南アルプス大井川源流域に大量の感想堆肥を搬入する計画について、南アルプスユネスコエコパーク制度という面から、もう少し考えたいと思います。
大量の乾燥堆肥を置こうとしている付近の大井川
リニア本体工事が始まると、右手の森林は発生土の下となる
2014年10月に南アルプスを訪れた方より写真を提供して頂きました
乾燥堆肥を搬入しているのは南アルプス大井川源流域の土地を所有する特種東海製紙という企業です。同社の製紙過程で生じた汚泥を乾燥させたものに化成肥料である尿素を混ぜ、堆肥として販売しているようです。一般には流通していないとのことで、直接農家や造園業者などに販売されているのかもしれません。それを17000立方メートル、ダンプカー3000台に相当する量を搬入するとの計画だそうです。
2015年9月13日 静岡新聞
乾燥汚泥そのものである場合は産業廃棄物であり、これを運搬・処分する場合には産業廃棄物処理法の適用を受けます。しかし本事例については商品価値のある堆肥に加工しているため、同法の適用は受けません。また、川の水質への影響も気になるところですが、河川法や水質汚濁防止法の適用も受けないと思われます。
とはいえ全く法制度上の問題ないとは思えず、後述の通り、静岡市の条例に引っかかるのではないかと思われます。
南アルプスの大井川源流部は人が定住した記録はなく、昭和30~40年代まで焼畑が営まれていた以外に、農業のおこなわれていた記録もないようです。焼畑では焼いた草木を肥料にしますから、人里から肥料を持ち込むようなことはしていなかったと思われます。したがって大井川源流部においては、今になって史上初めて、大量の肥料が持ち込まれる事態になるものと思われます。
このたび搬入を計画しているのは17000立方メートルとのこと。市販されている40リットル入りの袋なら実に42万5000袋に相当します。
ちなみに、ブログ作者がプランター用に購入してきた牛糞堆肥の袋には、使用量の目安として「10アールに50~100袋」と書かれていました。乾燥堆肥なるものの成分や使用量など詳しいことは全く不明ですが、この比率をそのまま42万5000袋に当てはめますと425~850ha、すなわち4.25~8.5平方キロメートルとなります。ちなみに大井川中流域の川根本町の農地面積は、平成22年で677ha。https://www.town.kawanehon.shizuoka.jp/profile2/sangyou.asp
これまで農業の行われてこなかった地域に、突如として広大な農園が出現するの同じような意味をもつのではないでしょうか?
1万7000立方メートルもの量が、どのように置かれるのか全く分かりません。土嚢に入れて積み上げるのでしょうか? まさか野積みするなんてことはないと思いますが…。
保管場所とされている燕沢平坦地とは大井川の河原です。雨で成分が流出したり、洪水が起きた場合に流出するおそれはないのでしょうか? また厚さ5mで平積みしても3400平方メートルと、広い面積が必要となります。これによる景観への影響はいかなるものでしょうか。
衛星画像の中央下部の灰色部分に乾燥堆肥を置くもよう
将来的には発生土を積み上げ、その上に乾燥堆肥を用いて緑化する計画
そして最終的にはJR東海が掘り出した大量の発生土を覆土する際に用いられることになる計画ですが、ここで雨ざらしになった後に、河川の水質に与える影響はどのようなものがあるのでしょうか?
っていうか、そもそも燕沢に発生土を置くことが決まったわけでもないし、そこでのJR東海による環境保全措置も全く不透明(評価書で環境への影響がほとんど言及されていない)であるのに、なぜ工事終了後(10年以上後)を見込んで搬入することができれいるのでしょう?
