中央新幹線建設事業に対する環境大臣意見が出されました。
ぱっとみたところは簡単に見え、新聞報道などではこれで大丈夫なのかと「?」マーク付きで報じられていますが、実は異例の内容です。
まず、全体で12ページあります。これ自体が異例のことなんです。
例えば、リニアに相当する規模の事業の環境影響評価で出された環境大臣意見は、平成13年の北海道新幹線(250.7㎞)に対するものが最後です。規模自体はリニア(286㎞)とほぼ同じですが、同時に行われた北陸新幹線・九州新幹線への意見と合わせ、たった1~2ページ程度しかありません。
あるいは最近(今年5/1)評価書の出された道路建設事業『都市計画道路阿久根薩摩川内線(18㎞)』への大臣意見も、たったの1ページ半。
これらに比べると、12ページというのは異例の分量だと言えます。
ここから先は、リニアへの意見と合わせ、上のリンク先にある過去の意見例をご覧になってからお読みください。
さて、リニア評価書への環境大臣意見に移ります。
まず、冒頭1ページにわたり、前文が設けられ、そこで「ほとんどの区間はトンネルで通過することとなっているが、多くの水系を横切ることとなることから、地下水がトンネル湧水を発生し、地下水位の低下、河川流量の減少及び枯渇を招き、ひいては河川の生態系に不可逆的な影響を与える可能性が高い」
「本事業の実施に伴う環境影響は枚挙に遑がない」
「これほどのエネルギー需要が増加することは看過できない」
「環境の保全を内部化しない技術に未来はない」
等と、懸念が書き並べられています。
普通、このように懸念を書き並べた前文が環境大臣意見に添えられることはありません。
私、リニアのことを調べるために、過去の大臣意見例50~60件程度に目を通しましたが、本件のように冒頭で懸念を長々と表明したものには出くわしませんでした。
というのも、常識的には準備書への対応により、評価書が作成された段階では、懸念事項は基本的に対応されているとみなされるからなんですね、
それなのにあえて前文を書き加えて、そこで計画全般への懸念を表明したのです。
これはつまり、この事業(=リニア建設)を、この評価書のまま始めた場合、環境への非常に大きな悪影響を与えることが確実視されたため、このまま着工させてはならないと、環境省が国土交通省に正式に通達したという意味です。同時に、これが政府の公式見解です。
本当に異例のことで、評価書としては失格の烙印を押されたに等しい内容なんです。
大臣意見は、具体的な指摘事項に乏しいように見えますが、評価書は法律上、知事意見つまり地域ごとの具体的な指摘事項を勘案して作成されたものという扱いであり、それに対する大臣意見では、知事意見と重複する内容は基本的に省かれるためです。
しかしJR東海は知事意見を無視しているんですね、この点については、前文および末尾にある「関係する地元自治体の意見を十分勘案することが必要」という部分で、「知事意見に大してはマトモに答えさせなければならない」ということを、国交省に対して求めています。国交省は、これを反故にすることはできません。っていうか、おそらくは環境省内において、打ち合わせ済みなのでしょう。
上に掲げたそのほかの大臣意見例では、こんな当然のことは求めておらず、わざわざ書かれることも異例なんです。
とにかく異例づくめなんです。
ところで、ネットで新聞報道を見渡してみると、リニア計画に反対している人々からは一斉に「落胆の声があがった」かのように書かれています。実効性がないとする論評も見受けられます。
でも環境影響評価制度の仕組みに照らし合わせてみると、これは最大限の見直し要求なんです。
重要なポイントはいろいろありますが、南アルプスの場合、水環境の部分が特に重要になります。
(4ページより)
地下水位の低下並びに河川流量の減少及びこれに伴い生ずる河川の生態系や水生生物への影響は、重大なものとなるおそれがあり、また、事後的な対応措置は困難である。
山岳トンネル部の湧水対策は、(略)特に巨摩山地から伊那山地までの区間においては、本線及び非常口のトンネル工事実施前に、三次元水収支解析を用いてより精度の高い予測を行い、その結果に基づき、地下水位及び河川流量への影響を最小化できるよう水系を回避又は適切な工法及び環境保全措置を講じること。
この部分、非常に重要です。
平地の工事の場合、あらかじめつくっておいた壁をはり付けながら掘り進めるシールド工法が用いられるため、川底でも問題なくトンネルを掘ることができます。
