環境影響評価書において、南アルプス山中を流れる大井川の流量が毎秒2トン減少するという試算結果をJR東海が出し、流域9市2町ではけっこうな騒ぎになっています。
毎秒2トンという値は流域62万人の上水源としての水利権とも同じ量であるため、「渇水で市民生活にも影響が出る!」というような声まで出てきています。先日、静岡市で開かれたリニア説明会でもかような意見がだされました。
(参考)評価書の検証結果(手前味噌)
ところがへそ曲がりな私としましては、
大井川の流量減少=生活用水の枯渇
というように、安易に人々の飛びつきやすい問題へと、短絡的に論理飛躍させるのはいかがなものかというような懸念を抱きます。それによって、本質的な問題点が見落とされているように思えてしまうのです。
静岡県中部の人なら、みなさんご存知かと思いますが、現在の大井川に水がないのは、ひとえに、中部電力の水力発電用に大量に川から取水され、水は土管の中を流れているからです。
すなわち、畑薙第二ダム⇒畑薙第二発電所・井川ダム・奥泉ダム⇒奥泉発電所・大井川ダム⇒(土管)⇒寸又川ダム⇒(土管)⇒横沢川ダム⇒大井川発電所⇒(土管)⇒境川ダム⇒(土管)⇒久野脇発電所・塩郷ダム⇒笹間川ダム⇒川口発電所⇒平野部の利水に分配
というように、大井川の水の大半は「ダム⇒土管⇒発電所⇒ダム」を繰り返し、川を流れていないのです。この土管の最下流部(川口発電所)では、一年中、常に毎秒30トンもの水が流れています。
従って、仮にリニアのトンネル工事で大井川の流量が毎秒1~2トン減少し、渇水期に下流の市民生活に影響が出そうな事態に陥ったとしても、中部電力から期間限定で少々水を分けてもらえば、それで生活への影響はほぼなくなるはずです。
大井川の流量減少というものは、正直な話、実際に起こるかどうかトンネルを掘ってみるまでは分かりません。ですのでJR東海としては、必要かどうかも分からないリスクに対し、莫大なコストをかけてトンネルに防水対策を施し、くみ上げ装置を設置・維持するよりも、実際に下流での生活用水に影響が出た際に、その都度電力会社に水を流してもらい、発電量低下に伴う減収分を支払った方がマシと判断するかもしれません(どちらが安く済むかは知りません)。
大井川は一級河川なので、水利用について管理しているのは国土交通省です。そしてリニア新幹線計画の元締め(?)も国土交通省です。建設省と運輸省とが統合されたのが国土交通省ですから、鉄道トンネル建設にともなう渇水の水利権調整も上手に処理してくれるでしょう。そもそも莫大な資金力を持った大企業と、川の管理者とが一蓮托生なのですから。
あるいは、島田市の大井川扇状地に井戸を何本か掘れば、それだけで十分に生活用水は賄えるはずです。静岡市は安倍川伏流水だけで45万人の生活用水をまかなっていますので。それくらいはJR東海も配慮してくれるでしょう。
これでめでたしめでたし
リニア建設工事
=大井川流量減少
=生活用水枯渇
という懸念を訴えておられる方、これでいいのでしょうか?