影響がま~~~ったく見通せないのに、汚染の原因物質だけが大量に搬入されています。
しかもこの話、市や市民の全くあずかり知らぬところで行われています。
状況が判明した経緯も
登山者⇒静岡市議会議員⇒静岡市役所に問い合わせ⇒静岡新聞で詳細を報道
というような形でした。県による確認が行われたとのころですが、どのタイミングで行われたのか定かでありません。市による反応も実に鈍いようです。
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ところで静岡市には、水源地帯の環境保全を目的にした静岡市清流条例というものがあります。
第1条 この条例は、静岡市環境基本条例の基本理念にのっとり、日本有数の清流である安倍川、藁科川及び興津川に代表される清流を次の世代へ継承するため、その保全に関する基本原則を定め、並びに市民、事業者及び市の責務を明らかにし、その3者の協働により、清流をそれぞれの共有の財産として保全することを目的とする。
ここでいう「清流」とは第2条で「その流域の豊かな自然環境が保持され、かつ、市民に様々な恩恵を与え、住民生活及び周辺の生態系との調和が保たれた河川」と定義されており、静岡市ユネスコエコパーク管理運営計画によれば、大井川源流域も含まれているとされています。
また、「協働」という言葉についても第2条において、「市民、事業者及び市が、それぞれ自らの果たすべき役割及び責務を自覚して、自主性を相互に尊重しながら、協力し合い、又は補完し合うこと」とされています。
この協働の内容については次のように定められています。
第7条 市民の責務
市民は、第3条から前条までに定める清流の保全に関する基本原則にのっとり、清流を保全するよう、その生活において自ら努めるとともに、事業者及び市との協働に配慮しなければならない。
市民は、第3条から前条までに定める清流の保全に関する基本原則にのっとり、清流を保全するよう、その生活において自ら努めるとともに、事業者及び市との協働に配慮しなければならない。
第8条 事業者の責務
事業者は、基本原則にのっとり、清流を保全するよう、その事業活動において自ら努めるとともに、市民及び市との協働に配慮しなければならない。
事業者は、基本原則にのっとり、清流を保全するよう、その事業活動において自ら努めるとともに、市民及び市との協働に配慮しなければならない。
第9条 市の責務
市は、基本原則にのっとり、清流の保全に関する総合的な施策を策定し、市民及び事業者との協働によりその実現に努めなければならない。
市は、基本原則にのっとり、清流の保全に関する総合的な施策を策定し、市民及び事業者との協働によりその実現に努めなければならない。
これら第7~9条の規定に従えば、「大量の堆肥を大井川沿いに置く」という行為については、大井川の水質に影響を及ぼしかねないことから、市民・事業者・市の協働によって清流保全のための行動を起こさねばならないはずです。
また、第12条および施行規則では、「清流」の水源地帯を「重点区域」に指定し、面積2000平方メートル以上の開発行為を行う事業者は、市との間に清流の保全に関する協定を締結するよう努めなければならないとされています。義務ではなく努力目標であるのがビミョーなところですが、特殊な場所である以上、協定が締結されるべきであると考えます。
さらに
第18条 重点区域において、その事業活動のため肥料又は農薬を使用する者は、清流の保全のため、その適正な使用に努めなければならない。
という規定もありますから、堆肥大量搬入および使用による環境(水質)への影響がどのようなものであるか、予測されるべきではないでしょうか(というか、本来はJR東海が評価書において行うべきであった)。
このように清流条例に従えば、けっして地権者が一方的に大量の堆肥を搬入することは好ましくなく、その計画については市が仲立ちとなった市民との協働でなければならないと思われます。
また、清流条例だけではありません。
一帯は南アルプスユネスコエコパークの移行地域に登録されています。移行地域においては「経済活動」が認められているため、この方針に沿った農業・林業を営むことについては問題がないと考えられます。おそらく特種東海製紙が、移行地域内へ乾燥堆肥を大量搬入することを正当化する場合、この概念を理由に挙げると思われます。JR東海が移行地域内でのリニア建設を正当化しているのも同じ理由です。
ところが移行地域のもつ本当の意義・目的に照らし合わせると、こうした考え方は、一面しか見ていないように思えます。
移行地域における活動については、ユネスコ 「生物圏保全地域 セビリア戦略と世界ネットワーク定款」 には次のようにうたわれています。
各生物圏保存地域は、3種類の要素を具備する必要がある。つまり、保護地域…(中略)…緩衝地域、…(中略)…、柔軟な移行地域(具体的には各種の農業活動や定住等。地域社会、運営団体、科学者、非政府系団体、文化団体、経済団体その他の関係者が相互に連携して、この地域の資源を管理したり持続可能な形で開発を行う)。
つまり、南アルプス移行地域で行われる行為は、事業者・行政だけでなく地域社会や様々なNGOなどとの協働によって計画されねばならないとしているわけです。静岡市清流条例の基本的理念と一致しています。
この認識、まったく共有されていないように思われます…。
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現在のところ、このユネスコエコパーク移行地域内への乾燥堆肥大量搬入計画については、「事業者・市・市民」との協働」というかたちになってはいません。静岡市はユネスコエコパークの管理運営については次のような体制を構築するとしていますが、現在進行形で環境へ悪影響を及ぼしかねない行為が進んでいるのに、対処できないのであれば、看板倒れに終わります。
この堆肥ごときに対応できないのであれば、その後に控えている超ド級の自然破壊-リニア本体工事-への対応も難しかろうと思われます。本当に環境を守り、ユネスコエコパークを運営していくつもりがあるのか、事業者・市・市民それぞれに問われていると思います。