先月、静岡市が南アルプスユネスコエコパーク管理計画案に対するパブリックコメントが募集しておりました。今回、この南アルプスユネスコエコパークとリニア計画との整合性について、考察してみようと思います。
とはいっても、いまいち知名度の低いこの言葉。そもそも「ユネスコエコパークって何?」というところから始めなければならないと思います。
1970年以降、国連機関であるユネスコが長期的な事業計画として「人間と生物圏計画(MAB計画)」というものを開始しました。この計画において、「持続可能な自然環境と生物資源の利用能力を高めることが重要」であることが認識されるようになり、それを実現するために、1976年以降、国際的に保障された自然保護地域が設けられることになりました。
この自然保護地域のことを生物圏保存地域とよびます。2014年6月の時点で、119か国、631地域が登録されています。日本では昨年登録の決まった南アルプスと只見をはじめ志賀高原、白山、大台ケ原、綾、屋久島の計7地域が登録されています。この呼び名は堅苦しいということで、日本国内ではユネスコエコパークと呼ぶことが公式に決定されています。
生物圏保全地域の機能としては、
①保全機能
遺伝資源、生物種、生態系、景観を守る
②経済と社会の発展
持続可能な経済発展・人材育成
③学術的支援
実証プロジェクト、環境教育・研修、保全や持続可能な成長の地域的・国内的・世界的問題に関する研究や実験の支援
①保全機能
遺伝資源、生物種、生態系、景観を守る
②経済と社会の発展
持続可能な経済発展・人材育成
③学術的支援
実証プロジェクト、環境教育・研修、保全や持続可能な成長の地域的・国内的・世界的問題に関する研究や実験の支援
が掲げられています。以上のように、持続可能な利用能力を高めることが目的にありますので、厳重な現状保存のための世界自然遺産とは、意味合いも目的も異なります。その地域の自然を保全しながら持続可能で賢く活用してゆこうという取組みを実践する場というイメージだと思われます。
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ユネスコエコパークにおいては、前記の目的を達成するために、3通りの保護地域を設けることに特色があります。すなわち、
●地域を代表する自然環境が残され、それを厳重に保護する核心地域。
●核心地域の周囲又は隣接する地域であり、核心地域のバッファーとしての機能を果たす緩衝地域。
●緩衝地域を取り囲み、非登録地との間に設けられる移行地域。
の3地域です。地域の宝である核心地域を緩衝地域と移行地域とで守り、そのうち移行地域において、持続可能な経済活動を実践してゆこうというわけです。
ユネスコエコパークについては、国、地方自治体、市民や団体、地元住民それぞれが、それぞれの立場にたって保全のための活動を行ってゆくことが期待されます。昨年末に静岡市が管理運営計画案を定め、先月いっぱいパブリックコメントを受け付けていましたが、これは、それぞれが担う役割・方針を示したものでありました。
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ここで、JR東海のユネスコエコパーク移行地域に対する認識を、環境影響評価書をもとに見てみます。
注目していただきたいのは赤く囲った部分です。次のように書かれています。
工事の実施段階には静岡市と情報交換に努め、できる限り本事業とユネスコエコパーク計画との整合を図る予定であり、「緩衝地域を支援する機能」や「自然環境の保全と調和した持続可能な発展のためのモデルとなる取組の推進」を阻害しないように計画できるものとしている。
これなんですけど、かなり自分勝手で都合のよい解釈だと思います。
市と情報交換をしたうえで「緩衝地域を支援する機能」や「自然環境の保全と調和した持続可能な発展のためのモデルとなる取組の推進」を阻害しないように計画する方針としていますね(ちなみに山梨版評価書だと、ここの「静岡市」の部分が「南アルプス市や早川町」、長野県版評価書だと「大鹿村」になっています。)。
これ、きわめて自己中心的なのですよ。
静岡市部分の南アルプスは無人地帯であり、経済活動というと登山と水力発電ぐらいなものです。長野県大鹿村や山梨県早川町は小さな山村であり、どちらも1100人前後の人口しかありません。経済活動の規模は、とても小さなものです。
