前回取り上げた山梨県富士川町とまったく同じ状況なのが、南アルプス西側の長野県大鹿村を流れる青木川と、豊丘村を流れる虻川という川。
特に虻川には滝が多く、美しい渓谷となっており、景勝地となっているようです。リニア中央新幹線は、これらの川の流域を、長さ15300mの長大トンネルで貫く計画になっていますが、大丈夫なのでしょうか。
山梨実験線のトンネル工事では、谷底からの深さ180m程度の地点を掘ったところ、頭上の川の水を抜いてしまいました。一般的にトンネル建設では、地表とトンネルとの厚さを土被りと呼び、これが300m未満になると水枯れの影響が出始める傾向にあるようです。この180mないし300mという数字を念頭においてください。
ちなみに土被りは「つちかぶり」と読んでいましたが、「どかぶり」と読むようです。リニア説明会の録音テープではじめて知りました。
図1 伊那山地を貫く長大トンネル
長野県版準備書より複製・加筆
さて、この長大トンネルについて、東側から眺めてみます。
南アルプス本体の長大トンネルを抜けると、大鹿村内で小渋川を長さ250mほどの橋梁で渡り、ふたたびトンネルに入ります。このトンネルが今回注目しているトンネルです。ちなみに、この橋梁が架けられる地点は蛇紋岩という非常にもろい岩でできており、何ゆえわざわざここにトンネル坑口を設けるのか地元の専門家や長野県の環境影響評価準備書審議会で疑問視されています。
さてこのトンネルは、小渋川から約3.5㎞進んで、中央構造線に沿いを侵食して流れる青木川をくぐりぬけます。中央構造線沿いだけあって岩がボロボロになって隙間が多くなっていることに加え、土被りはわずか40m程度と、異常に薄くなっているため、大量の湧水が予想されます。
図2 青木川付近
国土地理院 電子地図ポータルより複製・加筆 図1の右上部分に相当
青字は谷底の標高、赤字はトンネル・軌道の標高、黒字は土被り
青木川をくぐりぬけて伊那山地の稜線を抜け、小渋川から6.3㎞程の地点で、虻川源流をくぐります。このあたりは土被りが大きいので、さほど問題ないでしょう、
小渋川側坑口から8.5㎞ほどの地点で、虻川の主要な支流を2本くぐりぬけます。どちらも土被りは200m強であり、地上への影響が懸念される薄さとなります。
大問題なのが小渋川側坑口から10~11㎞の部分。このあたりで虻川本流直下を約1㎞にわたり、土被り100~50mの薄さで通過します。川を直角にくぐり抜ける山岳トンネルというのは、これまでにもいくつか事例があるようですが、川底に沿って1㎞も掘り進めた事例など国内にあったのでしょうか? まるで砂漠地域の横井戸(カナート)のようです。
図3 虻川・壬生沢川流域でのトンネルと谷底との関係
国土地理院 電子国土ポータルより複製・加筆
青い線は地形図上で記された川、水色の線はその他の主な沢
以上のように川底をくぐり抜ける部分の土被りが非常に薄いうえ、川底に接する距離が前例のないほど長いわけですから、河川水を大量にトンネル内に引き込んでしまうのではないかと心配されます。
しかも例によってこのトンネルは、東から西へ向かって下り一辺倒です。青木川と虻川の水を引き込んでしまっても、川に戻すことはできません。西側坑口で、壬生沢川という別の川に流れ去ってしまいます。
図4 伊那山地のトンネル縦断面
準備書より複製・調整
黄緑色、黄色、橙色の部分は、それぞれ土被り300~200m、200~100m、100m未満を示す
さて、以上のように青木川、虻川では流量の減少が心配され、壬生沢川では流量の増加が予想されるわけですが、このような環境の変化に対し、準備書ではどのように調査・予測・評価・対策がなされているのでしょうか?
というわけで長野県版準備書に目を通しました。
(以下、前回の表現を使いまわし)
あれ
どこにもない!?
・
・
・
?
・
・
・
?
何にも調査してないじゃん!!
冗談でも誇張でもなく、本当に青木川、虻川ともに水環境の調査をしていないんですよ!
わずかに、川の近くにあるため池の位置と水道の取水源を図示しただけ。
第8章の「地下水の水質と水位」「水資源」が該当するはずですが、本当に何にも調査をしていません。何にも調査をしていないのに、「地下水位への影響は小さいと予測する」という一文が結論として示されているだけです。
環境影響アセスメントというのは、事業の実施や工事にともなって、環境にどのような影響を及ぼすかを調査・予測し、対策を生み出してゆく一連の流れをさします。ちゃんと法律にも書いてあります。
環境影響評価法による「環境影響評価」の定義。
第二条 この法律において「環境影響評価」とは、事業(特定の目的のために行われる一連の土地の形状の変更(これと併せて行うしゅんせつを含む。)並びに工作物の新設及び増改築をいう。以下同じ。)の実施が環境に及ぼす影響(当該事業の実施後の土地又は工作物において行われることが予定される事業活動その他の人の活動が当該事業の目的に含まれる場合には、これらの活動に伴って生ずる影響を含む。以下単に「環境影響」という。)について環境の構成要素に係る項目ごとに調査、予測及び評価を行うとともに、これらを行う過程においてその事業に係る環境の保全のための措置を検討し、この措置が講じられた場合における環境影響を総合的に評価することをいう。
本当に工事によって流量に影響が出るかどうかは分かりません。しかし何が起こるのかわからないから調査するのが環境影響評価なのに、調査自体を放棄しているのですから、これは環境影響評価とはよべないと思います。
南アルプス横断長大トンネル群(長さ計52㎞)の周辺には数多くの川がありますが、トンネル工事が河川流量に与える影響の予測をおこなっているのは、発電用に取水している大井川本流と主要な支流である西俣、水環境に強い懸念の出された長野県大鹿村の小河内川と小渋川の計4本だけ。
前回とりあげた大柳川、今回取り上げた青木川と虻川はもとより、その他数十本の河川は、いずれも調査対象になっていません。どの川に影響が及ぶかということも触れていない。
JR東海は一部の川については事後調査をおこなうとしていますが、事後調査で万事OKなら、そもそも環境影響評価という事前調査の制度は不要なはずです。根本的に認識が間違っています。
こんないい加減な環境影響評価準備書が、いままで存在したのでしょうか?
「データ不足」というレベルじゃないです。
「データ不足」というレベルじゃないです。
マジでおかしいですよ、コレ。