現時点で明らかになっている、リニア中央新幹線計画における環境影響評価(アセスメント)の進め方に関する問題点をまとめてみました。
リニア着工までの各段階での「環境配慮」
その1 計画早期段階での環境配慮の欠如
計画段階における国土交通省内のふたつの審議会(中央新幹線小委員会、超電導浮上式鉄道技術評価委員会)では環境面からの検討をまともにおこなっていません。大型プロジェクトの場合、この段階での環境配慮が特に重要だと思います。
計画段階における国土交通省内のふたつの審議会(中央新幹線小委員会、超電導浮上式鉄道技術評価委員会)では環境面からの検討をまともにおこなっていません。大型プロジェクトの場合、この段階での環境配慮が特に重要だと思います。
超電導浮上式鉄道技術評価委員会における問題点
●技術的に走れるかという点に終始しており、環境面や安全面についてはほとんど踏み込んでいない。議事録も公開されていないし、パブリックコメント等も行われていない。
●技術的に走れるかという点に終始しており、環境面や安全面についてはほとんど踏み込んでいない。議事録も公開されていないし、パブリックコメント等も行われていない。
中央新幹線小委員会における主要な問題点
●優れた自然環境を有する南アルプスをぶち抜くことについては「意見のすり替え」ということを行って不問に付した。
→詳しくはこちら
●同時期に環境省は南アルプス国立公園の拡張方針を定めている。政策が不一致である。
●電力不足の最中であるのにも関わらず電力消費について審議することなく認可した。
●大きなエネルギー消費、路線設置の制約(曲がれない!)、磁界の発生など超電導リニア特有の環境影響評価項目についても、在来型新幹線との比較すらおこなっていないのに超伝導リニア方式が妥当と結論付けた。
●パブリックコメント結果を無視したことについて何も説明がない。
●優れた自然環境を有する南アルプスをぶち抜くことについては「意見のすり替え」ということを行って不問に付した。
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●同時期に環境省は南アルプス国立公園の拡張方針を定めている。政策が不一致である。
●電力不足の最中であるのにも関わらず電力消費について審議することなく認可した。
●大きなエネルギー消費、路線設置の制約(曲がれない!)、磁界の発生など超電導リニア特有の環境影響評価項目についても、在来型新幹線との比較すらおこなっていないのに超伝導リニア方式が妥当と結論付けた。
●パブリックコメント結果を無視したことについて何も説明がない。
その2 情報が開示されない状況でのアセスは無意味
環境アセスメントの流れを把握しておかないと問題の大きさが分かりにくいと思いますので、まずその点を説明します。
環境アセスメントの流れを把握しておかないと問題の大きさが分かりにくいと思いますので、まずその点を説明します。
まず事業者は方法書を作成します。これは、事業者が、文献調査や現段階での案、そしてアセスメントの調査項目、調査・予測・評価の方法をまとめた文書のことです。
一般の人々(以下公衆)や自治体は方法書に対して意見を述べることができます。例えば、○○山のこのあたりには△△という貴重な植物が多いので調査を重点的におこなうべき、◎◎展望台からの眺めを大事にしてほしい、○×川の生態系は特に重要、この地区は通学路になっているので大型車両の通行は避けるべき…といった感じです。
事業者は寄せられた意見をもとに現地調査や影響の予測をおこない、対策を考え、文書にまとめます。現地調査は最低でも1年間です(1年では情報の集まらない項目もあるはずですが)。この文書を準備書を呼びます。
準備書の記載内容に対しては市民や市町村・県知事から意見を提出できることが環境影響評価法で定められています。この準備書での意見提出が、公衆が事業者に対して意見を述べる最後の機会となります。
事業者は、公衆や都道府県知事からの意見をもとに準備書を書き換えてゆきます。この準備書を書き換えてゆくプロセスが、環境影響評価の核心といわれています。
準備書を書き換えたものは評価書と呼ばれます。さらに担当大臣から意見(実際には環境省からの意見)が出されて評価書が補正されます。補正後の評価書を公表することにより、環境影響評価は終了となります。
準備書を書き換えたものは評価書と呼ばれます。さらに担当大臣から意見(実際には環境省からの意見)が出されて評価書が補正されます。補正後の評価書を公表することにより、環境影響評価は終了となります。
以上の通り、環境アセスメントは単なる規制とは異なり、事業者が公衆との対話を通じて環境保全措置を生み出してゆく制度です。そのため、事業者や監督機関は情報の徹底的な開示を行うことが不可欠です。
ところがリニア計画においては計画が固まっていない段階-大雑把なルートが幅3㎞の帯で示されただけ-でアセスに踏み切ったため、方法書では詳細な情報が開示されていませんでした。これではコミュニケーションの成り立ちようがありません。
JR東海は「詳細な情報は準備書作成段階で明らかにする」と繰り返していますが、以上の通りアセスの流れから見れば遅すぎます。準備書段階では、既に現地調査や予測・評価は終了しているからであり、調査手法や場所に意見を述べたくても既に「後の祭り」だからです(寄せられた意見を基に、再度調査を行うというのなら話は別ですが)。
その3 実際の事業実施区域の選定過程が不明
JR東海によると、方法書において3㎞幅で示されたルートから、路線や駅の位置を決定し、調査範囲(実際の工事箇所を中心として600m以内)を定め、調査・予測・評価を行うとしています。
何だかヘンだと思われませんか?
