環境影響評価書に対する環境大臣意見で「発生土置場(=残土捨て場)の選定要件」が示されていましたので、それを検証してみようと思います。
環境大臣意見
2.6 廃棄物
(1)発生土
②発生土置場の選定要件
今後、新たに仮置場の設置場所を選定する場合については、自然植生、湿地、希少な動植物の生息地・生育地、まとまった緑地等、動植物の重要な生息地・生育地や自然度の高い区域、土砂の流出があった場合に近傍河川の汚濁のおそれがある区域等を回避すること。
また、登山道等のレクリエーション利用の場や施設、住民の生活の場から見えない場所を選定するよう配慮するともに、設置した際には修景等を行い、自然景観を整備すること。
②発生土置場の選定要件
今後、新たに仮置場の設置場所を選定する場合については、自然植生、湿地、希少な動植物の生息地・生育地、まとまった緑地等、動植物の重要な生息地・生育地や自然度の高い区域、土砂の流出があった場合に近傍河川の汚濁のおそれがある区域等を回避すること。
また、登山道等のレクリエーション利用の場や施設、住民の生活の場から見えない場所を選定するよう配慮するともに、設置した際には修景等を行い、自然景観を整備すること。
まず基本的なことですが、静岡県内の発生土置場については、仮置き場ではなく恒久的なものですから、その選定にはいっそう慎重にならなければなりません。しかしJR東海は静岡県内における残土捨て場候補地について、「過去に伐採された場所や人工林等から選定した」としているだけで、ここに大臣意見で掲げられた要件について検証を行ったのか定かではありません。っていうか、たぶんしてませんな。ですのでkabochadaisukiがJR東海様の代わりに検証させていただきます。
今回は、例の標高2000m扇沢源頭の「天空の残土捨て場」について検証してみましょう。
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(1)自然植生だと思う
この場所、確かに伐採・植林の履歴がありますが、南アルプスの稜線上という土地条件から、人為的な地形改変、農業、居住等が行われた履歴はありません。JR東海が作成した植生区分図においては、同候補地のほぼ全てがシラビソ-オオシラビソ群集に分類されていますが、この群集は、南アルプスの標高2000m前後におけるこの土地本来の自然植生(亜高山針葉樹林)であることから、2次林とはいえ自然植生に近い状況であるのでしょう。
環境影響評価書 静岡県版を複製・調整
また評価書・資料編「表9-1 植物出現種リスト」から植物相を眺めると、オオシラビソ、シラビソ、トウヒ、キタゴヨウといった亜高山帯の極相林を構成する樹種が確認されていること、草本植物にもシラネワラビ、オサバグサ、ゴゼンタチバナ、ハリブキ、カニコウモリ、コイチヨウラン等、亜高山帯の林床に特徴的な種が多いことから、典型的な亜高山針葉樹林の林相を呈しているとみられ、やっぱり自然林とみなせるんじゃないかと思います。
品川-名古屋間でリニア関連の工事が予定されている場所の中では、最も自然状態に近い森林であることは確実であり、こういう言い方をすると語弊がありますが、とりわけ重要度は高いと思います。大臣意見の要件を満たせておりません。
(2)希少な動植物の生息・生育地だといえる
評価書では重要な動植物の分布状況は非公開なので、同地にどんな重要種が確認されているのかは定かでありません。とはいえ、断片的な情報でも「希少な動植物の生息・生育地」に該当しているのは確実です。
まず静岡県知事意見によれば、同地にはホテイランという植物の生育が確認されているようです。ホテイランは、静岡県希少野生動植物保護条例で採取・損傷が禁止され、静岡県版レッドデータブックにおいて絶滅危惧ⅠAに、環境省のレッドデータブックでも絶滅危惧ⅠBに指定されている、第一級(?)の希少植物です。これだけで大臣意見は満たせていないことになります。
それからJR東海は、長野県版の評価書では「南アルプス国立公園特別地域内指定種」というものを重要種に選定し、予測評価対象にしているんです(国立公園特別地域内で採取・損傷したら処罰対象になる)。ところがなぜか静岡県版ではこういう対応をとっていないんですね。
もし静岡県側でも同様な対応をとれば、評価書の植物出現種リストで確認すると、同地での現地調査で確認された高等植物種のうち39種がこれに該当します。すると、この場所で確認された植物全体のうち約20%は重要な植物で構成されていることになります。
