とにかくまあ、調べれば調べるほど、疑問点が出てくるリニア計画。
今回は「非常口」の妥当性についての疑問。
非常口にとカッコを付けたのには理由があります。
南アルプス本体を横断する25㎞のトンネルを掘る際に、工期を短縮するために、本体トンネル途中の地上から作業用トンネルを掘ります。この作業用トンネルを斜坑と言います。JR東海も環境影響評価の始まった当初(方法書段階まで)は斜坑と呼んでいましたが、「非常時に脱出するために必要なもの」として、どういうわけか環境影響評価準備書以降は、「非常口」と称しています。
斜坑については、前々から必要最小限にしてくれという要望が出ています。当然のことで、これを掘るだけで残土が大幅に増し(静岡県内への残土発生源の2割は斜坑)、工事用道路を造ったり川の流量への影響が出たりして、本体工事以上に環境への影響が大きくなってしまうからです。しかも目的は工期短縮のためで、環境および地域への配慮という意味合いはありません。そういう事業者本位で設けられる斜坑というものに対し、「これはお客様の安全性のためにも必要なものなんですよ」という意味合いをつけて、いかにも必要不可欠なものというイメージを持たせるために、呼び方を改めたのでしょう。
なるほど、非常口なんですか。
それなら非常時にも絶対に安全でなければなりませんね。
非常時…列車(リニア)が25㎞のトンネルど真ん中付近に停まってしまった際を想定しているのでしょう。そして列車が長時間停止し、なおかつ横坑(平行して掘られる先進坑)や本坑の出入口より斜坑を優先して非常口に使うような「非常事態」を考えると、大地震のときしか思い当りません。
南アルプス本体を横断する25㎞のトンネルには、非常口=斜坑が7本掘られ、そのうち静岡県には西俣(長さ3500m)と二軒小屋南側(長さ3100m)とに2本設けられる計画となっています。
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環境影響評価書より転載・加筆
そのうち、二軒小屋南側に計画されている斜坑は、非常時にも安全かどうかというと、かなり怪しいと思われます。
今回は、この二軒小屋南側の斜坑について、立地条件を検討してみたいと思います。
これは航空機から撮影した写真で、地理学や測量の分野では空中写真とよびます。終戦後の昭和27年8月11日に、二軒小屋上空から地上を撮影した写真です(ちなみに、当時日本を占領していたアメリカ軍が日本全国をくまなく撮影したものの一部)。土地条件や変遷を知るためには欠かせない重要な資料で、国土地理院のホームページから閲覧できます。http://mapps.gsi.go.jp/maplibSearch.do
さて、やや不鮮明ですが、ちょっと詳細に見てみましょう。
夏場に撮影された写真なので、一帯の山肌は黒々としており、木々が葉を生い茂らせていることがうかがえます。逆に白っぽいところは木の生えていない場所で、右上から左下に伸びている線が大井川、上から大井川に交わっているのが上千枚沢となります。画像中の「川」の字の左手には、2か所、羽毛のような形状に白い部分が広がっていますが、これは大きな崩壊地です。なお、JR東海が計画している発生土置場(残土捨て場)は、この崩壊地直下となります。
画像右上の、大井川の左岸(画像中では右手)で灰色に映っている部分に、非常口を設けるとしています。灰色というのは植生がまばらというわけです。夏場なのに木の葉が茂っていないということは、木が生えていないことを意味しています。伐採されたのか、何らかの原因で森林が消滅したのか、この写真だけでは判断できません。
もう少し解像度のいい空中写真を見てみましょう。
こちらは2年後の昭和29年3月1日に、同じくアメリカ軍が撮影した空中写真です。
この付近は谷底での標高は1300~1500m、稜線では2000m以上もありますから、3月はまだまだ冬です。木々が葉を落としており、なおかつ太平洋側ですから積雪は少なく、地表の様子が分かりやすくなっています。
詳しく見ると、木の生えているところは斑点模様に写って、ガサガサした色合いに見えます。葉を落とした落葉樹(ミズナラやカエデなど)の幹や、冬でも葉を落とさぬ針葉樹(ウラジロモミやツガなど)とが入り混じっているのでしょう。
夏場の写真で灰色に見えた(=木々のまばらだった)場所は、全体としてのっぺりとした灰色に写っています。ということは、やはり大きな木が全くないことがうかがえます。さらによく見ると、斜面の傾斜方向(右の稜線から左の大井川谷底へと向かう)に多数の暗い色の筋が認められます。これは水の流れが、地面を削って作った幾筋もの溝だと思われます。ということは、この場所は単に木が生えていないだけでなく、地表がむき出しで容易に侵食される場所であると考えられます。つまり、固まっていない砂利が厚く堆積し、頻繁に水が流れている可能性が高い。
すなわち、土石流の堆積した場所である可能性が高いと考えられるわけです。こうした地形を沖積錐(ちゅうせきすい)とよびますが、それに該当する可能性があります。植生に覆われていないことから、堆積して間もないのでしょう。
また、その尾根側(右手)には、楕円形をした白っぽい領域があります。ここも無植生なわけですが、尾根上であることから、沖積錐に土砂を供給した場所、言い換えれば山肌の崩れた跡なのではないでしょうか。