3㎞幅より実際の路線(工事箇所)を決めてから600m幅を調査するとしています。何を判断材料として工事箇所を決めるのでしょう?
順序が逆なんですよね。
常識的に考えて、3㎞幅から実際の工事箇所を絞り込む過程こそが、「環境に配慮した路線の位置決定をおこなう」という環境アセスメントの目的であるはずです。
ところで、JR東海は今年秋に準備書を公表するとしていますので、実際の調査・予測・評価は1年程度で終わることになります。1年で調査・予測・評価を終わらせるためには、現地調査の開始以前から実際の路線の位置が決まってなければ日程的には不可能です。もし最初から路線の位置が決まっていたら…アセスメントの結果は最初から出ていたことになります。
ちなみに現地調査をおこなう範囲は、工事箇所から600m以内を予定しているということですが、この600mという数値は「整備新幹線の事例を基にした」というだけで、リニア建設予定地においても意味をなすものだとはいえません。
その4 複数案を検討していない
「超伝導リニア方式」「南アルプスを貫く」といったことは国鉄時代から計画されていて、JR東海がそれをそのまま引き継いだ形になっています。言い換えれば、これ以外の”より環境に良いであろう”案は検討していません。
「超伝導リニア方式」「南アルプスを貫く」といったことは国鉄時代から計画されていて、JR東海がそれをそのまま引き継いだ形になっています。言い換えれば、これ以外の”より環境に良いであろう”案は検討していません。
その5 東京~名古屋のうち15%の区間は環境アセスメントをおこなわずに完成した
将来営業路線に転用する山梨リニア実験線42.8㎞がこのほど完成しました。この区間については環境アセスメントを定めた現行の環境影響評価法(1997年制定)はもとより、それ以前のアセスメント規定である閣議アセスメント要綱すら適用されていません。→詳しくはこちら
将来営業路線に転用する山梨リニア実験線42.8㎞がこのほど完成しました。この区間については環境アセスメントを定めた現行の環境影響評価法(1997年制定)はもとより、それ以前のアセスメント規定である閣議アセスメント要綱すら適用されていません。→詳しくはこちら
すなわち、東京~名古屋286kmのうち15%の区間が、環境アセスメントを行われずに完成することになります。
なお、1990年ごろに現地調査のようなものも行われたようですが、それによってどのような環境配慮がなされたのか、公衆との意見交換が行われたのか、実際に引き起こしてしまった水枯れを回避できなかったのか…など肝心のことは何一つ明らかにされていません(単に、建設上、走行実験データ取得上の基礎調査をおこなっただけのようですが)。
その6 環境アセスメント終了後に新型車両L0系での走行実験をおこなう
JR東海は、2013年秋に準備書を公表するとしている一方、2013年秋から2016年度にかけて、営業用新型車両L0系を用いて最大12両編成での走行実験をおこなうともしています。
準備書が公表される正確な日時はわかりませんが、日程を考えると、L0系・12両編成での走行実験結果が記載されるのは不可能です(そもそも実験終了の2016年度というのは着工予定2014年度よりも2年先!)。ですからこれまでのMLX01等による、最大5両編成での走行に基づく予測や対策が記載されることになります。
したがって万が一、今後の新型車両12両編成での走行実験で新たな環境への影響が判明し、それへの新たな対応が必要となっても、準備書には反映できなくなってしまい、外部からの法律に基づく意見提出も不可能(事業者側から見れば不要)になってしまいます。
したがって万が一、今後の新型車両12両編成での走行実験で新たな環境への影響が判明し、それへの新たな対応が必要となっても、準備書には反映できなくなってしまい、外部からの法律に基づく意見提出も不可能(事業者側から見れば不要)になってしまいます。
