リニアは、山梨県富士川町(旧鰍沢町)から静岡県北端を経て、長野県飯田市へと抜けていく計画です。この間に長短6本のトンネルを想定しています。
今回のブログを読んでいただくにあたって、ちょっと南アルプス部分での路線のおさらい。
《路線の概略》
Googleの地図を複製、評価書をもとに加筆
山梨県富士川町最勝寺(標高280m)から丘陵地帯のトンネルに入る。
1本目のトンネルは長さ約850~900m。
三枝川で一瞬地上(乗車時間にして約6秒)に出て、2番目のごく短いトンネル(または切り通し)を通り、もう一度川を渡って3番目のトンネル(長さ約2600m)に入る。
ちなみに、1本目のトンネル坑口となる丘陵と盆地との境目がA級と判断される市之瀬断層であり、糸魚川-静岡構造線系の活動領域。
富士川町の高下集落付近で地上に出て、350mほど(約2.5秒)地上を走行した後、4番目のトンネルに入る。
これは長さ約8500mと長大であり、大柳川の上流域をごく薄い土被りでくぐりぬけ、早川町新倉にいたる。
早川の橋梁は長さ350m程度(約2.5秒で通過)、高さ約170mと、とてつもなく高くなる。
早川の橋梁を渡ると5番目のトンネルに入る。
これが南アルプス本体の赤石山脈を貫く長大トンネルである。
この長大トンネルは長さが約24900mあり、早川流域から上り勾配(推定00.3パーミリ)で大井川流域をくぐり抜け、静岡・長野県境からは下り勾配(推定0.4パーミリ)となり、小河内沢の下をくぐり、長野県大鹿村日向休という地点で小渋川の谷底に出る。
転付峠付近での土被り1000m前後、大井川上流部で450m前後、悪沢岳北方から小河内岳付近までが1000~1400mとなっている。 非常口(斜坑)は4本計画され、このうち早川町内河内川、大井川源流部2本については、それぞれ3㎞強の長さである。
小渋川の橋梁は長さ約250m、高さ70m程度である。
これを渡る(1~2秒)と6番目のトンネルに入る。
これは長さ15000mほどであり、途中で中央構造線を貫く。青木川、虻川といった川を、50m程度とごく薄い土被りでくぐりぬける。青木川を越えた付近から勾配は0.02パーミル程度になる。豊丘村・喬木村境の壬生沢川という川で地上に出る。500mほど地上を通り(約3.5秒)、7番目の短いトンネル(約100m)で河岸段丘を抜け、天竜川橋梁にいたる。
ちなみに最勝寺から天竜川の間、地上を走行するのは合わせて16~17秒程度。
まあこんなふうに、長さ54㎞の青函トンネル並みの規模になります。青函トンネルよりも斜坑は短いものの、本坑の断面積が大きいので、発生する残土の量は似たようなものでしょう(根拠はない)。
さてさて、南アルプス本体を貫くトンネルに着目します。
このトンネル、延長は25㎞ですが、それを掘るために多数の作業用トンネルを掘ります。トンネルを掘るためのトンネルってわけです。トンネル頭上の地上から本坑に接続するのが斜坑、本坑に沿って先に掘られるのが先進坑と呼ばれます。作業用トンネルとはいえ、斜坑、先進坑ともに、2車線の道路トンネル並みの規模が想定されています。
評価書によると、新倉~釜沢25㎞区間で発生する残土の量は合わせて823万立方メートル。ただし評価書には残土発生の内訳が示されていません。別の資料を用いて、各種トンネルからどのように残土が発生するのか、簡単に見積もってみましょう。参考にするのは静岡県における準備書審議会で使用され、静岡県庁のHPで公開されている次の資料です。
この資料をもとに考えると…。
【本坑(リニアの通る本体部分)】
断面積は107㎡。上記資料では残土の増え率を1.49と仮定しているらしいので、
断面積は107㎡。上記資料では残土の増え率を1.49と仮定しているらしいので、
107㎡×25000m×1.49≒399万立方メートル
【斜坑】
評価書より、斜坑の長さは東から順に
評価書より、斜坑の長さは東から順に
新倉(あらくら) 2700m
内河内沢 3900m
二軒小屋南 3100m
西俣 3500m
釜沢東 2000m
釜沢北 400m
大蔵(わぞ) 900m
内河内沢 3900m
二軒小屋南 3100m
西俣 3500m
釜沢東 2000m
釜沢北 400m
大蔵(わぞ) 900m
合計16700m。断面積は68㎡、斜坑ではなぜか土量の変化率を1.69としているため68㎡×16700m×1.69≒192万立方メートル
【工事用道路トンネル】
上記資料より59万立方メートル
上記資料より59万立方メートル
【先進坑】
合計量823万-399万-192万-59万=173万
