今日の静岡新聞朝刊に、このような記事が掲載されていました。
JR東海は19日、リニア中央新幹線の南アルプストンネル工事に伴う大井川の流量減少問題の有識者会議「大井川水資源検討委員会」(委員長・今田徹国土技術研究センター技術顧問)の初会合を都内で開き、工事で発生する湧水を下流に向かって自然流下させる導水路トンネルなどの環境対策を検討していくことを決めた。
会合は非公開で行い、終了後にJR東海が記者会見した。JR側の説明によると、標高差を利用して湧水を下流に流す導水路トンネルについて、委員から最も現実的な手法と評価された。
トンネルの非常口内に横穴を掘削し、くみ上げた湧水を上流部に戻すポンプアップや、新たな水源を確保して影響が出た地域に導水する手法の検討も進める。
(後略)
会合は非公開で行い、終了後にJR東海が記者会見した。JR側の説明によると、標高差を利用して湧水を下流に流す導水路トンネルについて、委員から最も現実的な手法と評価された。
トンネルの非常口内に横穴を掘削し、くみ上げた湧水を上流部に戻すポンプアップや、新たな水源を確保して影響が出た地域に導水する手法の検討も進める。
(後略)
な、なにぃ?
導水路が最も現実的な手法だって?
これ、何も対策にはならないんですよ。
川の水が失われるのは、トンネル内へ大量の地下水が湧き出し、地下水の抜けた隙間に、河川水が引き込まれるためです。ですから当然のこと、河川流量の減る可能性が最も高いのは、トンネル頭上の川です。
環境影響評価書より、流量減少の予測結果をコピーしておきます。
図1 リニアのトンネルと大井川流域の関係
国土地理院地形図閲覧サービス「うぉっちず」より複製・加筆
⇓
図2 大井川の流量減少予測
環境影響評価書を複製・加筆
しかしながら当たり前のことですが、導水路を造ったところで、流量の減った場所へは戻せないんですよ。
図3 JR東海作成の導水路イメージ図
JR東海が当日の会議で配布した資料では、導水路トンネルはこんなイメージで示されています。しかし、この案では全く意味がありません。この案だと、取水口(?)となるトンネルとの接合点は、標高1150m付近になります。断面を見ると、無味なのは一目瞭然。
図4が、トンネルに沿った断面図です。
図4 リニアの南アルプス横断トンネル
通常の地図と異なり、左手が東になっていることに留意
環境影響評価書より複製・加筆
大井川流域からトンネル内に出てくる地下水は、大部分が東の早川流域へと流れてゆきます。図3では、このうち標高1150mよりも上側区間からの湧水しか戻せません。
全量を戻すためには、早川との分水嶺直下から戻さなければなりません。
JR東海の作成した縦断面図によると、大井川と早川との分水嶺直下におけるトンネルの標高は、978mとなっています(図3の赤点線のうち一番下のもの)。トンネル頭上における大井川の河床の標高は1350m前後です。したがって導水路に勾配をつけて自然に大井川に戻すのならば、導水路トンネルの出口は大井川河床の標高が950m程度となる、ずっと下流方にしなければなりません。
地形図を眺めると、畑薙第一ダムの貯水池の水面標高が約945m。だから、導水路トンネルの出口は畑薙第一ダムにもってこなければなりません。
図示するとこうなります。
図5 導水路トンネルの推定位置
基図は国土地理院地形図閲覧サービス「うぉっちず」を使用。複製・加筆。
分水嶺直下から畑薙第一ダムの貯水池まで、直線距離で約17kmあります。ということは、トンネルの頭上の川で水がなくなってしまうというのに、水が戻ってくるのは、流量減少の予測されている西俣取水堰より25㎞も下流になってしまうのです。
これでは、川の水がなくなって生態系に深刻な影響が生じても、何も対策になりません。
また、こういうことを実行するなら、(ただでさえデタラメな)環境影響評価書の記載事項が、さらに無意味となります。
例えば、環境影響評価書においては、渓流魚のイワナについては、「鉄道施設の存在により、本種の生息環境である河川の一部で流量が減少すると予測されるものの、同質の環境が広く残されることから、本種の生息環境への影響は小さい。」と書いてあります。
「同質の環境が広く残されることから、影響は小さい」と主張しているわけです。しかし、導水路トンネルによって流量減少に対応するとなると、水が戻ってくるのはトンネルからはるかに下った畑薙第一ダムとなります。流量減少が起こると予測されているのは西俣取水堰上流側よりも下流側の全域ですから、畑薙第一ダムまでの約30~40kmの区間には、水が戻せず、流量は減ったままになります。したがって、生息環境は確実に縮小し、評価書の記載内容は書き換えなければならなくなります。
