山梨県内においても工事説明会が開かれています。
一番はじめに開かれたのは早川町。南アルプスをぶち抜く25㎞の長大トンネル東側坑口が設けられる町です。
11/6 読売新聞記事
2027年開業予定のリニア中央新幹線の着工が認可されたことを受け、JR東海は5日、早川町で事業説明会を開いた。県内では初めての開催で、住民ら約120人が出席。同町では南アルプスを貫くトンネル工事が予定されていることから、工事車両の通行量が増えることを心配する声が多く聞かれ、同社は地元への影響が少なくなるような対策を検討すると説明した。
説明会で同社は、県内の工事について防音シートなどで防音対策を図って実施することや、工事排水の監視など環境保全に取り組むことを強調。同町では、トンネル掘削により計約325万立方メートルの残土が発生し、残土を運ぶダンプなどの車両が多い日で約460台が通過すると説明した。
用地取得に関しては、今後1年かけて地区ごとに再度、説明会を行い、その上で地権者と個別の交渉に入るとした。
「道幅が狭いところが多く、生活できなくなる」、「早川町には静かな環境を求めて観光客が訪れる。目の前を続々とトラックが通ったら、商売がなりたたなくなる」。その後の質疑応答で、住民側から交通量の増加に伴う生活や環境への影響を懸念する意見が出ると、同社の担当者は、住民の車の通行を優先するなど、地元の負担を軽減する方策の検討を約束。環境面では、トンネル工事に伴い、地下水など水環境への影響が出るのではとの質問に対し、担当者は「トンネルの周りに防水シートを設置するなど、地下水への影響を最小限に抑える」と説明し、工事中も井戸水を調べるなど慎重に工事を進める姿勢を示した。
県内の事業説明会は30日まで、沿線10市町で計10回開かれる。
この日の終了後、同社中央新幹線建設部の奥田純三担当部長は、「これまで以上に地域に関連した具体的な説明ができた。今後も説明会を通じて理解を深めてもらいたい」と話した。
下線部のように、ダンプが1日片道460台(評価書では465台)通行することが説明され、「大変だ!」という話になっているようです。
しかし、とても465往復では済まないのですけど…。
環境影響評価書 山梨県版より複製
記事にあるJR東海担当者の説明は、環境影響評価書において、騒音の予測前提として掲げられている数字です。それによると、リニアの早川橋梁の南側に位置する新倉集落にて、1日最大片道465台となっています。
「1日に930台が行き来する=31秒に1台」というわけです。こりゃ大変だ。
ところで、静岡・長野・山梨3県での発生土の搬出状況を見くらべていた私としては、この数字に疑問を抱きました。
静岡県の二軒小屋付近では、360万立方メートルの発生土の大半をベルトコンベヤで山の上に積み上げ、ダンプの稼働は少ないはずなのに最大片道478台。ちなみに発生土運搬車両の通らない井川集落では最大片道216台。
長野県大鹿村では、早川町と同様に3つの斜坑(JR東海は非常口と呼称)が掘られ、合計300万立方メートルが掘り出され、それを村外に搬出するダンプが異常に多いために1日1736台=片道863台。
いっぽう早川町内には3つの斜坑が設けられ、大鹿村を上回る322万立方メートルの発生土が掘り出されるのに、通行台数は片道465台。
うん? なんだか妙に少なくありませんか?
そうなんです。実は、早川町における片道465台というのは、発生土運搬車両をほとんど計算に入れていないのです。
片道465台を想定したのはこの場所になります。3つの斜坑の南側にあたる新倉集落という場所です。赤い丸で記した場所です。
早川町の外から町内の3斜坑に通ずる道路は、早川沿いの県道だけです(林道は使い物にならない)。ですので、機械や建設資材を積んだ車両は、すべてこの新倉集落を通過することになります。またJR東海は、新倉集落の南側にある塩島地区に発生土置場を想定しており、そこに4.1万立方メートルの発生土を運び込む計画です。片道465台のうち、発生土を運搬するダンプは、この4.1万立方メートルを運ぶ車両だけです。
じゃあ、残る322万立方メートルを運ぶ車両はどうなっているのか?