∴173万立方メートル(これから試算すると、先進坑の長さは22㎞程度)
合計量823万-399万-192万-59万=173万
∴173万立方メートル(これから試算すると、先進坑の長さは22㎞程度)
おかしな話です。残土の合計量は823万立方メートルなのに、そのうちリニアの通る本坑部分からの量は399万立方メートル、つまり48%に過ぎないのです。残り424万立方メートル(52%)は、トンネルを造るためのトンネルから発生しているのです。必ずしも必要かどうかわからない、作業用トンネルからの発生量が過半数を占めるんですね。
アホくさ・・・
さて、ここからが本題。
静岡県内へは360万立方メートルの残土を排出するとしています。その残土を処分するため、JR東海は南アルプス山中の標高2000m稜線上(扇沢源頭)に大量の残土を捨てるというトンデモ計画をたてています。
大井川の谷底から400~500mも高い位置であるため、残土が崩れたら必然的に土石流になるし、それ以前に残土の盛土基礎となる山地自体にひび割れが確認されているため、荷重をかけると変形して大崩壊を引き起こすおそれが指摘されています。絶滅危惧種の動植物を埋め立てるのも問題だし、どっからこんな狂気の沙汰で出てきたのかも不明(詳しくは前々回記事参照)
というわけで、静岡市長意見、静岡県知事意見、南アルプス学術検討委員会(エコパークや世界遺産登録構想にむけた専門家会議)から再三にわたって中止するよう要請が出されています。
ところがJR東海はことごとく無視して評価書を作成しました。
環境大臣意見では残土捨て場の選定について地元と協議するよう求めていますが、おそらくこの先、国土交通大臣意見でも完全に無視され、それを受けてJR東海は再度無視するのでしょう。
というのも、この狂気の計画をやめさせると、おそらく南アルプス横断トンネルを掘ることはできなくなるからです。
この扇沢の残土捨て場ですが、標高1950mから2050mまで、すり鉢状の谷を埋め立ててゆくと、容積の上では、おそらく350万立方メートル程度まで受け入れることが可能とみられます。
(地形図、トレーシングペーパー、方眼紙があれば確認することが可能ですので、おヒマな方はチャレンジなさってください。方眼付きトレース用紙があれば楽です。この図は評価書からコピーしましたが、プリントアウトすると縮尺が不明になるので計測には地形図を使用)
扇沢源頭にこれだけの容量があるからこそ、余計な残土を大幅に増やしながらも斜坑を2本掘って工期を短縮させることが可能であり、なおかつ2027年開業にこぎつけることが可能だと判断したのでしょう。
とはいえ、この残土処分計画はあまりにも狂気じみています。環境保全上の問題だけでなく、知事・市長意見の完全無視という形による環境影響評価制度の形骸化、そしておそらく森林法や河川法にも抵触し、実際に災害をおこしたら犯罪にあたるかもしれません。
こんなバカな話を見抜けなかった国土交通省中央新幹線小委員会というのは何をしていたんだ? 職務怠慢ではあるまいか? 税金ドロボー…
標高2000m地点をやめる場合を考えてみます。
ここをやめると、ここへ向かう道路トンネル1本が不要となるため、静岡県内への残土発生量は340万立方メートル程度となります。340万立方メートルの残土を、評価書に示された残る6地点(正確には7地点)の残土捨て場候補地で受け入れられるものでしょうか。
答えはノーです。
1:25000地形図で残土捨て場候補地の面積を計測しましたが、6か所合わせた最大受け入れ可能量はおぞらく110万立方メートル程度とみられます。それぞれの場における環境保全を考えると、さらに少なくなるはずです。
JR東海が示した残土捨て場候補地での、物理的な受け入れ可能な量の推定値。
地形図からKabochadaisukiが試算。
前回のブログで大井川河原の大規模捨て場を取り上げましたが、おそらくあそこに捨てられるのは最大60万立方メートル程度でしょう。この量は西俣斜坑とそこへ通ずる道路トンネルからの発生量とほぼ同量です。というわけで、西俣斜坑を掘ったら、本坑にたどり着いた時点で大井川河原の大規模捨て場は満杯となります。
JR東海は二軒小屋の南側にもう1本斜坑を計画していますが、この斜坑そのものの残土発生量は36万立方メートル程度。こちらの斜坑を掘ると、やはり本坑にたどり着くまでに、下流側5地点の残土捨て場もほとんど満杯になります。