大井川の流量減少=下流での生活用水の枯渇
ととらえしまうと、水利用形態を少々変えるだけで問題が解決したことになってしまいます。
先日、JR東海が静岡県に提出した事後調査計画書(※)によると、大井川流域において観測機器を設置して常時観測を行うのは3地点、合わせて月一度の頻度で河川流量を定期的に測定するのも、わずかに9地点だけです。通常のトンネル工事に伴うアセスに比較しても、異常に測定地点が少ないように見受けられます。
(※)「事業終了後の調査」ではなく「事業認可後の調査」という意味
参考までに、長野・静岡県境で行われた三遠南信自動車青崩峠道路での、長野県側約2㎞区間における河川流量事後調査地点と、リニアの河川流量事後調査地点とを同じ縮尺で並べておきます。
(リニアについてはこの南方に3地点ある)
比較してみると、JR東海による事後調査計画地点は、非常にまばらであることが分かります。三遠南信自動車が特別細かい調査をしていたわけでなく、事後調査のモニタリング地点としては、これで普通なんです。
三遠南信自動車…
静岡側と合わせて5㎞弱⇒水環境モニタリング地点は20地点
リニア…
静岡県内だけで本坑11㎞+斜坑6.6㎞+工事用道路トンネル5.1㎞
⇒22㎞のトンネル建設で水環境モニタリング地点は11地点
明らかに少ない‼
静岡編の評価書において、トンネル建設で流量に影響を及ぼす可能性のあるとしている範囲は、評価書に示された「高橋の水文学的手法による検討範囲」として示されており、ざっとみたところで40k㎡ぐらいの面積があります。その中には大小何十という沢があり、その支流となる枝沢や湧水を含めれば無数の”水辺”が存在していまずので、その場所ごとに多様な生態系が築かれているわけです。わずか12地点のモニタリングでは、目のとどかない沢が大量に出現します。
生態系に与える影響を懸念するのであれば、このように思ってモニタリング体制を疑問視するのが当然です。ところがこの評価書ならびに事後調査計画書では、これでOKなのです。
なぜか?
ひとえに、「河川流量のモニタリングは水資源への影響を見定めるためにおこなうから」です。
こちら事後調査計画書をよくご覧ください。
「事後調査を行うこととした理由」のところには「水資源に与える影響の予測には不確実性があることから、環境影響評価法に基づく事後調査を実施する」とあります。
確かに環境影響評価法には、予測に不確実瀬のある事項について、事業認可後に調査をおこなうよう定めた規定があります。JR東海は評価書において「水資源に与える影響の予測には不確実性がある」と書いたため、それにしたがって水資源のモニタリングをおこなうことにしました。
いっぽうでJR東海は、評価書において、流量が減少することによる生態系への影響は小さいと判断しました。それを受けて、河川生態系のモニタリング計画は、上述の通り、非常に雑になっています。それを受けて、河川に生息する動植物のモニタリングをおこなうのは、現段階において決定したのはわずかに3地点だけにとどまっています。流量観測地点と同一箇所であり、水資源調査のついでという扱いです。流量減少の起こるおそれがある範囲は40k㎡以上におよぶのに、調査地点はわずか3地点だけ・・・。これでは影響が出て死滅する生物がいたとしても、それを知ることさえできません。
ところが一連のアセスにおいては、トンネル工事によって大井川の流量が減少し、それが観測機器によって兆候をとらえることができれば、電力会社に依頼して川への放流量を増やすなどして応急対策をしてもらえれば、それで万事OKというスタンスになっているのです。
私が「大井川の流量減少=下流の生活用水がなくなる」と安直に考えてほしくないのはここにあります。
すなわち、「大井川の流量減少=下流の生活用水がなくなる」ということは水資源の問題であり、それを憂う声が高まれば高まるほど、事業者としてはそれさえクリアできればよいという姿勢に傾きます。そして水資源の問題についてはある程度、対処方法の目処がつきます。
いっぽうで河川流量が減少することによって水辺生態系に与える影響には対処方法がなく、しかも小さな湧水ではほんのわずかな減少が枯渇・生物の死滅につながるなど、より解決困難な問題であるのに、水資源の問題に目を奪われることによっておろそかになりつつあるような危惧を抱きます。そして、事後調査計画書を見たところでは、その危惧は現実になりつつあります。
名もない小さな枝沢にだって、サンショウウオのように、その水をよりどころとして暮らす小さな動物がいるし、岩からポタポタと水が染み出ているような場所には、そうした環境を好む植物が生育しています。そういうものの場所さえ、把握しようともしない…。
これは非常マズいことだと思います。月並みな表現ですけど、壊した水循環と水辺生態系は二度と元に戻りませんから。現段階としては、不可逆的な行為への懸念を強めるべきでしょう。
これは非常マズいことだと思います。月並みな表現ですけど、壊した水循環と水辺生態系は二度と元に戻りませんから。現段階としては、不可逆的な行為への懸念を強めるべきでしょう。