山梨県の巨摩山地での水収支解析結果が24日になって公表されました。水収支解析とは、トンネルを掘った際の地下水変動を予測し、近傍の湧水や河川流量にどのような変化を及ぼすか見通しを立てるというものです。
図1 大柳川の位置
図の右端「第四巨摩隧道」が交差する川
図2 大柳川の地図
トンネルをぶち抜けば水が出るということで、湧水や河川流量が減るかもしれない…この懸念は前々から指摘されていたはずです。たぶん図2のように流れて行ってしまうはず。ところが環境影響準備書においてJR東海は、なぜか具体的な数字を示すこともなく、「影響は小さくできる」と結論付けていました。
具体的な拠り所もなく、漠然と「影響を小さくできる」としても、それでは何の信頼もおけません。そこで2014年3月に出された準備書に対する山梨県知事意見では、巨摩山地から流出する「大柳川と南川」と名指ししたうえで、「評価書に予測結果を記すこと」と明記していました。JR東海は素直のに応じぬままに事業認可を受け、結局、1年9ヵ月もたってからの公表となりました。
で、知事意見に応じないのはおかしいってことで、このブログで再三批判してまいりました。そこで結果がようやく出されたのですから、検証してみました。
【結論】
大柳川、マジでやばいんじゃないの?
JR東海は余禄結果を次のようにまとめています。これによると、
1、湧水への影響はほとんどない。
2.河川流量は2割程度減少するがたいしたことがない。
ということで、影響は小さいとしています。
私の頭では、試算の手法についてとやかく言う知識は持ち合わせておりません。しかし、河川流量への影響が小さいとする結論を導いた論理には、報告書の構成からみて不審な点があります。
●疑問1
「大柳川では2割減少」としている予測地点は、トンネルより3.5㎞ほど下流の農業用取水堰である。大柳川には、トンネルとの交差部分からここまで流下する間に、トンネルの影響を受けない範囲からの水が加わっている。ならばトンネルとの交差部分に近い部分での減少率は、もっと大きい可能性がある。
大柳川の流れは、トンネルで水を取られてから予測地点まで流下する間に、この8250㎡の範囲から水の供給を受けることになります。具体的な地名をあげれば、右岸(南側)の支流(梨木沢、味噌根沢)から水が加わった分を差し引けば、本流筋の減少はもっとひどいはず。
どのくらいになっているのか、机上の空論ですが、簡単に見積もってみます。
国土地理院の地形図閲覧サービス「うぉっちず」では、画面上で面積を見積もる機能が用意されています。非常にありがたい機能ですね(注)。これを利用します。
(注)これまで面積を求めるには、地形図にトレーシングペーパーで輪郭を写し取り、プラニメーターという特殊な道具を用いて測定するか、それがなければ方眼紙をあててマス目を数えるという非常に面倒な作業が必要でした。30分はかかっていた作業が1分で完了し、しかも自由に範囲を変更できるようになったので、実にありがたい。
まず、流量予測している地点をAとします。このA地点における流域面積は25650㎡という結果が出ました。このうちトンネルより下流で、なおかつトンネルによる減水を受けにくいとされる範囲の面積は、JR東海の資料から大雑把に、8000~8500㎡平方キロメートルと見積もられます。間をとって8250㎡とします。また、この領域をSとしておきます。図3において、緑色の点線で囲った範囲です。
図3 流量予測地点とトンネルが水を引き込む範囲との関係
水収支解析結果より作成
Bの右上で領域Sと水を引き込む範囲が交錯しているが、これは作者の作図ミス。
ここで、流量は流域面積に比例すると仮定します。つまり、「水を集める範囲が広いほど流れる水の量は多い」ということにしておきます。
領域Sはおおよそ8250㎡なので、Aでの流域面積の3割となります。現状0.88㎥/sの3割が領域Sからの供給とすると、0.26㎥/sと見積もられます。差し引くと、B付近での現況流量について0.62㎥/sという値になります。
ここにトンネルができると予測地点では0.728㎥/sに減少するという予測になっています。Bに至るまでにで水が吸い取られ、そこからA地点まで0.26㎥/sが加わった値です。領域Sはトンネルの影響を受けない。ということは、0.728㎥/sから0.26㎥/sを差し引いて、B付近の流量は0.464㎥/sにまで減っていることが推定されます。
0.62㎥/sが0.464㎥/sになる
これって、現況の3/4にまで減ることになっちゃいます。
やばいんじゃないの?
