今年3月になりますが、環境影響評価準備書への県知事意見において、事業計画を見直してほしいという意見が出されました。
たとえば静岡県や長野県から、斜坑(JR東海は非常口と呼称)の数を削減すべきだという意見が出されています。このほかにも路線の地下化や発生土置場の見直し要求が出されています。
斜坑というのは長大トンネルを掘る際、トンネル途中の地上から本坑へ向かって掘られる作業用の補助トンネルのことです。1本斜坑を設けるたびに切羽(先端で岩を掘っている場所)を2か所増やすことができ、1工区あたりの工期を短縮できることになります。10㎞のトンネルを両側から掘れば、1切羽で掘られる長さは5㎞ですが、中央に斜坑があれば、1切羽あたりの掘削距離は2.5㎞に短縮できるのです。
このため工事を進める側の都合としてはぜひ設けたいものですが、地上においては、
●工事用車両の台数が短期間に集中する
●工事用車両による影響範囲が広がる
●発生土が増える
●本坑だけでなく斜坑による水枯れが起こりうる
といった環境問題や懸念が生じます。
●工事用車両の台数が短期間に集中する
●工事用車両による影響範囲が広がる
●発生土が増える
●本坑だけでなく斜坑による水枯れが起こりうる
といった環境問題や懸念が生じます。
長野県南木曽町や静岡県静岡市においては、どちらにも斜坑を2本掘るという計画が出されました。それを受け、上記のような懸念から、その数を削減すべきという意見が出されたのです。
たとえば静岡市の場合、南アルプス山中に2本の斜坑が計画されていますが、長さは3500mと3100m、断面積は68㎡もあります。ちなみに、静岡市街地西郊にある国道1号線静清バイパスの丸子藁科トンネルは、長さ約2㎞で発生土は約20万立方メートルです。現在2本目(上り線用?)を掘ってますが、合わせてもおそらく40万立方メートル。南アルプス山中の斜坑は、作業用のトンネルに過ぎないのに、国道1号線のトンネルよりはるかに規模がデカいのです。
静岡市内に出される発生土360万立米のうち、斜坑自体が76万立米と約2割を占めています。発生土による深刻な自然破壊や災害が懸念されている中、その削減は重要な課題であるはずです。
また、南アルプス二軒小屋に設けられる斜坑は、大井川を縫うように掘られる計画です。大井川の流量が毎秒2トン減少するという試算結果が環境影響評価書に掲載されましたが、このうちかなりの減少分が、斜坑によってもたらされているはずです。
斜坑は、リニアを走らせるという最終目標自体には関係のない存在です。不要かもしれない施設の存在によって大きな環境破壊が懸念されているのですがら、その数を削減すべしという意見が出されるのは当然のことでしょう。
ところがこうした要請に対し、JR東海は今年4月に公表した環境影響評価書において、「平成39年度(2027年度)開業を前提としているので困難」という見解を述べました。
評価書については、その後環境省による審議を経て6月に環境大臣から「地元自治体の意見を勘案せよ」という意見が出され、7月の国土交通大臣意見でもこれが踏襲されました。ところがJR東海は8月公表の補正評価書においても、4月時点と全く同じ見解を述べ、そのまま10月17日の事業認可となりました。
これは補正版評価書(静岡県編)よりコピーしたものです。
青く線を引いた部分には、「平成39年度(2027年度)開業を前提としているので困難」というニュアンスになっています。
長さ53㎞の青函トンネルの場合、斜坑は2つありますが、その間は20㎞ほどあります。ゆえに、日本にはこの距離を2方向からのみ掘ったという前例があります(20年かかりましたが)。英仏海峡トンネルやスイスのゴッタルドベーストンネル(58km)も、確か似たような構造だと記憶しています。ですので、斜坑の数は減らせないというのは、基本的には工期の問題であるはずです。
これは静岡市だけでなく、長野県でも同様です。
長野県南木曽町では、町とJR東海とのやり取りが議事録として公開されています。
こちらでもやはり、「斜坑を減らすと工期が延びるため2027年度開業に間に合わなくなってしまう。だから斜坑を減らせない。」という意見になっております。
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う~ん、2027年度開業…
誰が決めたんだろう?
