リニア計画に反対する住民グループが事業認可取り消しを求めて訴訟を起こすそうです。
その訴えの根拠はこちらに掲載されていますが、
リニア新幹線を考える東京・神奈川連絡会
どうも軽々に首肯できないでおります。というのも計画に反対するための根拠について、客観的な立場からの検証が十分にできていないように思われるからです。
【再検討が必要だと思われる点】
●民間事業と公共事業
この基本的な概念を再確認したうえで、問題提起のあり方を整理することが重要だと思うけど、どうも見過ごされ続けているような気がしてならない。
北陸新幹線や北海道新幹線のような、いわゆる整備新幹線の場合、その事業推進には国と地方自治体が主体的に関わっている。国民・都道府県民・市民の代表が「公共の利益」のために事業を行っているのだから、「我々の代表者」の意思決定について「反対/賛成」を訴えるのは筋の通った話だと思う。
ところが、このリニア計画の意思決定権は、基本的には事業主体&経営主体であるJR東海がもつ。全国新幹線鉄道整備法によれば、事業者と国土交通大臣との協議で決まるとされているけれども、条文をみたところでは、国土交通大臣の地位は、単なる認可機関に過ぎないようである。
ここに、事業主体&経営主体は事業推進にあたって沿線自治体の意見を聴かねばならないという規定はないし、沿線住民の声を聞けという規定もない。沿線から離れたところに住む市民の声なんか、聞く必要もない。
というわけで、事業計画そのものについては、JR東海には住民の声なんて聴く必要なんてないのである。たぶん、法律上の義務もないんじゃないかと思う。公共性が高いとはいえ、民間事業であるリニア計画に反対する根拠はどこにあるのだろうか?
●リニアは不要不急?
「反対」とは同様に、「リニアは不要」という主張も多いようである。個人的にも、特に災害リスクの高い南アルプスを通すことで、東海地震発生時のバイパス機能としての存在価値についてはきわめて強い疑問がある。
「反対」とは同様に、「リニアは不要」という主張も多いようである。個人的にも、特に災害リスクの高い南アルプスを通すことで、東海地震発生時のバイパス機能としての存在価値についてはきわめて強い疑問がある。
けれども必要性を判断するのはあくまで事業主体=JR東海なのだから、その意思決定に関われない立場から不要論を唱えるのは、何となく筋違いだと思う。
話の筋からいって、この手の主張は諸手を挙げて推進および誘致を図っている地方自治体に向けて発せられるべきだと思う。
●税金投入の「おそれ」
とても9兆300億円で完成するとは思えないこの計画。自民党が3兆円を投入することを模索しているように税金投入が現実となる可能性は高いと思う。
とても9兆300億円で完成するとは思えないこの計画。自民党が3兆円を投入することを模索しているように税金投入が現実となる可能性は高いと思う。
これを「おそれ」ととらえるのは「反対派」の人々である。いっぽう関西圏の政財界では、税金をさっさと投入して大阪まで同時開業させろという意見が非常に強い。「おそれ」とは正反対の考え方である。
個人的には税金を投入してまで造ってほしくはないけれども、あくまで個人の考え方である。議論が一度も行われていない以上、税金を投入することを悪いことと断じて「おそれ」と表現できるのだろうか? 私にはそこまで言い切ってしまう勇気はない。
●”10年におよぶ大工事”で生活環境が…
新東名高速道路や中部横断自動車道の建設現場を何度か眺めていた経験からいえば、リニアの建設工事はけっして前代未聞ではない。単純に敷地幅ひとつとっても、新東名はリニアの2倍の規模である。「リニア以上の大工事」が許容範囲として既に完成している以上は、「新東名ならOKなのになぜリニア事業ではダメなのか」という点に答えを用意しない以上、規模の大きさを全面に出して批判の根拠とすることには無理があると思う。
リニアと交差する中部横断道の工事中の光景
(静岡県静岡市清水区興津川橋梁)
山梨県西部からリニアと交差し、静岡県静岡市清水区とをつなぐ
リニアよりはるかに巨大な構造物である、こういうものが存在している以上、これぐらいは山梨県民・静岡県民が「許容範囲」と認めているわけである。それでもリニア計画を批判するのであれば、これはOKでリニアはダメという論理を組み立てなければなるまい。
●「速いけれども早く着かない」から利便性が悪い?
