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Channel: リニア中央新幹線 南アルプスに穴を開けちゃっていいのかい?
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「南アルプスの隆起速度は国内最大級ではない」の根拠は?

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5月13日、山梨県甲府市で環境アセスメントの進捗具合などに関する説明会が開かれたそうです。このときの質疑の様子が、リニア中央新幹線計画にまつわる様々な問題を精力的に取材されている樫田秀樹さんのブログに紹介されています。http://shuzaikoara.blog39.fc2.com/blog-entry-238.html
 
相変わらずワンパターンの質問と、形だけの解答という、あんまり中身のなさそうなやりとりに終始しているようです。
 
さて、気になったのが皆見アルプスの隆起速度に関する質疑。
 
「南アルプスは、一昨年の3月11日の大地震以前は年に数ミリの隆起でしかなかったのに、地震以来は、年に25ミリ隆起している。これにどう対処するか」

という質問に対し、開催者側は

「南アルプスが他と比べてことさら隆起が激しいわけではない」という回答だったそうです。
 
まず、「年間25㎜の隆起」というのがどのようなデータに基づくものなのか、残念ながら私の存じる限りでは分かりません。
 
しかしながら「南アルプスが他と比べてことさら隆起が激しいわけではない」という回答は、おそらくは間違っています。環境影響評価が始まった頃の長野県の信濃毎日新聞でその件が指摘されています。
 
この南アルプスの隆起速度について、以前私の書いたブログ記事を修正しながら再掲します。
 
 


 
 
まず、南アルプスは日本列島で最も活発に隆起している地域です(マグマの上昇によって変形している火山をのぞく)。これは地形学者・地質学者・測地学者の共通認識です。
 
例えば南アルプス南西部の国道152号線沿いに設置されている水準点での測量記録によると、過去70年の間、平均して年間4㎜のペースで隆起が継続していることが知られています。
 
「1895年前後から1965年前後にかけての計4回の測量結果より、赤石山脈付近では1年間に4㎜ほど隆起していると報告される。付図では、赤石山脈付近の隆起量は日本最大級になっている。
①檀原毀(1971):日本における最近70年間の総括的上下変動,測地学会誌17,100~108ページ
 
この報告の後、多くの地形学者や地質学者がこの見解を支持していて、地形学や地理学関係者の間では、もはや常識的なこととなっています。ちなみに水準測量というのは、東京湾の平均海面をもとに基準0mを定め、そこからの垂直方向の高さを測ってゆくものです。
 
「赤石山地の中心部では過去70年間に30㎝も隆起している。年間平均にして約4㎜もの隆起速度は、日本の山地のなかでも最急速なものである」
②貝塚爽平・鎮西清高編(1986)「日本の自然2 日本の山」岩波書店 143ページより
 
また近年になってGPSによる連続的な観測がおこなわれるようになりました。GPS観測というのは簡単に言えば、衛星からの電波受信時刻のズレによって大地の変化をとらえるというものです。つまり、衛星との距離なんですね。GPS観測が行われるようになってからはまだ日が浅いのですが、それでも以下の論文によれば、連続的な隆起が観測されているとのことです。また、近年出版された地形学関連の文献でも、南アルプスの活発な隆起が紹介されています。
 
「掛川から諏訪湖へと北上する水準路線に沿っては顕著な隆起が見られる。100年間の隆起量は40㎝程度に及んでおり、水準測量の精度を考えると明らかに有意な変動と言える。」「こうした結果は、檀原(1971)が70年分の水準測量データから得た変動傾向が現在もそのまま継続していることを確認するものである」
③鷺谷 威・井上政明(2003):測地測量データで見る中部日本の地殻変動、月刊地球,25-12 922ページより
 
「赤石山地をほぼ南北に縦断する路線(諏訪湖-掛川[作者注:水準測量路線])では、伊那山脈南部の水準点5306は改測のたびに上昇しており、その上昇量は約100年間に40㎝(4㎜/年)に達している」
④町田洋・松田時彦・梅津政倫・小泉武栄編(2006)「日本の地形5 中部」東京大学出版会 32ページより
 