静岡市や南木曽町が「2027年までにリニアを開業させてくれ」と要望したうえで2027年度の開業が設定され、再びそれを修正してほしいといういうのなら、「その要望には応えられません」とするJR東海の主張には、筋が通っていることになります。
ところが、そうではありません。
「2027年度開業」というのは、アセス手続きの始まる1年以上前の2010年5月10日、中央新幹線小委員会の席上でJR東海が一方的に言い出したことです。
この日の資料「超電導リニアによる中央新幹線の実現について」という資料に書かれていますが、資金調達や技術力の観点から、2027年度開業が適当であると導き出されたことになっています。言い換えれば環境配慮はおこなわず、周囲の合意も得ていないわけでして、事業者の都合のみで設定されたものです。
別に、何か大きな会合での総意として2027年度開業が出されたわけでもないし、国会で決められたわけでもない。007のように、ソビエト中枢部のような恐ろしげな機関(なんだそれ?)から銃を突き付けられて、2027年度絶対開業命令が下ったわけでもない。
何か事業計画を立てる場合、資金繰りや技術などの観点から、計画の青写真として完成目標を設定ることは当たり前です。これには問題はありません。
ただし大きな土木工事を伴うような事業なら、周囲の環境に大きな影響を及ぼすおそれがあります。事業者側の都合だけで環境をメチャクチャにしてよいはずがありませんし、そんな計画で周囲が納得できるわけもありません。だから、法律で環境影響評価手続きを行うことが定められ、事業計画を環境に配慮したものに改めさせるのです。
環境影響評価手続きは、その結果を事業計画に反映させ、環境の保全が可能な事業内容に改めてゆくために行われます。これは環境影響評価法第1条に定められている大原則…というか目的です。
第一条 この法律は、土地の形状の変更、工作物の新設等の事業を行う事業者がその事業の実施に当たりあらかじめ環境影響評価を行うことが環境の保全上極めて重要であることにかんがみ、環境影響評価について国等の責務を明らかにするとともに、規模が大きく環境影響の程度が著しいものとなるおそれがある事業について環境影響評価が適切かつ円滑に行われるための手続その他所要の事項を定め、その手続等によって行われた環境影響評価の結果をその事業に係る環境の保全のための措置その他のその事業の内容に関する決定に反映させるための措置をとること等により、その事業に係る環境の保全について適正な配慮がなされることを確保し、もって現在及び将来の国民の健康で文化的な生活の確保に資することを目的とする。
はい。読みにくいですけど、線を引いた部分に、そう書かれておりますね。
ですので本来であれば、具体的な開業年度や工事計画は、環境影響評価手続きの過程において再検討されるべきものなのです。それがこの制度の目的なのですから。
「民間事業であり、技術力と資金調達の面などを踏まえて2027年度開業が妥当なものとしたのだから、それを変えさせるのは間違っている」という声があがるかもしれません。
しかし環境への配慮は何もしていなかった青写真を、外部の目を交えて検証してみた結果、環境に悪影響を及ぼすおそれが高い、もしくは周囲の合意が得られそうもない事業計画であると判断されたのなら、それは問題のある事業計画であるのですから、修正せねばならないのは当然でしょう。そしてどうやっても修正が不可能であるのなら、残念だけれども事業の実施をあきらめてもらわねばなりません。
例えば2005年に開催されることとなった愛知万博では、事前の環境影響評価の結果、当初の事業計画では環境への負荷が大きすぎるという意見が数多く出され、会場予定地や事業規模を2度変更する事態となりました。周囲の声を無視して強引に進めると、諫早湾干拓事業のような取り返しのつかない事態に陥ってしまうかもしれません。
評価書に対する環境大臣意見において「技術の発展の歴史を俯瞰すれば、環境の保全を内部化しない技術に未来はない」という異例の表現が用いられたのは、この点を強調したものであるのでしょう。
環境影響評価手続き開始前に(事業者の都合だけで)決めた完成時期に合わせるために、環境影響評価手続きを反映することができないというのは、論理的に間違っているのではないでしょうか?
【今回の要旨】
環境影響評価(以下アセス)法第1条によると、アセス制度は、その結果を事業計画や事業内容の決定に反映させ、事業に係る環境の保全について適性な配慮がなされるためにおこなわれるものとされている。つまりアセス法の主旨に則れば、具体的な工事手順、工区、工期、完成時期等については、アセス結果を反映して決定されるべきものである。
環境影響評価(以下アセス)法第1条によると、アセス制度は、その結果を事業計画や事業内容の決定に反映させ、事業に係る環境の保全について適性な配慮がなされるためにおこなわれるものとされている。つまりアセス法の主旨に則れば、具体的な工事手順、工区、工期、完成時期等については、アセス結果を反映して決定されるべきものである。
斜坑の数など事業計画を見直すべきだという県知事意見は、アセス手続きの過程で得られた事業計画に関する情報と地域事情を踏まえたうえで、環境を保全するために必要な対応として出されたものである。そのため事業者(JR東海)は、この意見を環境保全上の観点から勘案し、事業計画に反映させてゆかねばならない。それがアセス制度の目的である。
しかるに事業者は、2027年度開業を実現するために斜坑の数を削減することができないとの見解を述べている。「2027年度開業」という計画が環境配慮と社会的合意を経て出されたものであるならば異論はない。
しかし2027年度開業という目標は、アセス手続きの開始以前において、環境配慮や社会的合意については何ら考慮せずに設定したものである(アセス開始以前に環境保全について検討をしているのであれば、その内容は計画段階環境配慮書に掲載されているはずである)。
つまり、アセス手続き開始前に設定された開業予定年に合わせるため、事業計画にアセス結果を反映することができないとする見解は、回答になっていないのである。