22日に、山梨県と長野県の知事意見がJR東海に提出されました。
どうせたいしたことは書かれないだろう…と思っておりましたが、目を通して驚きました。
新聞報道では「厳しい意見」「追加調査を要求」というように、わりと冷静な表現となっていますが、受け取る側としてはおそらく冷静さを保ってられる意見書ではありません。事実上、「アセスやり直しを要求」になっており、はっきり言って、環境影響評価としては失格の烙印を押されたのに等しいといえます。
わたくし、環境影響評価などドシロウトですので、リニア中央新幹線の環境影響評価手続を考えるために、予習として法対象アセスとなった道路建設事業の環境影響評価数事例と、閣議アセスにおける100件ぐらい(1995~1996年)の知事意見概要にざっと目を通してみました。閣議アセスというのは法律に基づかない古い手法で、環境保全も不十分な時代ですが、それでもここまで言われているのは見当たりませんでした(事業者=知事という事例も多かったためでもありますが)。
というわけで、1997年の環境影響評価法施行以降では、例外的なケースじゃないかと思われます。
もっとも、厳しい意見が出るのは当然と言えば当然なんですが…
というのも、前回述べたように、リニア中央新幹線建設事業は、地上の鉄道設備よりも、トンネル工事にともなう水環境への影響と、5000万立方メートル以上に及ぶ残土の処分地造成に伴う環境への影響とが主要な争点になります。影響を受ける規模も範囲も、こっちのほうが広範囲・深刻・予測困難だからです。
ところがJR東海が今までに環境影響評価で取り扱ってきたのは地上設備に関する部分ばかり。何度も指摘してきたとおり、水環境については調査地点が乏しく、残土処分については「9割リサイクルを目指す」と、実現性に乏しく具体性のない目標を掲げただけにとどまっています。
すなわち、必要なアセスの半分も行っていないのです。
しかも地上設備のアセスについても、主観的な評価・根拠のない評価が相次いでいます。
例えば…生活道路となっている1本道を1日1700台の大型車両が通行しても「問題がない」というのは(長野県大鹿村)どう考えても無茶だし、工事終了後の完成予想図も出さずに「景観への影響はない」なんていうのは(静岡県)、論理的におかしい。長野県では事業者自らが「調査範囲」と定めた範囲での調査を行っていなかったことも判明しました。
こういう論理的におかしな内容がズラリと並べられているのです。
これだけひどい準備書をスルーしたとなると、自治体として後々責任問題に波及しかねません。そういう意味でも厳しい意見を出さざるを得なかったのでないでしょうか。
※どれだけひどいかというと、静岡市在住の方でしたら、静岡県立中央図書館にリニアのアセス図書および最近の道路建設のアセス図書が並べられていますので、見比べてくださいませ。
このあと今月25日までに残る都県からも意見書が出されますが、知事意見案や審議会の答申書をみたところでは、概ね同様に厳しい内容になりそうです。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
この後JR東海は、各都県の知事意見をもとに準備書を修正して評価書を作成し、知事意見を添えて環境大臣に提出することになっています。評価書の作成に期限はありません。
JR東海は今年10月にも着工したいとしていますが、そのスケジュールだと、4~5月には評価書を作成しなければ間に合いません。信濃毎日新聞でも「JR東海は4月にも評価書を作成する見込み」と報じられていました。
ところが知事意見では、様々な項目において現地における追加調査を求めていますし、斜坑の数や残土運搬計画など、事業計画そのものの見直しを求めている項目も多岐にわたっています。その場合に環境影響評価をやり直す必要があるとJR東海自らが認める場合は、環境影響評価法第21条の規定に基づき、再び方法書段階から行わねばなりません。生物相や河川の流量等の再調査には、調査自体に1年かかります。すなわち、知事意見に真剣に対応すると、今後1年半から2年は着工できません。
4~5月に評価書を作成することは、こうした知事意見を完全に無視することになります。ほぼ無修正・追加調査なしのまま環境大臣に提出するのでしょうか?
仮にこの準備書内容のまま評価書として提出した場合、知事意見で「問題がある」とされた点が修正されていないのですから、環境省としても「問題がある」という意見を出さねばなりません。環境大臣意見で「問題がある」とされた評価書に基づいて、許認可権者である国土交通大臣はそのまま事業認可するのでしょうか?