河川流量の頻度分布は一次関数ではなく指数関数で表されるため、本来は「年間○○日はこの流量を維持している」というような表現をせなばなりません。しかしリニアの評価書は、どこの県でもそうした説明を欠いているので、「現況値」がどのような意味をもつのか、正確には分かりません。静岡県内でのやり取りによると、JR東海の予測において現況値とは年間平均を意味しているとのことでしたが、やっぱり意味不明。
その点は横に置いといても、やっぱり年平均で「3/4にまで減るの」はヤバイでしょう。冬の渇水期や空梅雨にはもっと減るはずですから。
予測地点に農業用水の取水堰を選択したこと自体は、水資源への影響を見定めるという観点より、間違ってはいません。しかし河川の水の価値は、農業用水だけでなく、景観や生態系維持など様々な角度で論じられるべきです。
大柳川とトンネルとが交差する地点のすぐ下流は「大柳渓谷」とよばれる景勝地になっているようです。その渓谷美が大きくダメージを受けてしまうのではないでしょうか?
もっとも、これはあくまで机上の理論。しかも推定に推定を重ねたシロートの予測。全くアテにならないと言われても反論の余地はありません。この予測の前提は「各支流の比流量は一定」ですけど、実際には谷の深さ、森林の状態、土壌条件、地質などを考慮せねばなりませんが、全て無視しています。JR東海のおこなったシミュレーションには、これらの要素は考慮されているものでしょう。
けれども、一番影響を受けそうな「トンネル頭上付近の大柳川本流」の流量について、JR東海は一言も語っていないのだから、こうやってムチャな推測を重ねるしかない。
●疑問その2
大柳川における予測地点のすぐ下流で北から支流(清水沢)が流入している。周囲の集落における飲料用水は、この清水沢にも依存していると評価書には記載されているが、そこに与える影響は示されていない。
流量予測結果を公表したのはこの地点です。図2をよく見ると、そのすぐ下流で北から沢が流入しています。清水沢といって、合流点のすぐ上には滝があり、検索してみるとちょっとした名所になっているとのこと。
この清水沢流域を、リニアのトンネルがごく小さな土被りでくぐりぬける計画になっています。トンネルの谷底からの深さ(土被り)は、縦断面図からは50m未満になりそうです。この数字、実際に河川の枯渇を招いた山梨実験線棚の入沢よりも小さい。したがって清水沢の流量に影響を及ぼす可能性が考えられます。
図4 大柳川支流清水沢とトンネルとの位置関係
事業認可申請書類より複製・加筆
いっぽう環境影響評価書によると、この清水沢からは大柳川中下流地域の飲料用水が取水されているそうです。
上水源となっている沢で、水の減少が容易に想像されるのですから、そこでの予測は重要なはず。
けれどもこのたびの「水収支解析結果」では、清水沢に与える予測結果は示されていません。何かおかしくないでしょうか?
●疑問3
大柳川のトンネル交差部や清水沢での予測は「やっているはず」
図を複製するのが面倒なので、いちいち引用はしませんが、解析結果の資料によると。両地点ともに予測の妥当性を検証するためとして、シミュレーション自体は行っているとしています(同資料の表3と図5)。だったらその予測結果も示すべきでしょう。
●疑問4
なぜ公表がこんなに遅い?
同じく解析結果の表3と図5によれば、流量の観測は平成18年から始めていたとのこと。だったらシミュレーション結果は、知事に指摘されるまでもなく準備書に載せることができていたはず!
なお、もしもこのブログをJR東海か行政関係の方がご覧になっていて「わけのわかんねえホザくんじゃねえ!」とお感じになったら、ぜひトンネル頭上での試算結果も示してくださるよう、それからなぜ公表が遅れたのかご説明くださるよう、よろしくお願いいたします。