいは全く記載されていません。国土地理院作成の作成した5万分の一地形分類図という大雑把な図が、目的も不明なままに「地形の状況」として引用されているだけです。5万分の一地形分類図では基本的に50m未満のスケールは表現することはできず、これでは不十分です。
JR東海は「影響は小さい」「回避できている」としていますが、それを検証する材料すら不十分なのが、この準備書なのです。
そして事業者の考えた「環境の保全のための措置」で環境が守られるかどうかを審議する権利が、自治体や環境省だけでなく、地元住民をはじめとする国民みんなにあります。
その審議をおこなうために、事業者による調査・予測結果と「環境の保全のための措置」を示した文書のことを準備書と言います。
さて、水環境に関する、準備書記載内容のおかしな点です。まだまだ続きます。
静岡県部分を流れる大井川では、予測方法の妥当性自体がなぞめいているものの、それでも流量が2立方メートル/秒減少するという予測結果が出されています。
トンネル工事で「流量が2立方メートル/秒減少する」というのは、けっこうな量です。2立方メートル/秒というのは、それだけである程度の河川に相当する量です。
試みに調べてみたら、東京都内を流れる善福寺川が0.36立方メートル/秒、新宿区内の神田川で3.23立方メートル/秒なんだそうだ。(東京都のどこかの部署の作成した資料より)
全然ピンときませんね。ごめんなさい。
それはともかく、なんでこんなに水を引き込んでしまうのだろうと疑問に思うのですが、それについての説明が準備書にはほとんどありません。
とにかく、説明も資料もおそろしく不十分なのですよ。
申し分程度に地質断面図が2枚貼り付けられていました。
それがこれ。
まずは静岡県版準備書8-2-2地下水より
それから2枚目、 静岡県版準備書「資料編」より
あとは、方法書のときから使用されている、国が作成した平面上の地質図がありましたが、それは省略。
「超」がつくほど大雑把のように見受けられます。
図5-1-2-2は試算のもととした図らしいのですが、別ページの注釈によれば、「水平方向に100m×100m、垂直方向に25m」の解像度で試算をおこない、そのモデルとなった図とのこと。ということは、水平スケールで100m未満のものは、この図には示されていないと考えられます。幅数数十mで地表からつながる水脈が存在してても、この図には表現できていないのでしょう。この図で表現できないということは、試算のモデル式では表現できないということを表すのだと思います。いわば、天気予報でスケールの小さな現象であるゲリラ豪雨を上手に予測できないようなものです。
とにかく、どこがどういう種類の岩石で、どこにどのくらいの規模のひび割れ(断層)が入っていて、どこに水を通しやすい部分があり、それが地表とどういう関係にあるのか、川の流量に影響を及ぼすのはどの部分か、肝心なことが一切分からんのですよ。
計算を行う際に、実際の地形・地質データを全てコンピュータ上で再現することはなかなか困難ですので、ある程度簡略化することはしかたがありません。その簡略化を補完するために、あるいは客観的に検証するためには、実際のボーリング調査や地上での各種調査の結果を併記することが欠かせないはずですが、そうした資料は見当たりません。
準備書の別のページには、「国鉄時代からボーリング調査を行っている」と書かれているので、具体的なデータ(柱状図)はJR東海が所有しているはずですが。
それから準備書には下のような表に「次の条件で試算した」と書かれていますが、ここに具体的にどんな数値を入力したのかもよくわかりません。
これでは、専門的な知識を持った方でも、トンネル工事による流量への影響はもとより、この地域の水循環についての概要把握すら難しいと思います。
さらに準備書には、この地質図の下に、地質条件云々を並べて「影響は少ない」と無理矢理結論付ける説明書き(略)があるのですが、その文章が長野県版準備書とまったく同じものなのです。同じ南アルプスとはいえ、大井川流域(静岡)と小渋川流域(長野)とでは地形も、地質も、断層の位置も、岩のひび割れ方も、川の流量も、トンネルの位深さも、み~んな異なるはずなのにどういうこと?
これでは「信用しろと」いうほうがムリです。
この準備書、水環境についてはこの地質断面図の他に、地域全体の水環境を見回す図面・表のたぐいは全く記載されていません。国土地理院作成の作成した5万分の一地形分類図という大雑把な図が、目的も不明なままに「地形の状況」として引用されているだけです。5万分の一地形分類図では基本的に50m未満のスケールは表現することはできず、これでは不十分です。
どのくらいの降水量があるのか、積雪、蒸発量、地形、植生の状況などといった、この地域の水環境に関する基本的な説明もありません。
トンネルの構造、作業用トンネルの地中における位置、規模、構造、あるいは工法についても詳しい説明がありません。
そればかりか、どこから水が湧き出し、どこに沢が流れているかという基本中の基本的なことも記載されていません。
ないないづくしなのです。
これが、各地の審議会で問題視されている「データ不足」というものなのです。
「そんな難しいことを細かく書いたって意味がないだろ」と思われる方もおられるかもしれませんが、そうじゃないんですね。準備書に対して審査をおこなうのは役所に呼ばれた一握りの専門家だけではありません。地質学、地形学、水文学の専門家なんて全国に何万人もいるだろうし、専門業者もたくさんあります。独学で専門知識を身につけた方もおられるかもしれません。
環境影響評価において一般の人々から意見を受け付ける制度が設けられている背景には、このような第三者の専門家による検証を受け付ける意味もあるのです。そのためにも徹底的な情報公開が求められます(一般からの意見提出は終わりましたが)。
こと大井川の水環境に関して言えば、直接的にJR東海と審議できるのは静岡市役所と静岡県庁だけですが、流量減少で影響を受けるのは下流域全体におよびます。その人々が環境アセスメントの妥当性を検証するためにも、欠かせない情報であるはずです。
JR東海は「影響は小さい」「回避できている」としていますが、それを検証する材料すら不十分なのが、この準備書なのです。