実は、評価書にはいっさい書いてありません。いやむしろ、「JR東海としては記載しなくてよい」と言うべきかもしれません。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
そのカラクリを握るのが、「早川-芦安連絡道路」「駐車場整備」という二つのキーワード。
「早川・芦安連絡道路」の整備計画というのは、早川沿い最奥の集落となる奈良田温泉から北に向かう林道を拡幅し、夜叉神峠付近に、既存の夜叉神峠トンネル(南アルプス・スーパー林道経由で北岳方面に向かう道)とは別にもう1本、4㎞弱の長大トンネルを掘り、奈良田温泉と芦安温泉との間に、一般車両の通年通行が可能な道路を造ろうというものです。早川町自体、外部へ通ずる道が1本しかなく、大雨や大雪のたびに孤立しがちであったこと、さらに既存の林道は狭いうえ冬季は閉鎖されるため、奈良田温泉自体が町内で孤立することが多々ありましたが、これが完成するとそのおそれが緩和されるとのことで、前々から早川町が早期実現を要請していたそうです。
この計画においては、リニアのトンネル掘削で早川町内に出される発生土160万立方メートルを、奈良田温泉の北へダンプ輸送し、渓谷沿いを埋め立てて林道を拡幅するという計画になっています。
「リニア建設は渡りに船」ってことで山梨県の事業として行われ、今年度末の着工を目指すとか。
位置関係はこんな感じです。
また、新夜叉神トンネル(仮称)を掘り終えた後は、リニアのトンネルから生じた残土を新設トンネルを使って南アルプス市へ運搬し、芦安温泉付近の谷を埋め立て、大きな駐車場を建設するという計画が出ています。芦安温泉は南アルプス北部の登山拠点となっており、シーズン中は登山客のマイカーで大混乱するため、その対策という目的なのだそうです。こちらにも100万立方メートル以上の発生土が運び込まれる見込みになっています。
というわけで、この二つの工事で300万立方メートル程度の発生土を使う見込みになっています。つまり、早川町内に出される膨大な発生土は、ほとんど二つの事業で飲み込んでしまおうというわけです。
全事業費は70~80億円で、そのうち30億円をJR東海が供出することになりそうだということ。残る半分強は山梨県が出します。というわけで、山梨県が事業主体となる計画です。したがって、JR東海によるリニア中央新幹線整備計画とは別事業ということになります。
したがって、JR東海のおこなったリニア中央新幹線整備計画の環境影響評価においては、「早川-芦安連絡道路」「駐車場整備」整備に関係する事柄は、いっさい掲載しなくても構わなかったわけです。つまり、3つの斜坑に運び出された発生土の99%におよぶ322万立方メートル分を積んで、新倉より北の「早川-芦安連絡道路」「駐車場整備」建設現場向かうダンプカーは、JR東海のあずかり知らぬことになります。
途中、下湯山集落、上湯島集落、西山温泉、奈良田温泉、白根三山登山口という、生活空間や観光地・登山拠点を大量のダンプカーが通過していくわけです。運搬量からみて、大鹿村での「1日1736台(片道863往復)」と同じような状況になるに違いありません。深刻なダンプ公害が容易に想像されますが、これはJR東海のあずかり知らぬところ、文句は山梨県に言えという話になるのでしょう。
たぶん、1分に2~3台という間隔で通行することとなり、騒音、振動、砂ぼこりに加えて生活車両が通行できない、登山客や観光客に敬遠されるなんて事態も想定されます。
ところがこれだけ深刻な事態が想定されるのに、山梨県はアセスも行わずに、今年度末に着工するという話をしています。なぜかというと、山梨県の単独事業としてみた場合、事業規模は山梨県条例でアセスが必要となる基準(林道の拡幅の場合は延長8㎞以上)以下であり、アセスは不要な事業という見方ができるためです。
う~ん、ひどい話だよなあ…。しかも、県立自然公園第2種特別地域であり、ユネスコエコパーク緩衝地域に接する地域で計画されているんだけど。
以上述べたことを地図にまとめると、こんな具合になります。
基図は国土地理院地形図閲覧サービスうぉっちずより複製、加筆
「早川-芦安連絡道路」…。
町民の悲願という話ですけど、町民に計画の全容とリニア工事との関係は知らされて、そのうえで合意を得ているのでしょうか?