「問題がある」という環境大臣意見を無視して国土交通大臣が事業認可したら、裁判沙汰になった場合、「許認可権者の権利濫用」として環境影響評価法上の違法性を問われる可能性があるようです(環境法関連の多数の文献で指摘されている)。
もっとも、そこまでおかしなアセスの事例はこれまでほとんどなかったようですね。アセスにおける騒音基準のあり方等から裁判に発展し、一審判決で事業認可を取り消されたという事例(圏央道あきるのIC問題)はありますが、全面的に問題のあるものを事業認可して裁判になったことはないようです。
つまり、問題のある準備書・評価書であった場合は、どうにかクリアできるように準備書段階・評価書段階で事業内容を修正してきたわけなんですね。それが環境影響評価というものだからです。
というわけで、いくら国交省がJR東海とベタベタくっついていたとしても、さすがにこんなリスクのあることはしないでしょう。
というわけで、仮にJR東海が強引に知事意見を無視しても、許認可の段階で事業内容の修正を要求される可能性が高いと思われます。
つまり、少なくとも今年度中に着工することは不可能といえます。
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ところがですねえ、「これまでの事例ではどうにかクリアできるように事業内容を修正してきた」とはいっても、これができないのが超電導リニア方式中央新幹線建設事業の宿命なんですよ。
環境への適応という面から見ると、超電導リニアという概念そのものがムチャなんです。もっとも事業の採算という面からもきわめて「?」ですが…。
ムチャというのは、「時速500キロの新技術」という点に起因します。
時速500キロ走行をするがために…
①曲がれないからルート設定の際に環境配慮をすることができない。
②時速500キロの安定走行と用地買収費の節約のために地下を通さざるをえず、よって新設区間の9割近くがトンネル区間となり、地上の環境と関係なく膨大な残土が発生する。
③地球上で初めての技術であるから、参考にする先行事例がない。
①曲がれないからルート設定の際に環境配慮をすることができない。
②時速500キロの安定走行と用地買収費の節約のために地下を通さざるをえず、よって新設区間の9割近くがトンネル区間となり、地上の環境と関係なく膨大な残土が発生する。
③地球上で初めての技術であるから、参考にする先行事例がない。
①は、このブログでさんざん書いてきたことです。
国立公園・県立公園・自然環境保全地域・エコパーク
重要種の多い湿地
野鳥の越冬場所
豊かな景観の里山・山里
静かな住宅地
有害物質の出るかもしれないウラン鉱床や鉱山跡地
川の水源地帯
史跡
土砂災害の危険性の高い地域
直線で東京-名古屋-大阪を結ばねばならないから、上記のような改変すべきでない場所であっても無思慮にぶち抜かなけらばなりません。環境配慮の第一段階は、事業立地場所の選定ですが、リニア計画ではこれが不可能なんです。だからどうしても避けるべき場所を避けられず、問題が大きくなってしまう。しかもたった1年で現地調査を終わらせようとする…こりゃいくらなんでもムチャです。
環境に配慮して路線をクネクネ曲げたりアップダウンを激しくしたら…時速500キロで走ることができず、超電導リニア方式である意味がなくなります。
「環境への影響を避けるため」として新設路線の9割近くを地下に埋める計画になったわけですが、それが②残土の問題にむすびつきます。
…これ、はっきりいって破綻してるんですよ。
高速道路を造る場合、トンネル・切土区間から出るズリ(建設発生土)は盛土区間に転用し、バランスをとります。余ったものは建設資材に回され、それでも使いきれなかった部分が”建設残土”として捨てられることになります。
たとえば新東名高速道路の建設工事では、静岡県内160㎞くらいの区間で7500万立方メートル(リニアの品川-名古屋間での5620万立方メートルを上回る)ものズリが発生し、そのうち4900万立方メートルは盛土区間に転用し、残りは工業団地の造成等に回されました。
自然環境や景観が守られたかどうかは別としても、とりあえずバランスはとれています(個人的感想としては、里山がメチャクチャになっているので、とても環境が保全されたとは思えませんが)。
ところがリニアの場合、この手法がとれません。品川-名古屋243.4㎞のうち、地上区間は31.4㎞と13%に過ぎません。このうち4㎞くらいは川を渡る区間なので、盛土が可能となるのは大雑把にみて27㎞程度です。高架橋の断面はこんな構造だそうです。