「赤石山脈は隆起速度が年4㎜以上であり、これは世界最速レベル」
⑤南アルプス世界自然遺産登録推進協議会編(2010)「南アルプス学術総論」118ページより
(参考 
南アルプス世界自然遺産登録推進協議会のHP)
 
測量によって急速な隆起が確認されているのは、南アルプス本体というよりそれよりやや西方に位置する国道沿いの水準点です。③の文献によると、赤石山脈中心部の継続的な測量データは存在していないとのこと(山頂などに設けられている三角点にも㎝単位の標高が記されていますが、三角点はあくまで水平位置関係を把握するためのものであり、高さの精度は水準点に劣ります)。また、④の文献によれば、赤石山脈全体としては、山地全体の地形からみて北東側ほど隆起が活発であろうとのこと。というわけで、山岳中心部の正確な隆起量については「4㎜以上」とみるのが妥当なはずです。また、南アルプス東側に隣接する巨摩山地も、隆起は急激との事です。
 
そのいっぽうで、南アルプスで最も活発な隆起が継続しているであろう「南アルプス北東部~巨摩山地」からわずか15㎞ほどしか離れていない甲府盆地は、年間1㎜程度のペースで沈降傾向にあるとのこと(それでも湖になってしまわないのは、周辺の山地から土砂が流れ込んでいるため)。
 
こちらは国土地理院が2001年に発表した、過去100年間における日本列島の地殻上下変動を図示したものです。(リンクはこちら:加筆してあります)
 
南アルプスの東側(甲府盆地付近)は緑色すなわち沈降域であるのに対し、わずかに離れた南アルプス付近は赤く塗られ、数十㎝隆起していることが分かります。昭和東南海・南海地震による急激な隆起の起きた四国南部・紀伊半島・三河湾付近を除くと、日本で最も隆起が活発な地域です。

つまり南アルプス東側では、沈降傾向にある場所と異常に活発な隆起が継続している場所とが隣接しており、リニア新幹線はその変動地帯(隆起軸)をトンネルで貫こうと言うわけです。年間5㎜、数十年単位で数十㎝の上下変動が起こる地帯を1本のトンネルで貫いた例など、これまで我が国にはありません
 
ところが。 
 
JR東海作成の環境影響評価配慮書には
 
と書かれています
 
国土地理院や地形学者などの常識を真っ向から否定するかのような見解です。
 
JR東海は何を根拠にして「南アルプスが他と比べてことさら隆起が激しいわけではない」と主張しているのでしょうか。それをうかがわせるやり取りが昨年10月に長野県飯田市での説明会で起きたたそうです。
 
 
(問い)南アルプスは隆起しているが安全なのか?
(返答)国土の隆起の数値を見ると、大鹿村のデータが突出しているものではない。by JR東海
 
「国土の隆起の数値」とは何のことやらよくわからない日本語ですが、おそらくは国土地理院のHPに公開されている、GPS観測データのことだと思われます。
 
また、データが突出しているわけではないから何だと言いたくなるような、微妙に意味不明なやり取りですが、平易に解釈しますと、
「国土(地理院)(GPSで観測した)隆起の数値を見ると、(南アルプス西部にある)大鹿村のデータが突出しているものではない(からトンネルを掘っても問題はない)」という意味なんだと思われます。
 
さて、そのGPS観測ですが、これも国土地理院のHPから転載しますと…
 
リンクはこちら。そのまま開くと水辺方向の変動が示されますので、「表示形式」を「垂直方向」に変更すると、上下方向の移動、すなわち隆起・沈降の様子が表示されます)。
 
このデータでは、確かに大鹿村の2002年8月~20012年8月の10年間の垂直変動は、-2.4㎝と表示されます。隆起どころか沈み込んでいるんですね。しかも、全国的に同じような数字に見えます。