というわけで、空中写真から判断すると、非常口の予定地には、70年ほど前に土石流が押し寄せた可能性があるわけです。
ちょっと小さいですが、手元に実際の山崩れの写真があるので掲載します。15年くらい前、安倍川の上流部でたまたま見つけたものです。
(参考) 安倍川上流でのがけ崩れ
崩落した土砂の表面には水の流れた跡が筋状に残ることに注目
崩落した土砂の表面には水の流れた跡が筋状に残ることに注目
上のほうで崩れ、下の方に、円錐状に崩土が堆積してますね。これを真上から見たら、空中写真の構図となるのではないでしょうか? なお、これはほぼ垂直に落ちているため円錐状に堆積してますが、もし勾配がやや緩く、大量の水を含んていたら、崩土は土石流となって前方へ進んでゆくはずです。
さて、二軒小屋斜坑予定地に戻ります。
この場所の地形図を確認してみましょう。国土地理院の地形図ではなく、JR東海が評価書に掲載した1:10000図を借用します(基図は林野庁作成の森林基本図?)。
空中写真で「山崩れの跡かな?」と思った場所には、ご丁寧にガケ記号が袋状に描かれており、あからさまに山肌が大きく崩れ落ちたことを示しています。そして「非常口」を示す円は、その崖の下の緩い傾斜地にあります。この緩い傾斜地こそ沖積錐であり、何度も何度も(とはいってもおそらく数十年~100年に一度という間隔で)土石流が堆積してできたのでしょう。
この沖積錐上は、最新の衛星画像では、既に緑の木々に覆われています。半世紀を経て森林が復活したわけです。おそらく、現地に足を運んでも、生えている木々の種類や樹齢、または詳細な地表の凹凸に注意しない限り、土石流の痕跡には気づかないかもしれません。しかし斜面上方の崩壊地は、まだ地肌が露出しています。植物が根をおろせないことを示し、すなわち、いまだに土砂が動いていいるわけです。
Google Earthより複製・加筆
また、この部分を3D表示するとこんな具合になります。
ということは、この後も土石流に襲われる可能性が相対的に高いというわけです。大雨によって引き起こされるかもしれないし、大地震で上部の崩壊地が再び大きく崩れ落ちて発生するかもしれない。
一時的な使用に過ぎない工事用トンネルならまだしも、「非常口」と称するものを、なぜ非常時に災害に見舞われる可能性のある場所に造るのでしょうか? よくわからんです。
もっとも、非常口予定地は土石流堆積地とみなした私の判定がまちがっているかもしれません。しかしその頭上に山崩れの跡があるのは明白な事実であり、潜在的に大地震などの際には危険となることは確実です。
そういう危険性があると思うのですが、この場所の立地条件についてJR東海は、何ら説明をしていません。
地形図をよく見ると、沖積錐の上部に小さな砂防ダムが5つ記載されています。ところが沖積錐の上につくられているってことは、沖積錐自体を成長させるような大きな土石流については、全く無意味だってことです。もし非常口を守るために砂防工事が必要なら、この沖積錐より上流側(右手)に、高さ数十m、幅100m近い、巨大なものをつくり、さらに床固工なども併設せねば意味がないでしょう。ところが、そんなものを造るなんてことは環境影響評価書には一行も書かれておらず、実行したら、工事用道路の新設など、自然破壊の連鎖となります。
(今日のむすび)
●JR東海は、非常口の設置は必要最小限のものとしている。その非常口の予定地は、70年ほど前に土石流が流下した可能性がある。また、その上方には大きな崩壊地がある。非常口を使用するような大地震の際には、この非常口が土石流に襲われるのではないだろうか。
●JR東海は、非常口の設置は必要最小限のものとしている。その非常口の予定地は、70年ほど前に土石流が流下した可能性がある。また、その上方には大きな崩壊地がある。非常口を使用するような大地震の際には、この非常口が土石流に襲われるのではないだろうか。
空中写真だけでは詳しいことは分からないが、現地踏査、詳細な地形図、周辺の伐採履歴などは調べており、これらを開示することによって、非常口の立地条件について検証することができる。
ここは南アルプスという、無用な自然破壊は禁ずべき場所であるし、評価書でも、必要最小限な改変しか行わないとしている。際限なく防災工事を増やすようなことは絶対に避けねばならない。したがって、その立地条件の妥当性については慎重に判断する必要があろう。併せて、環境影響評価における環境保全措置の実効性を確認するためにも、この場所の立地条件ならびに選定過程についての情報を公開すべきである。
どなたが制作されたのか存じませんが、最近 (8/8)おもしろい動画がYouTubeに掲示されていたので紹介します。
「リニア中央新幹線がやって来る ヤァ!ヤァ!ヤァ!」
(kabochadaisukiの注釈)
●東京-大阪間での乗客一人当たりの二酸化炭素排出量は、現行の東海道新幹線N700系では7.1㎏であるのに対し、リニアは29.3㎏と4.1倍になると試算されている(環境影響評価書資料編)。走行時間は約半分、走行距離は552.6㎞から438㎞に短縮されることを考えると、おそろしくエネルギー効率が悪い。
●東京-大阪9兆300億円の建設費には、金利と消費税は含まれておらず、最近の建設作業員不足も考慮されていない。