例えば山梨県、長野、神奈川県では、発見された植物のうち重要な植物の占める割合は3~5%なんです。これらに比べると、扇沢源頭というのは希少な植物種の占める割合がとても高い地域ということになるんですよ。大臣意見の要件を満たせておりません
なお、クルマユリ、ホソバトリカブトといった高山性の高茎草本群落、いわゆる「お花畑」を構成する種も確認されています。
蛇足ですが、東京都の評価書をみるとシダ類のウラジロってのが「重要な種」に選定されています。ウラジロってのは正月飾りにつけてあるアレです。関東以西なら住宅地の裏山にグチャグチャに生い茂っているような、ごく普通な植物です。東京都はウラジロの分布北限に近くて数が少なく、貴重な種といえるかもしれません。しかし品川-名古屋全体を見渡した場合は、果たして重要な種といえるか微妙です。別に東京都のウラジロを重要種にあげるのが間違っているというわけではありませんが、それならば静岡で普通種にされたクルマユリ、ドロノキ、コイチヨウランなんてのも十分に重要な種に該当すると思います。個体数が比較にならないのです。
(3)ユネスコ・エコパーク内における緩衝地域と移行地域の境界にあたる
先週、南アルプスがユネスコ・エコパークに登録されました。JR東海は「この扇沢源頭はエコパーク移行地域にあたる。移行地域では経済活動が認められているから問題ない。」と主張しています。
ところが移行地域では経済活動が認められているものの、同時に「緩衝地域を支援する機能を有すること」という機能が求められます。残土捨て場そのものは確かに移行地域内なのですが、100~200mほど離れた県境を挟んで山梨県早川町側の緩衝地域に接しているんですね。緩衝地域に接した場所で、多数の重要な動植物とともに自然林を大規模に発生土で埋め立てる計画であることから、これでは緩衝地域を支援する機能になっていません。
(4)土砂の流出があった場合は大井川の汚濁・荒廃につながる
この場所は、大井川支流である扇沢の源流、標高2000m付近です。大井川との合流点付近の標高は1520m程度ですが、それよりも400~500mも高いことになります(冒頭の地形図参照)。
この場所は、大井川支流である扇沢の源流、標高2000m付近です。大井川との合流点付近の標高は1520m程度ですが、それよりも400~500mも高いことになります(冒頭の地形図参照)。
その扇沢の遷急点(上流側から見て川床の勾配がここを境に急になる点:標高1940m付近)の上流側に発生土を積み上げる計画です。遷急点より下流側の勾配は、1:25000地形図から計測すると30°前後であり、これは、土石流発生の条件となる15~20°を大幅に上回る値です。
したがって万一、大雨や地震で残土が流出した際には、必然的に土石流となり、途中で停まることなく大井川まで流れ下ってしまいます。そして扇沢を荒廃させ、大井川本流の汚濁・川床荒廃に結びついてしまいます。必然的に土石流になるというのが問題で、通常、こんな地形条件の場所に残土を積むことは考えられません。大臣意見の要件を満たせておりません
なお、「土石流警戒渓流」というものがありますが、もし扇沢の流域に人が住んでいたら、確実にこれに該当します。
(5)侵食によって発生土の大崩壊が起こる可能性がある
この扇沢源頭は、遷急点の上流側であるため、将来的には遷急点の上流側への移動(=侵食)によって下から崩される場所です。また、山梨県側の黒河内流域(早川支流)においても稜線が地すべり滑落崖となっており、北側からも崩されている場所でもあります。
この扇沢源頭は、遷急点の上流側であるため、将来的には遷急点の上流側への移動(=侵食)によって下から崩される場所です。また、山梨県側の黒河内流域(早川支流)においても稜線が地すべり滑落崖となっており、北側からも崩されている場所でもあります。
つまり、南北両側から崩されつつあります。
いっぽう南アルプスにおける崩壊は、規模の大きな深層崩壊として一挙に数十m単位で崩れることも珍しくありません。扇沢における侵食(=遷急点の移動)や黒河内水系における谷頭侵食も、その程度の規模で起こりうるのです。盛土基盤が崩された場合は、発生土の崩壊と結びついて大規模土石流につながりかねません。大臣意見どころか森林法や河川法に違反する可能性があります(後述)。