かたやリニア。5兆5000億円のリニア建設費のうち、南アルプスでの工事費がいくらになるか知りませんが、おそらく「兆」の単位になるのでしょう。仮に1兆1000億円として工期が11年なら、毎年1000億円規模の事業を行っていることになります。大鹿村や早川町の経済活動の規模とは桁違いです(町・村予算の数十倍)。確実に向こう10年間は、リニア建設が南アルプス地域における最大の経済活動になるわけです。
環境破壊についてはこのブログで再三指摘してきたとおりですし、作業用を含めると総延長60㎞近いトンネルをエコパーク登録地域内に掘るのですから、物理的にもとてつもない規模になります。工事作業員も、村の人口に匹敵するような人数になるわけです(静岡市側では最盛期700人が常駐する計画)。
したがって物理的な規模、環境に与える影響は当然のことながら、経済規模という面でも、リニア中央新幹線整備事業が、ユネスコエコパーク内における最大の事業となります。
ユネスコエコパークにおいては、「自然環境の保全と調和した持続可能な発展のためのモデルとなる取組の推進」を実践するのがその存在意義です。それゆえ、その中で行われる巨大開発の事業がそれを実行しなければ意味がないし、事業主体は、「持続可能な発展のためのモデル」を自ら率先して実践しなければならないのですよ。
JR東海の言う「阻害しないようにする」という見解は的外れ、あるいは曲解なのです。
また、青い線を引いた部分には次のように書かれています。
・本事業における非常口や発生土置き場などの概ねの候補地は、過去に伐採され電力会社が使用した工事ヤード跡地や人工林等を選定しており、ユネスコエコパーク計画においてはすべて居住や持続可能な資源管理活動が促進・展開される「移行地域」に含まれている。
・路線の一部は核心地域や緩衝地域を通過するが、南アルプスではすべてトンネル構造とすることから地表部は改変しない。
両方を合わせると、あたかも、地下・移行地域なら開発行為は何をやっても構わないだろうという見解が感じとれますが、これはおそらく誤っています。ユネスコエコパークにおける活動についての提言であるユネスコのセビリア宣言によると、移行地域における活動としては、
①農業活動
②定住
③地域社会、運営団体、科学者、NGO、文化活動に関する団体そして経済活動に関わる団体が相互に連携し、持続可能な形で行われる開発。
②定住
③地域社会、運営団体、科学者、NGO、文化活動に関する団体そして経済活動に関わる団体が相互に連携し、持続可能な形で行われる開発。
とされているのです。リニアの建設工事は開発行為ですから③に照合してみますと、「中央新幹線建設・運用」という経済活動を行いたい団体(JR東海)は、地域社会や運営団体、科学者、NGOなどと相互に連携し、持続可能な形で行わなければならないということになります。
JR東海の見解は、このルールにまったく触れていません。
もうちょっと付言すると、例えば「地域社会との連携」という点ですと、
●一方通行の説明会(しかも質問は一人3つまで)
●地元への事前連絡もせずに関係工事(大鹿村)
●事業計画に市民が関われない
●環境影響評価の過程での質問・意見に回答しない
ということが横行しております。少なくとも、地域社会との連携は一切行われていません。
法律上の問題はないと思われますが、少なくともユネスコエコパークの理念からは、著しく外れているのではないでしょうか。この点については、もう少し考察してみようと思います。
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南アルプスはユネスコエコパークに登録されました。ゆえに、ここで行われる大規模な開発行為は、一定のルールに従ってもらわねばなりません。それができない―あるいはするつもりがない―のであれば、開発を行う資格がないと言えるのではないでしょうか。
なお、静岡市南アルプスエコパーク管理運営計画(案)や、セビリア戦略等の資は、静岡市のホームページにて閲覧できます。
http://www.city.shizuoka.jp/deps/seiryuu/pabukome_alps.html
http://www.city.shizuoka.jp/deps/seiryuu/pabukome_alps.html