先日の品川駅起工式に関係して、ここ数日、妙にリニア関連のニュースが流されているようです。いずれも2027年名古屋開業を前提として東京~名古屋間が通勤圏になるとか、品川駅周辺が生まれ変わるとか、名古屋が急速に経済成長を遂げるとか、果ては名古屋が大阪にとって代わるとか、そのように夢のようなことが語られているようです。
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しかしJR東海の事業計画や、沿線とのやり取りを眺めてき者としては、どうも「話題作り」だけが先行しているという感想を否めません。そういう意図があるのでしょうか?
例えば上記の「乗りものニュース」をはじめとして、あちこちのマスコミが、品川駅、南アルプス、名古屋駅が”三大難所”とするJR東海柘植社長の言葉をそのまま引用しています。
確かに「技術的に難工事だから先行して着工」という見方が可能です。けれども、この3か所については土地取得が不要だから起工式を行えたとも言えます。品川駅と名古屋駅は既存の東海道新幹線駅の下ですし、南アルプスの起工式を行った山梨県早川町については、8年前からボーリング調査用として土地を確保しています(しかも無人地帯)。
その他については、現在のところ全く土地は取得していないはずです。
リニアの8割は地下ですが、それでも地上区間の土地は購入しなければなりません。軌道以外にも、必要な土地はたくさんあります。
例えば相模原市と中津川市には車両基地を新設する計画があります。長さ2000m、幅400mという、まるで空港を造れそうな大きさですけど、同じぐらいの規模の公共事業の場合、土地を確保するのに何年もかかるのが常ですから、簡単に話が進むとは思えません。
また、トンネル工事にしろ品川の地下駅にしろ、穴を掘る以上は掘った土を置く場所を確保しなければ、物理的に作業ができません。これについても用地選定⇒環境調査⇒地質調査⇒開発許可⇒土地取得という手順を踏まなければなりませんから、土地を確保するまでだけでも、最短で2年程度はかかります。もしも猛きん類の生息の可能性がある場所ならば、その調査にはさらに1年が必要となります。処分方法が決まっていないのは全区間で5000万立方メートル以上、目星すらついていないもにに限っても、2500~3000万立方メートルはありますけど…。
岐阜県のウラン鉱床なんて、万一掘り当ててしまったら、おそらくどうしようもない…。
したがって「2027年度開業」は、もはや机上の空論となりつつあると思います。
着工の目途もたっていない、つまり予定通り完成するかどうかも分からないのに、なぜ「2027年開業で名古屋経済が大発展!」みたいなことが書けるのでしょう。
これくらいのことは、地道な取材や検証をするまでもなく、地方紙で報じられているようなことです。要するに在京メディアは取材をしていないし、事業計画を調べてもいないという感想を否めません。これでジャーナリズムとして成り立っているのでしょうか?
それから、在京メディア(テレビ、新聞、鉄道雑誌、ビジネス誌)が報じるリニア関連の記事を眺めていて常に感じることですが、リニア建設のための土地を追われる人々や、生活が大混乱に陥ってしまう人々、それから施設建設で分断される集落といった”地域の目で見たリニア計画”って、ほっとんど顧みられないんですよね…。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
もっと具体的に考えてみる。
南アルプス静岡県部分の事例である。「三大難関」とされる南アルプスの中枢部分である。
環境影響評価書には、全都県での工事のスケジュールが次のように示されている。1年目=平成26年度に用地買収をしながら工事を開始し、13年目には試運転を開始するつもりらしい。
静岡における、もう少し詳細な工事計画は次の通り。ちなみに静岡県内の事業予定地は、全て製紙会社1社の社有林なので、ユネスコエコパーク管理運営計画に支障をきたさぬ限りは、用地取得に手間はあまりかからないと思われる。
上段における「12年目」が、下段でいう「11年目」に相当するものと思われる。まる11年間で工事を終わらせる計画である。
14年目を2027年度末と設定してみると、試運転開始は2026年春頃であり、工事開始はその11年前となっているはずである。評価書の出された2014年8月時点では、2015年度つまり現時点で静岡県内でも着工している段取りであったわけである。
けれども実際には、着工の目途は立ってたっていない。ということは、「2027年度開業」という当初予定は、既に実現が怪しくなっているわけである。
さて、静岡県におけるトンネル本体工事までには、次のような手順が必要になるはず。
まずは、
・事業計画変更の承認(発生土処理、工事用道路、導水路)
・発生土置場における生態系・景観調査(アセスでやっていない)
・発生土置場の地質や地形の調査
・発生土置場周辺の崩壊地・地すべりの実態調査
・導水路計画の妥当性の審議
・河川上流部や沢における生態系への環境保全措置の検討
・林道における登山者等への対策
これらについて県と市の合意を得たうえで、地元市民の合意も必要となる。それから
・森林法に基づく林地開発許可申請
・河川法に基づく河川への盛土・掘削の許可申請
・静岡市南アルプスユネスコエコパークにおける林道の管理に関する条例への適合性審査
・静岡県県立自然公園条例に基づく指定動植物の採集・損傷の許可申請
・水利権調整
などを受けなければならない。そのうえで
・林道改修
・発生土置場の整地
・宿舎の建設
から始まり
・工事用道路トンネル(長さ約4500m)の建設
を終えて、
・斜坑(長さ3100mと3600m)
を完成させて、初めてリニアの走行するトンネル本体工事に着手することになる。
発生土置場についての諸調査については何年かかるのか分からない。周囲は標高2400m前後の山に囲まれており、その山のてっぺんに測器を設置し、地すべりや崩壊の動向を調べねばならないからである。寒冷地ゆえに気象データの取得も必要となろう。もしも大掛かりな対策工事が必要となるのなら、新たな環境調査が必要となるし、完全にダメな場所なら、発生土処分計画をゼロから見直さなければならない。これらを終えて、当該地の安全性を証明しなければ森林法第10条の2に基づく林地開発許可は出せないのである。
⇒林野庁 林地開発許可制度
林道改修には1年程度、長大な工事用道路トンネルの完成までには2~3年かかるだろうし、その次に掘り始める斜坑の完成にも3年はかかる。そこまでやってから列車の通るトンネルを掘り始めるわけである。
つまり、静岡でのトンネル本体工事までには、最短でも今から6年程度は必要となる。最短で2022年度から掘り始めて2026年に試運転を始められるはずがない。
同時に、漁協への対策も必要になるし、ユネスコへの説明責任も生じるという。後述の通り、地元住民とのコミュニケーションすら成立していないのに、ユネスコにどうやって説明するのだろう?
万一の事故や火災等に備えて、市、県、警察、消防など関連する行政機関との協議も必要になるはずだけど、無人地帯なのにどうやって対応するのだろう? ヘリコプターを常駐させるのだろうか?
だから、2027年度名古屋開業は、もはや不可能であろう。
なお、お隣の長野県大鹿村の場合は次のような順序になる。
発生土置場の確保
↓
道路改良工事
↓
斜坑掘削
↓
本体工事
当然ながら、各段階で住民の合意を得なければならない。しかしJR東海による調査の不手際、トップダウン式の一方通行な説明会、住民意見は聞かないのに事業者の都合は押し付ける、といった硬直した姿勢が住民の強い怒りを招き、全くコミュニケーションが成立していないという話をよく聞く。昨年8月には工事差止め処分を名古屋地裁に訴えるという事態にまで発展している。
どう考えても住民との合意が得られそうにないのだが、その原因は「超電導リニア方式」という、硬直しきった事業計画に根を持つのは間違いない。