JR東海は大井川源流の燕沢平坦地という場所に静岡県内での発生土360万立米を盛土として処分したい方針なのだそうだ。
前回は評価書との整合性について見てみたが、やはり大きな懸念として、そのような巨大盛土を行った場合の、土砂の移動との関係をあげねばならない。このブログで再三指摘したことであるが、改めて取り上げてみる。
この一帯に合流する沢は、いずれも流域内に大小の崩壊地をかかえている。一帯の地形図とGoogleEarthによる衛星画像を添付しておく。
図1 燕沢平坦地付近の衛星画像
GoogleEarthより複製・加筆
図2 燕沢付近の地形図
国土地理院地形図閲覧サービス「うぉっちず」より複製・加筆
発生土置場候補地の北西側には標高2880mの千枚岳がそびえる。その山頂東側が大きく崩れていて千枚崩れと通称される。燕沢平坦地に流れ込む崩壊地としては、この千枚崩れが最大規模である。崩れた崖の延長は1000m以上におよぶ。そこから崩れた土砂は大井川沿い円錐状にたまり、沖積錐という地形をなしている。
千枚崩れの沖積錐は、大半が森林となっており、現在では安定しつつあるようである。その一方、最近になって拡大しつつある崩壊地もある。
燕沢平坦地南東側にある崩壊地に注目してみよう。図1において、発生土置場の右手にある崩壊地である。
図3 燕沢平坦地東側における崩壊地の拡大
上が1976年10月に国土地理院によって撮影された写真、下はGoogle Earthで公開されている最新の衛星画像(2014年6月)である。38年間の間に灰色(=樹木の存在しない)部分が大きく拡大していることがわかる。38年間で崩壊が大規模に進行したのである(より正確に言うと、1995年撮影の写真で、既に大規模に拡大していることから、大部分は20年間の間に崩れたと言える。)。
この崩壊地について、同じくGoogle Earthで正面からとらえた画像が図4である。
図4 燕沢平坦地東側の崩壊地
崩壊地の下端を拡大すると、巨石がゴロゴロと堆積している状況も一目瞭然である。樹木と比較して、50㎝~1m大のものが多いように思われる。この先、大雨によって土石流として流れ下ることは必定であり、それを見越して下流には砂防ダムが複数設置されている。けれどもすでに埋まっているようである。
なお図3下段の2014年の画像では、矢印で示した大規模崩壊地の南隣にも、新たなさな崩壊地が出現しているのが分かる。
一方、ここを流れる大井川は、大規模な出水のたびに流路が変更しているようである。少々古い写真であるが、終戦後にアメリカ軍によって撮影された写真と、1970年に国土地理院によって撮影された写真とを比較してみよう。
図5 燕沢平坦地における大井川の流路変更
黒っぽく写っているのは樹木に覆われた部分、白っぽいのは地表がむき出しの場所、つまり河原あるいは流路跡である。22年間の間に河原が拡大し、流路が左岸より(写真右手)に変更していることがうかがえる。さらに1970年(図5右)と2014年(図3下)とを見比べて分かるように、最近40年の間にも、また流路が変わっている。
この場所では、大井川は頻繁に流路を変えているのである。
2014年に撮影された図1の衛星画像からでは、発生土置候補地西側にも大規模な崩壊地が2か所存在していることがわかる。この場所、1948年の写真(図5左側)でもほぼ同じ形に写っており、この66年の間、ずっと植物が生えてこなかったことがわかる。つまり少なくとも66年間崩れっぱなしだったに違いない。
つまりこの燕沢という場所は、高く隆起する南アルプスの山肌が崩れて土砂をつくり、それを大井川が下流に運ぶというプロセスが活発に働いている場所であると考えられる。
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ここに大量の発生土を放り込んだら、周囲の山肌から供給される土砂の行き場がなくなってしまうのではないか?
実はこれは、環境影響評価準備書に対する静岡県知事意見でも指摘されたことである。その懸念に対してJR東海は、評価書において次のような見解を示した。
評価書をコピー
正直、アホかと思う。千枚崩れについて、安全性を保てるようなことを示している。しかし具体的な根拠が全く示されておらず、単なる希望にすぎない。それよりアホなのは、先の衛星画像や空中写真で示した、燕沢に直接流れ下る3本の沢については、何も触れていないのである。この評価書と衛星画像とをよく見比べていただきたい。
リニアの建設工事で静岡県内掘り出される発生土は、全量で約360万立米である。新聞報道では最大高さ50m、長さ1000mとも言われているが、これを平均高さ40mで盛土した場合、周囲の地形条件を考慮すると、必要となる面積は15~16万㎡程度となる(勾配30度と仮定)。
他方、この平坦地の面積は、大雑把に見積もって26万㎡程度である。そのうちざっとみて1/3は川として残さねばならないから、盛土可能なスペースは約17万㎡となる(動植物の生息地としての機能は無視)。
17万㎡の空間に15~16万㎡の盛土を行ったら、残りは1~2万㎡程度であり、もともとの空間の1割にも満たなくなる。つまり、土石流の受け皿としての機能が、現在の1割以下に縮小してしまうかもしれない。
JR東海の見解では、「工夫すればどうにかなる」としているが、大量の発生土というものが存在する以上、工夫なんてしようがない。盛土を高くすれば、土石流受け皿としての余裕を残すことが可能であるが、すると今度は盛土そのものの安全性が問われることとなる。安全性を高めるためにはコンクリートや鋼材などを多用せざるをえないので、緑化方針、景観や生態系への影響も大きくなってしまう。評価書記載内容やユネスコエコパーク管理運営方針との整合性も何もなくなってしまう。
具体的な方針も立てられないのに、「工夫すればどうにかなる」なんて安易なことは言ってほしくない。
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ところで、「土石流の受け皿」において、その下方に住宅等が存在して災害の恐れがある場合には、砂防事業の一環として堆積物の撤去がなされる。
ふつう、崩壊地の下はスペースを確保しなければならないものであろう。それなのに土石流の溜まり場にわざわざ土石を積み上げるなんて、余りにも非常識である。こんなことをして大井川をメチャクチャにしておいたところで、JR東海はこの先何十年間も責任をとることができるというのだろうか?