(6)「修景等を行い、自然景観を整備すること」は不可能
何より標高2000mの稜線上ってことで、気候条件が厳しいことが想像されます。
気象庁の高層気象観測データから推測すると…
・冬季の平均気温は-6~-7℃、夏場で15度と低温である。樹木の成長に適した月平均気温10℃以上となる月は4か月程度しかない。これは北欧とか千島列島あたりの気温条件である。つまり、土壌条件が仮に良好でも成長自体が遅い。
・稜線上だから風がやたらと強い。
・気温差の大きい春と秋、夜間に土壌中の水分が凍結・膨張、日中は融けて流れ出すことを繰り返すことによって土や石が移動してしまい、植物が根をおろしにくい
・東北や北海道の寒冷地とは異なり雪が少ないため、植えた植物は低温の強風に吹きさらされ続けることとなる。
何より標高2000mの稜線上ってことで、気候条件が厳しいことが想像されます。
気象庁の高層気象観測データから推測すると…
・冬季の平均気温は-6~-7℃、夏場で15度と低温である。樹木の成長に適した月平均気温10℃以上となる月は4か月程度しかない。これは北欧とか千島列島あたりの気温条件である。つまり、土壌条件が仮に良好でも成長自体が遅い。
・稜線上だから風がやたらと強い。
・気温差の大きい春と秋、夜間に土壌中の水分が凍結・膨張、日中は融けて流れ出すことを繰り返すことによって土や石が移動してしまい、植物が根をおろしにくい
・東北や北海道の寒冷地とは異なり雪が少ないため、植えた植物は低温の強風に吹きさらされ続けることとなる。
参考 気象庁のホームページより
徳島県 旧剣山測候所(標高1944.8m)
茨城県 館野(つくば市)上空800hPa(約2000m)
における月別平均気温のグラフ
参考に北海道納沙布岬(根室の東)での気温も掲載
それにもかかわらず、JR東海は気象観測や既存データ収集もしていません。何も調査していないのに「緑化は可能」などとうそぶいています。標高2000m地点で建設残土を大面積にわたって緑化した事例なんてないと思うのだけどなあ…。
それから、緑化の対象は建設残土です。トンネル工事で出てきた残土ですから、岩のカケラです。こんなものにどうやって植物を植えるというのでしょうか。
小規模な工事の場合は、いったん表土をはぎ取って別の場所に保管し、工事終了後に表面にかぶせ、植樹するという手法がとられます。ところが扇沢源頭の場合、その面積はたぶん10万㎡近くに及ぶことでしょう。10万㎡の広さで、0.5mの深さで表土をはぎとったら、保管すべき量は5万立米。これを保管するだけで相当に広い仮置場が必要となります。どこに置いておくというのでしょうか。しかも保管期間は10年以上におよびます。扇沢源頭の場合、シベリアあたりと共通のポドゾル土壌だと思われますが、変質しないのでしょうか?
標高2000m域での緑化など、道路脇の法面や別荘地の修景など小規模なものしか事例がなく、こんな大面積で、しかも建設残土を対象にしたものは皆無です。
おそらく、大臣意見の要件を満たせないでしょう。
それから大臣意見には次のような項目もあります。
④発生土置場の適切な管理
(中略)
発生土の管理計画の作成に当たっては、内容について関係地方公共団体と協議し、また、住民への説明や意見の聴取等の関与の機会を確保すること。
(中略)
発生土の管理計画の作成に当たっては、内容について関係地方公共団体と協議し、また、住民への説明や意見の聴取等の関与の機会を確保すること。
う~ん、この場所、協議も何も、静岡市・静岡県から繰り返し「大規模な土石流や山体崩壊の危険性があるため回避すること」と要求されていたんですね。
しかも市と県とが「災害の危険性がある」と判断したのがポイントです。
というのも、こういう森林地域において、災害の危険性があるような開発行為をおこなうことは、森林法によって許可してはいけないことになっているのです。
(開発行為の許可)
第十条の二 地域森林計画の対象となつている民有林において開発行為をしようとする者は、農林水産省令で定める手続に従い、都道府県知事の許可を受けなければならない。ただし、次の各号の一に該当する場合は、この限りでない。
一~二 略
一~二 略
三 森林の土地の保全に著しい支障を及ぼすおそれが少なく、かつ、公益性が高いと認められる事業で農林水産省令で定めるもの※の施行として行なう場合