ただ注意していただきたいのは、「GPS観測による変動はある場所を基準にした相対的な変化である」ということです。
 
先ほど「GPS観測というのは衛星との距離を測るもの」と書きましたが、ある場所の変動を知るためには別に基準となる観測局を決め、そこでの変動を0と仮定し、相対的なデータをとらなければなりません。この基準となる観測局のことを、固定局とよんでいます(ややこしくてごめんなさい)。
 
画面の左上には、《固定観測局「岩崎」》と表示されています。大鹿村の-2.4㎝という数字は、「岩崎」という場所を固定局にすると「-2.4㎝」という意味です。ではこの「岩崎」がどこかといいますと、実は青森県の日本海側にあるんです。
 
この固定局は自在に変更することができます。たとえば福島県小高という地点に変更すると、大鹿村の隆起は+57.6㎝という大変な値になります。もちろん、南アルプスがそんなに急に隆起したわけではありません。昨年3月11日の東北地方太平洋沖地震で、東北地方~関東の太平洋岸が一気に沈降したためです。
 
このように、固定局の選定いかんによっては、ある場所が隆起傾向にも沈降傾向にも表現されてしまいます
  
また2002~2012年の間には、中部地方では能登半島沖地震、中越地震、中越沖地震などの地震が起きていて、これらにより局所的に急激な変化も起きています。さらに、東海地域ではスロースリップという現象も考慮しなければなりません。これは静岡・愛知県境付近の地下で、陸側プレートがゆっくりとフィリピン海プレートの上面を滑りあがるという現象です。これが起きている間は、愛知県から長野県南部にかけては沈降する傾向があることが明らかになっています。このGPS観測期間のうち、2000年秋ころから2005年夏ころにかけて、スロースリップが起きていたことが確認されています。http://cais.gsi.go.jp/tokai/(国土地理院)
 
さらにさらに、さきほどの「大鹿村-2.4㎝」は最近10年間での上下変動値ですが、これを最近1年間に切り替えますと、「+1㎝」になります。
 
 
どれが本当なのかわかりませんね。
 
要するに、「大鹿村のデータが突出しているものではない」という見解には、固定局の選定方法の良し悪し、あるいは大地震やスロースリップという数年単位での短い変動が一種のノイズとして現れている可能性が濃厚です。
 
GPS観測は、連続観測が可能という優れものですが、何しろ観測期間がまだ十数年しかありません。10年程度の観測では、得られたデータが一時的な変動なのか、長期的な変動とも一致しているのかを見定めることができません。地球温暖化を論ずるときに、数年単位での気温変化に目を配っていたら、長い目での議論ができなくなるのと同じ話です。
 
これらの話は、③の文献に特に詳しく述べられていますので、興味のある方はご覧になってください。
 
 
長い目-日本で近代的測量が始まった明治以降の100年間-で眺めますと、南アルプス周辺は明らかに隆起しています。
 
リニアのトンネルの耐用年数は数十年以上の期間のはずです。ですからたった数年の観測データではなく、数十年~百年単位での隆起傾向で議論すべきではないのでしょうか?
◇   ◇   ◇   ◇   ◇
 
JR東海や国交省が「南アルプスにトンネルを掘ることは技術的に可能」というのは、ただ単に「地質条件が悪くても25㎞程度のトンネルを掘ることは可能」といっているだけのようです。「山地自体の変形を考慮しても長期的に維持可能」なのかどうかについては、全く触れていません。
 
 なおJR東海の見解については多くの地元の地形学者から疑問視する声が相次いで出ています
(静岡市南アルプス世界自然遺産登録推進協議会学術検討委員会のメンバー、南アルプスの地形・地質研究の第一人者である松島信幸氏などなど)。ついでながら、地元市町村がユネスコエコパーク/世界遺産登録のために作成した資料にも、南アルプスの隆起速度が日本最大であることが強調されています。

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