2年ほど前に、あるジャーナリストの方がブログに書かれ、それがいくつかの雑誌で活字にされて以来、リニアに反対する根拠となっているようである。
2年ほど前に、あるジャーナリストの方がブログに書かれ、それがいくつかの雑誌で活字にされて以来、リニアに反対する根拠となっているようである。
東京駅から大阪へ向かう場合、大深度地下と地上・高架という非常に面倒な乗り換えを品川と名古屋とで2度繰り返すから、トータルの時間では大差ないというもの。
でもこれって、「東京駅起点で物事を考えた場合」なんだよなあ…。
確かに東京の業務中心地は大手町・日本橋・銀座あたりであるから、このあたりを出発地・目的地とするなら、東京駅が便利である。だから東京駅起点という考え方なのだろう。
けれども未来永劫大手町や日本橋が業務中心地であるとも言えないわけで、もしかしたらリニア開業後は品川にシフトするかもしれない。・・・っていうか、それを視界に入れた再開発事業が目白押しである。
それに、交通ターミナルとしては、もしかしたら品川の方が優位ではないか?という気もする。
新宿を起点・終点とするなら東京駅・品川駅どちらへも所要時間は大して変わらないし、渋谷だったら品川の方が近い。羽田空港なら品川のほうが近いし、京急、東急沿線からも品川の方が便利だと思う。千葉方面からも、東京駅での総武快速からの”大深度”地下から高架の新幹線への乗り換えを考えれば、もしかしたら品川での”地下同士”乗り換えのほうが便利かもしれない。
そういえば今年3月には宇都宮線・高崎線・常磐線の列車が品川まで直通運転することになったので、北関東方面との乗り換えでも、東京駅の優位性は下がっているような気がする。
この他の事項を含め、どうもリニア計画に懐疑的な立場の専門家やジャーナリストといった人々の意見については、その妥当性を検証することなく、そのまま受け入れてしまっている傾向が強いのではないかと思うところである。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
要するに、反対派グループの方々が反対の根拠としている主張は、どうもいろいろな考え方が可能なものばかりであるような気がするのである。そこから”都合のよい”解釈によって単一の答えだけを導き出し、反対の根拠としているので、推進している側と同様に、どうも説得力に欠けてしまうと感じる。
これまでに出されたアピール文を含め、常々感じているのだけど、同情を誘おうとか怒りをぶつけようといった情緒に頼る雰囲気が強く、推進している側や中立の立場から反論できないような内容とは程遠いような気がする。
裁判を起こすとなると、相手にぐうの音も出せなくさせるような精緻な論理を組み立てることが最も大切だと思うのだけど…。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ところで事業者や行政機関のもつ義務に照らし合わせて、事業計画の再検討を要求するというのも、重要な手法である。っていうか環境問題の集中している南アルプスの静岡県側については、無人地帯が改変予定地域であるため、裁判を起こす資格のある住民が皆無であって差し止め訴訟は馴染まないと思う。
このブログで「環境影響評価をやりなおせ」と連日指摘しているのはその一環である。
環境問題は、市民のもつ諸権利の侵害に該当する可能性があるし、そもそも諸法律においても環境保全の義務があるのだから、それに疑問がある場合に修正を要求するというのは筋が通った話であろう。それを実現するためのコミュニケーションが全く成立していないのなら、改善を促すのも筋の通った話であろう。だからこそ国土交通大臣意見においても、「住民の意見を尊重すること」なんて、わざわざ書かれているのである。
開発行為に関わる法律での諸認可過程において、認可を行う行政機関がきちんと機能しているか、道路や再開発など行政が主体となって行われる関連事業について、行政が行うべき環境保全義務を果たしているか、これらをチェックすることも重要であろう。行政が主体となる関連事業については、環境問題以外についても監査請求とか情報公開といった形で疑問を提起をすることも可能かもしれない。
ここに述べたことは「リニア計画の進め方の見直し」を要求しているのであって、リニア計画そのものへの「反対」を述べているわけではない。
けれどもやっぱりどう考えても、この計画にはあまりにも問題が多すぎる。だから、全体として実現不可能なんじゃないかと思う。例えば前回指摘した通り、評価書通りにマトモに環境保全を行えば、南アルプスでの工事を2027年までに終わらせるのは論理的に不可能になるのだから、この一点だけでも事業計画は大幅修正につながりうる。
こういった点を「問題」として行政や地域に認知させることが、単純に反対や不要論を叫ぶことよりもずっと大事なんじゃないかと思う。
骨は折れるし地味だけど、「塵も積もれば山となる」のだから。