その評価書の図に、導水路トンネルを記入してみると図6のようになります。
図6 JR東海の主張する「イワナ類のハビタット(生息環境)と導水路トンネルとの位置関係
環境影響評価書を複製・加筆
もちろん、流量減少の予測されている区間にも支流が流れ込むので、完全に流れが途絶えることはないでしょう。しかし流量が減れば、その分、(イワナに限らず)生物の生息環境は確実に縮小します。淵が浅くなったり、水温が上昇したり、流れの勢いが変わることで川底に泥がたまりやすくなったりするかもしれません。渇水期に流れの途切れる可能性も、これまでよりは高くなります。こうしたことが積み重なり、確実に生息環境を悪い方向へと向かわせます。
それから、この流量減少区間30~40kmの間には、大井川から水を取水し、再び大井川に落として発電している、中部電力の水力発電所が3ヶ所あります。その水力発電所で使う水も不足したままになります(もっとも、これとて大井川の水を取水しているため、環境に負荷を与えているのには違いありませんけど)。水力発電所の位置は図5に記入してあります。
それから、17kmものトンネルを掘れば、無駄な残土も生じます。
最大毎秒2トンの水を流すための導水路トンネルの直径を、一般的な水力発電用トンネルと同等の2mと仮定すると、掘削すべき直径は2.3m程度。すると断面積は約4.2㎡。
17000m×4.2㎡×土量変化率1.7=121380?。
約12万立米の残土が余計に出現します。現在の計画でも360万立米の発生土について搬出が不可能であるため、標高2000mの稜線上とか、山崩れ直下の河原とか、そういう危険な場所に投棄するというムチャクチャなことを考えているのに、そこへさらに余計に12万立米を追加することになる・・・。当然のことながら、工事に使用する機械やダンプカー等工事車両も増えます。
以上のように、導水路トンネル案というのは、
①水の減った区間の生態系には全く対策にならない。
②水力発電所での利水への対策にもならない。
③残土が増える。
④工事規模がさらに拡大。
という点で、実行してはいけない案だと考えます。環境保全どころか、明らかに自然破壊の連鎖です。
ところで、なんでこんな問題のある案を真剣に考えているかというと、JR東海は、環境影響評価書の中で、流量減少が与える影響というのは、水資源に与える影響という観点でしか捉えていないためです。
下流での利水が心配という流域の声⇒とりあえず下流まで水を送ればいいだろう⇒他の環境破壊を起こしても下流には関係ない
こういう論理です。
それから新聞記事では、
●防水型トンネルは無理
●ポンプで汲み上げる方法を考える
●井戸によって対策
といったようなことを「有識者」が議論していたと書かれています。
このうち「防水型トンネルは無理」というのは、JR東海が国土交通大臣意見(=環境大臣意見)における、環境省からの提案に難色を示したときの見解です。それから流量の減った場合の「ポンプくみ上げ案」、「井戸案」は、どちらも今年4月の環境影響評価書に書かれていた案です。いずれもJR東海が既に出した見解であり、それを今一度確かめていただけのように見受けられます。
ちなみにポンプくみ上げだと、概算で1万キロワット級のエネルギーが必要となり、大井川から早川へ導水している田代川第一・第二発電所の出力と同等になってしまい、水利用とエネルギー利用の観点から、全くの無駄になります。それに、斜坑より上流側での流量減少には役立ちません。
簡単な計算
ポンプを用いて、2?/sの吐出量で400m揚水するための理論動力Pは、水の密度×重力加速度×吐出量×揚水する高さで求められる。
ポンプを用いて、2?/sの吐出量で400m揚水するための理論動力Pは、水の密度×重力加速度×吐出量×揚水する高さで求められる。
実際に必要な動力としては、さらにポンプ効率、伝動装置効率、原動機効率を除することによって求められる。ポンプの種類によってこれらの数値は異なるが、仮に合わせて0.7を除するとすれば11200kWとなる。このように、ポンプを稼動させるためには10000kw以上のエネルギーが必要になるものと思われる。
井戸の場合、どこに設けるのか不明ですけど、利水への対策なのだから、水を使っている現場に設けるのでしょう。大井川の水を利用している島田市とか掛川市とか。したがって生態系への対策には全く役立ちません。
お集まりになった「有識者」の方々には失礼になりますが、「大井川水資源検討委員会」などと大層な名称をつけてはいるものの、JR東海の意向を確認するだけの、形だけの会議にしか感じられません。
最後に、静岡県の方へ。。。
こんな案を真剣に考えている会議を放置しておけば、大井川も南アルプスも、本当にメチャクチャになってしまいます!