山梨県版準備書より転載
この27㎞を全て高さ20mの盛土区間とすることを考えます。
ちょっと試算
高さ20mの盛土を想定すると、断面はたぶんこんな感じとなります。
これだと断面積は972平方メートル。総延長27㎞なので使える残土は約2600万立方メートル。
どんなに使っても、半分しか使えないんですよ。変電所設備などに使える量を割引いても、大量に余ってしまいます。
それから高架橋の場合に必要な用地幅は22mとしていますが、これが盛土になると、90mもの幅が必要になります。用地取得の費用と手間が4倍になるので、そもそもありえないのでしょう。
かといって他の事業に回すといっても、これが可能なのはごく一部に限られます。
なにしろ路線の大半は山岳地帯です。大規模な造成をしたところで工場や住宅地などが立地するはずがありません。南アルプス山中の場合、再利用は自然破壊の拡大と表裏一体です。南アルプスの山梨県側では残土を使って道路拡幅とか駐車場造成という話が出てきましたが、苦し紛れという感が否めません。「リニアの残土でなくとも造成可能」なものだからです。神奈川や愛知では使い道がありそうにも見えますが、こことて他の建設工事から発生する残土を再利用しきれていないのが現状です(だから残土の不法投棄が後を絶たない)。
ネットで検索すると「海岸の津波対策につかえばいいじゃん」といったことを述べている人が見受けられますが、南アルプスや中央アルプスの山奥から100㎞近い距離をダンプカーで運ぶことは、作業効率・沿道のダンプ公害という観点からいって不可能です。
そもそも「建設発生土の運搬は原則的に50㎞以内」になってるんですよね…。
要するに、建設発生土すなわち残土の処分計画が破綻していると思われるのです。
③これについて、「東海道新幹線だって前例がなかっただろ」という持論を出す人が見受けられます。ネット上の戯言だけでなく、時々”有識者”と呼ばれる人でもこの理論を持ち出します。
昭和37年の東海道新幹線の営業開始後、沿線で大変な騒音・振動が発生し、各地で住宅や学校の立ち退きが相次ぎ、「新幹線公害」という言葉まで生まれました。名古屋では大規模な訴訟が起こされ、その後の東北・上越新幹線の完成が遅れる原因ともなりました。
このために新幹線鉄道の建設に際して騒音規制や環境アセスメントの制度が構築されてきたのですが、リニアは新幹線とは全く異質な乗り物です。
東海道新幹線は時速200キロでしたが、当時はヨーロッパにおいてミストラル(仏)など時速130~140キロ程度の列車が運行されており、国内でも国鉄の特急こだま号や小田急の列車が130キロで走っており、それらを参考にすることができました。時速500キロのリニアの場合、参考にするのは時速300キロ程度の新幹線となりますが、200キロの速度差は大きく、そもそも走行方式が全く異なり、あまり参考にならないでしょう。時速430キロの上海リニアを参考にすることは、JR東海のプライドが許さないだろうし。
そもそも現段階で、地下を高速移動する16両編成・全長400mの物体なんて地球上にありません。山梨の実験線で走ってるのも5両編成までだし…。
そういえば、大深度地下トンネルに列車を走らせた事例もないし、南アルプスにトンネルを掘った前例もない。標高2000mで大面積を緑化したこともない。磁界が人体や環境に与える影響が十分に研究されているとも言い難い(基準ができたのはリニアの建設指示直前)。大河川の源流域をぶった切るようなトンネルを造ったこともない。
リニアはこのように「前例のないものだらけ」です。それなのに、既存の基準や環境影響評価手続きで対応できるのかという検証さえ行われていません。国交省の設けた超電導磁気浮上式鉄道実用技術評価委員会にしろ中央新幹線小委員会にしろ、鉄道関係の専門家しか招かれておらず、環境面からの審議がされた形跡はありません。これは非常に大きな問題でしょう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
新幹線建設の手続きを定めた全国新幹線鉄道整備法には、環境面からの事業審査をおこなわせる規定はありません。環境影響評価法33条の規定により、環境影響評価手続きがその役割を果たします。
つまり、ここにきて初めて、超電導リニアというものに環境面からの審査がなされたとみることもできます。
その審査において、はっきりと「こりゃダメだ」という審判が下りつつあります。JR東海ならびに国交省においては、なぜこの技術・計画が環境に対応できないのか、その点を十分に検証したうえで今後の計画の是非を判断していただきたいものであります。