仮に二軒小屋南側の斜坑を断念して40~50万立方メートルの余裕ができたとしても(事業者にとってより重要なのはトンネル中間に近い西俣斜坑のはず)、それで掘れる本坑+先進坑はわずかに2㎞程度。2㎞の本坑を掘るために6.6㎞の西俣斜坑+道路トンネルを掘るなどというのも、工期の設定上はありえない。
ややこしい書き方をして申し訳ありませんが、要するに、標高2000mの残土捨て場を中止すると、残土200~250万立方メートルの行き場がなくなってしまうんですね。
かといって200~250立方メートルの残土を大井川に沿って下流側へ運び出すことも不可能です。
通常、公共事業における建設残土の運搬距離は50㎞以内とするよう、国土交通省から基準が示されています。ところが地形図をいくら眺めても、この二軒小屋から50㎞以内の場所には、これだけの量を受け入れるだけの平坦地が全く存在しないのです。
平坦地を求めると、80~90㎞先の静岡市街地郊外や大井川中流域まで行かねばなりません。昨年秋に、東京都内における直轄事業では70㎞でもOKとする見直しがなされたようですが、それよりさらに長い距離となります。しかも70㎞というのは関東平野を想定したもの。ヘアピンカーブの連続する当地では物理的に不可能です。ダンプカーの大量の通行により、平坦地への途上にある井川~玉川集落や川根本町方面で、多大なダンプ公害をこうむることにもなります。
かといって昭和30年代の井川・畑薙両ダム建設時のように、大井川鐡道井川線を利用するのも非現実的です。
斜坑から井川駅まで50~60㎞ありますから、残土を駅まで運ぶこと自体が道路容量からみてまず困難でしょう。
評価書では、井川方面へは残土を運び出さない前提で、井川集落付近での大型車両通行台数を216台/日としています。同じようなロケーションにある長野県大鹿村の場合、235万立方メートルの残土を運び出す予定の県道253号(赤石岳公園線)で1566台/日の通行台数を想定しています(長野版評価書より)。したがって、鉄道搬出・ダンプ搬出どちらにせよ、もしも200~250万立方メートルの残土を井川以南へ搬出する場合、井川集落内での大型車両の通行台数は同様に1500台/日程度となるはずです。
このため井川集落内の生活道路をダンプカーが埋め尽くしてしまいます。しかも、斜坑から井川集落までの林道東俣線を延々30㎞にわたって整備・拡張する必要があるため、環境影響評価書を全面的に書き換えなければならなくなります。井川集落の生活破壊、林道拡幅による景観破壊、河川の汚濁、林道沿いに確認されている多数の絶滅のおそれのある動植物への影響、登山利用を困難にするなど、現在の評価書では不問にされている新たな問題が噴出します。
というわけで、静岡県内で残土処分場を新たに求めるとなれば、井川ダムに放り込むか、井川集落に立ち退きを迫るぐらいしか物理的に土地を確保することができません。いずれにせよ非現実的です。
じゃあ、静岡県内での斜坑設置をあきらめたらどうなるか…?
静岡県内9.6㎞の本坑+先進坑からの残土発生量は223万立方メートル。これを山梨県早川町側と長野県大鹿村側とで折半する必要に迫られます。
長野県大鹿村では、村内へ出される計300万立方メートルの残土(前述の残土にさらに別の斜坑からの残土が加わる)を運び出すため大量のダンプカーの通行が必要となり、そのほかのトラック等を含め、1日に1700台以上の大型車両が通行するという試算が出されました。これに対して大きな批判・懸念が生じていますが、そこへさらに110万立方メートルの残土が追加されれば、残土運搬のダンプカーは36%増加してしまいます。ムチャクチャな計画がさらにムチャクチャになります。
しかも、工期も相当に長くなります。25㎞を2方向から掘ると、それは青函トンネル海底部分と同規模となり、掘削に20年程度かかっちゃうかもしれません。
長々書いてきましたが、要するに、標高2000mの残土捨て場を中止すると、残土の行き先が全くなくなるため、南アルプス横断25㎞トンネルのうち静岡県側地上からの工区(9.6㎞)での掘削が不可能になり、長野側・山梨側へ排出することも極めて困難になるんです。したがって2027年開業は不可能となり、現在の事業計画のもとでのトンネル工事は不可能となるんです。
だから、国土交通省が扇沢残土捨て場を否定することはないし、JR東海がけっして撤回することもなり。そうにらんでおります。
逆に言えば、標高2000mに残土を捨てるようなムチャクチャなことをしないと、このトンネルは完成できません。あまりにも狂気じみていることから、リニア計画全体のアキレス腱となるでしょう。なにより、代わりの案を出しようがないというのが最大の弱点。