2 都道府県知事は、前項の許可の申請があつた場合において、次の各号のいずれにも該当しないと認めるときは、これを許可しなければならない。
⇒つまり、次のようなケースでは開発許可をしてはならないということです。
2 都道府県知事は、前項の許可の申請があつた場合において、次の各号のいずれにも該当しないと認めるときは、これを許可しなければならない。
※農林水産省令=森林法施行規則で定めるものには「鉄道事業法による鉄道事業者又は索道事業者がその鉄道事業又は索道事業で一般の需要に応ずるものの用に供する施設 」とありますが、これは鉄道施設が対象です。発生土置場は該当せず、許可申請の対象となるでしょう。
⇒つまり、次のようなケースでは開発許可をしてはならないということです。
一 当該開発行為をする森林の現に有する土地に関する災害の防止の機能からみて、当該開発行為により当該森林の周辺の地域において土砂の流出又は崩壊その他の災害を発生させるおそれがあること。
一の二 当該開発行為をする森林の現に有する水害の防止の機能からみて、当該開発行為により当該機能に依存する地域における水害を発生させるおそれがあること。
二 当該開発行為をする森林の現に有する水源のかん養の機能からみて、当該開発行為により当該機能に依存する地域における水の確保に著しい支障を及ぼすおそれがあること。
三 当該開発行為をする森林の現に有する環境の保全の機能からみて、当該開発行為により当該森林の周辺の地域における環境を著しく悪化させるおそれがあること。
一の二 当該開発行為をする森林の現に有する水害の防止の機能からみて、当該開発行為により当該機能に依存する地域における水害を発生させるおそれがあること。
二 当該開発行為をする森林の現に有する水源のかん養の機能からみて、当該開発行為により当該機能に依存する地域における水の確保に著しい支障を及ぼすおそれがあること。
三 当該開発行為をする森林の現に有する環境の保全の機能からみて、当該開発行為により当該森林の周辺の地域における環境を著しく悪化させるおそれがあること。
3 前項各号の規定の適用につき同項各号に規定する森林の機能を判断するに当たつては、森林の保続培養及び森林生産力の増進に留意しなければならない。
4 第一項の許可には、条件を附することができる。
5 前項の条件は、森林の現に有する公益的機能を維持するために必要最小限度のものに限り、かつ、その許可を受けた者に不当な義務を課することとなるものであつてはならない。
6 都道府県知事は、第一項の許可をしようとするときは、都道府県森林審議会及び関係市町村長の意見を聴かなければならない。
4 第一項の許可には、条件を附することができる。
5 前項の条件は、森林の現に有する公益的機能を維持するために必要最小限度のものに限り、かつ、その許可を受けた者に不当な義務を課することとなるものであつてはならない。
6 都道府県知事は、第一項の許可をしようとするときは、都道府県森林審議会及び関係市町村長の意見を聴かなければならない。
南アルプス一帯の森林は民有林であり、地域森林計画の対象となっています。ですのでここで開発行為を行うためには、この森林法第十条第二項の規定に従わねばなりません。
煩雑になるので省きますが、農林水産省令による許可が必要となる開発規模は1ヘクタール以上つまり1万平方メートル以上=100m四方。扇沢源頭の残土捨て場は確実に該当します。
それから法律の条文をよくお読みください。開発許可の権限は県知事がもち、許可を行う際には市長の意見を聴かねばなりません。その静岡県知事・静岡市長ともに、この扇沢源頭で残土処分は危険であると認めていることから、許可してはならないことになります。
環境大臣意見は、森林法の開発許可制度に則ったものだととらえることもできます。
(検証結果)
この標高2000mの残土捨て場、計画自体がムチャクチャであるうえ、実行すると市長意見・知事意見・環境大臣意見を全て無視することによって環境影響評価制度の形骸化につながり、それから静岡県希少野生動植物保護条例違反に発展する可能性があります。森林法との適合性も極めて疑わしいところです。
万一、積み上げた残土が崩壊したら、川を損傷することによって河川法に違反する可能性もありますし、もしかすると人や財産の損傷(=刑事事件)につながるかもしれない。
JR東海さま、日本という国が法治国家である以上、この残土捨て場は中止してもらわねばなりませんよ。