ところが南アルプス等の山地の場合、 山岳工法(NATM工法)がという工法で工事が進められます。その場合、先に小断面のトンネル(先進坑:とはいっても2車線道路並み)を掘ってあらかじめ周囲の地下水を抜いておき、水が減ったところで薬液を注入して岩盤中の隙間を埋め、本坑を掘るという手順をとります。それからコンクリートを塗り固め、防水シートを張り、また塗り固めて内壁を構築する。要するに、地下水を流れ出るだけ流れさせて、止まったところで本坑の掘削を進め、これを繰り返すわけです。こんな工法ですから、川の水が減ることは不可避というよりも、減らすことが前提になっているようなものです。
このNATM工法を採用する以上、おそらく川の水を減らすことは避けられません。これは「適切な工法」とはいえません。そして、すでに南アルプスを流れる大井川水系では大幅に流量が減少するという予測が出ています(前回のブログ記事参照)。長野側の小河内沢でも同様です(それどころか山梨県富士川町の大柳川や長野県豊丘村の虻川については、予測自体をしていない)。水枯れ対策に有効な工法はありません。川の水が減った場合、環境を元に戻すことも不可能です(事後的な対応措置は困難という記述に注意)。
すると、大臣意見の通り「水系を回避」すなわちルートを変えるしか残された道はありません。
ここでトンネルの位置を300m以上ずらすと、環境影響評価をやり直さねばならなくなります。
つまりこの大臣意見は、暗にアセスやり直しを求めているとも解釈できるのです。
それから水絡みで8~9ページ。
「水系ごとに、流量の少ない源流部や支流部も含めて複数の調査地点を設定し、工事の実施前から水生生物の生息状況、河川の流量及び水質について調査を行い、その結果に基づき予測、評価を実施し、適切な環境保全措置を講じること」とあります。
「工事の実施前」「予測、評価」という言葉があるように、事後調査ではなく事前に調査・予測・評価をおこなえということです。今からこれを行うためには1年以上かかります。したがって、JR東海が誠実に対応した場合、今から1年半は事業申請を出せません。かといってやらずに事業申請を出したら、環境大臣意見さえ無視したということで、国交省としても事業認可は与えられません。
こんなのが大臣意見で出されることはまずありません。
こうやって深読みしていくと、なかなか厳しい意見であると思われませんか?
時間が足りないので、言い足りないことはまた後日…。
ところで、
「長期間の追加調査や抜本的な見直しは求めなかった」「スケジュールへの影響は小さいとみられる」と、いくつかの地方紙に使われていますが、これを書いた記者は前文を読まなかったのかな? しかも同じ文章が使い回されているのも気になるなあ…。
ちょっと重要な補足説明
環境影響評価制度を知るうえで、これは是非知っておいていただきたいのですが、
①環境省が事業中止や大幅変更を求めることは法律上できない。
②環境影響評価法の枠内で取り扱われる項目には限界がある。
ということです。この2点ははっきりさせておかねばならないんですが、新聞記事を見ると、新聞記者から反対派の方まで、謝って認識されているようです。
①について
環境影響評価法第1条に、「この法律は、土地の形状の変更、工作物の新設等の事業を行う事業者がその事業の実施に当たりあらかじめ環境影響評価を行うことが環境の保全上極めて重要である…」という表現があります。すなわち、環境影響評価は、あくまで事業を実施することが前提であり、そのうえで事業者の自主的な配慮を促すための制度であるため、中止を求めることはできません。
②について
環境影響評価の進め方や評価項目は主務省令というもので定められており、ここから外れた要求を環境大臣が行うことは、環境影響評価法に抵触してしまうのです。
例えば静岡の場合、標高2000m地点に発生土置き場を計画しており、これによる自然破壊ばかりか災害誘発の危険性も懸念され、県知事意見で回避を求められています。このブログで何十回も繰り返してきたことです。また、長野県側では地すべり密集地帯での工事が計画されており、やはり県知事意見で再考を求められています。
ところが、主務省令には、「地形・地質に起因する安全性の問題」を取扱う規定はありません。したがってもし仮に環境大臣意見でこれらの計画に対し、「地形条件が危険だから回避すること」としたら、法律から外れた意見になってしまう可能性があります。それゆえ、環境省からこれらについて回避を要求することは困難だと思われます。ただし前述のとおり、関係する地元自治体の意見を十分勘案することという一文がありますので、これに基づき、知事意見を再考せよと命じていることになっているといえます。
なお主務省令では「地質・地形について予測評価の対象とすること」とありますが、これは天然記念物や景勝地のように珍しい地形を保全することが目的であり、地形災害を対象にしたものではありません。それからリニアにおいては「磁界」が調査項目となっていますが、これは主務省令に含まれていません。JR東海が自主的に選定したものです。