しかも環境影響評価法31条の規定により、アセス終了後の事業変更は、特に大きく内容を変える場合を除き、再度のアセスを不要としています。
これは環境アセスメント制度の本質にかかわる大きな問題であり、現在着工されている北陸新幹線で実際に問題を引き起こしています。詳しくはこちらをご覧ください
その7 環境アセスメントの開始以前に現地調査が始まっている
方法書を公表して、公衆や自治体から意見を受け付けてからでなければ調査方法は確定できないはずです。それに文献調査ならともかく、ボーリング調査など重機を使用する現地調査の場合、騒音等によりその場所の環境をアセス本番の前に乱してしまう可能性もあります(愛知万博のアセスで問題視された)。
しかしJR東海は2008年から長野県大鹿村でボーリング調査を行うなど、事前調査を開始しています(ボーリングの穴からはいまだに水の流出が止まらないらしい)。これは論理的に考えておかしなことです。
その8 243㎞もの区間での現地調査を1年で終わらせるのは可能なのか
調査員をどれだけ動員するのかにもよりますが、本当に可能と考えているのでしょうか。
例えば南アルプス山岳地帯の場合、ベテラン登山者でなければ登山道を歩くこともままなりません。まして植生調査や水生動物調査などは、登山道から外れた森林内、崖、渓流なども調査対象にしなければ意味がありません。2011年9月に南アルプスを直撃した台風15号の影響もあるでしょう。たった1シーズンの調査でどの程度の範囲を踏査できるのでしょうか。
これを考えただけでも、かなり無理のある日程だと思います。
あるいは大気環境(騒音の伝播等に関連)調査は四季×1週間おこなっているようですが、その間の気象条件が現地の気候を反映しているとは限りません。例えば今年3月上旬は異常高温が継続しましたが、もしこの時期が観測期間に該当していたら、得られた異常高温のデータが現地の気候という結論になってしまいます。また北海道を除いてサクラが異常に早く開花したように、動植物の生態にも異変が生じている可能性もあります。
動植物の生態、地下水位の変化など季節による変化のある項目を知るためには、数年間の継続的な観察が必要だと思います。南アルプスのように既存データが少ない場所ならなおさらです。
その9 南アルプスの自然環境に対する評価が不自然
国土交通省での審議段階から付随する問題点です。
南アルプスは、日本で最大級の、人工的な改変の少ない山岳地域であり、その点に大きな価値があります(2010年環境省はこの点に着目し、国立公園区域の拡張を決定しています)。ところが国交省にしろJR東海にしろ、あくまで「ルート上での自然環境の豊かな場所」という位置づけであり、全国的な視点、わが国の自然保護制度上からの視点が完全に欠落しています。視点によって必要な対策や保全措置は大きく異なってくるはずです。
その10 環境アセスメントを簡略化させようという動きが活発
沿線自治体が「リニア中央新幹線建設促進期成同盟会」という組織を結成して推進しているため、環境アセスメントその他様々な手続きを簡略化させようという声が盛んにあがっています。前代未聞の事業に対し、この姿勢はおおいに疑問があります。
詳しくはこちらをご覧ください。
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その11 公衆・国民不在
パブリックコメント無視およびその説明の欠如、多くの懸念意見への無回答、「その2」「その3」のように意思決定過程の不透明さなど、挙げればキリがありません
リニア計画は環境面から見て、
環境影響評価法が1997年に制定されてから最大級の規模であり、
南アルプスという日本最大級の原生的な空間を大きく改変し、
500㎞/h走行や大深度地下トンネル、磁界など前例のない要素を多く含む
という、前代未聞の事業です。環境アセスメントも前例のないほど丁寧に行うのが当然ではないのでしょうか?
参考文献 原科幸彦(2010)「環境アセスメントとは何か」 岩波新書
環境アセスメントを学ぶうえで、非常に役立つ本です。