岐阜県でも同種の道路整備が計画されたものの、地元の反対意見が強く、事業化決定の採決が先送りされたという話がありましたが…。
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ところで、「早川-芦安連絡道路の建設工事現場に向かう車両はJR東海のあずかり知らぬところ」と書きました。このため、JR東海の環境影響評価結果のほうを鵜呑みにすることができない事態になっています(もともとデタラメなんですけど)。
最初のほうで、1日465台往復を想定した地点を記した図を掲載しました。あれは、環境影響評価書の騒音予測地点です。その場所では、現況65デシベルから70デシベルに増すが、環境基準70デシベルと一致しているから問題ないという評価結果が書かれています。
(参考 横浜市のホームページ 等価騒音レベルの意味)
http://www.city.yokohama.lg.jp/kankyo/mamoru/kanshi/words/laeq.html
http://www.city.yokohama.lg.jp/kankyo/mamoru/kanshi/words/laeq.html
そもそも70デシベルというのは都市の幹線道路で使う値であり、それを山間部に当てはめること自体が明らかに間違っています。ふつうの住宅地では、55デシベルが基準です。しかし現状では新倉集落での騒音基準が設定されていないようなので、「これを使うしかない」とJR東海が主張すれば、法的には問題ないかもしれません。
http://www.city.yokohama.lg.jp/kankyo/mamoru/kanshi/stand/car-stan.html
http://www.city.yokohama.lg.jp/kankyo/mamoru/kanshi/stand/car-stan.html
(参考 横浜市のホームページ 騒音規制の説明)
また、現況65デシベルというのは、妙に大きな値です。そこで評価書資料編の測定結果を見てみると、夜中で車が通行していないのに57デシベル以上あります。神奈川の評価書と見比べると、川崎の住宅地の夜中よりも大きな値になっており、山里にしては不自然です。
おそらく、川音などの自然由来の音(暗騒音)を測定しているのでしょう。、「現状でもうるさい場所だから少しぐらい騒音を増やしてもいいだろう」と主張する意図があったかもしれません(静岡の二軒小屋での騒音測定が、まさにこれでした)。というわけで、騒音の測定結果自体が怪しいです。
これらの問題もさることながら、もっと大きな問題があります。
新倉での騒音予測対象にした車両は、リニアの建設工事にかかわる車両、つまりJR東海がカネを払って動かす車両だけです。早川町外(身延のほう)から新倉を通って早川-芦安連絡道路へ向かう工事用車両は、山梨県がカネを払って動かす車両なので、この評価書での騒音予測対象には含まれていないはずです。
ということは、実際の新倉での騒音は、この70デシベルに、さらに早川-芦安連絡道路へ向かう工事用車両による騒音が追加されることになるわけです。すると、騒音の最低基準70デシベルを超過してしまう可能性があります。70デシベル以上となると、新幹線沿線や首都高速沿いと同じような値になります。
これが10年以上続くんですけど・・・。
(参考 東京都による都内での騒音測定結果)
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聞くところによると、同じようなリニア工事による甚大な環境破壊の懸念される大鹿村にくらべ、早川町での疑問の声が小さかったのは、どうも計画の全容が町の人々に知らされていなかったためのようです。
早川-芦安連絡道路計画の全容とリニア工事との関係について、JR東海はもとより、こちらの事業主体となる山梨県と、「悲願」として早期着工を訴えてきた町役場とが、早急に詳しい説明を行う義務があるのではないでしょうか?