リニア計画における環境配慮や情報公開の妥当性を、根本から疑ってしまう話です。以前、「南アルプスは裁判に馴染まないんじゃないか?」と書きましたが、この疑問については、焦点を当てるべきかもしれません。
環境影響評価書においては、南アルプス区間の大井川はじめ大柳川(富士川町)、小河内川(大鹿村)で大幅な流量の減少が予想されました。
現時点までにJR東海が考案した対策は、トンネルから大井川に向けて湧水を流すための導水路を建設し、下流の水資源対策とする案を除くと、施行時に防水シートを設置する、薬液注入を行うといった工法の提示にとどまっています。「薬液注入」で検索すると、トンネル工事のみならず、土木工事に広く用いられていることが分かります。特別な環境保全措置でなく、一般的な工法の範疇を出ないようです。
大井川の導水路案については、導水路出口より上流側における河川環境(生態系・景観・釣り場・ユネスコエコパーク構成要素としての価値)および発電用水の保全には役立たないため、根本的な対策にはなりません。
⇒そればかりか、発生土の増加、改変区域の増大、導水路頭上での沢への影響など、余計な環境負荷も加わる。
このままでは、トンネル近傍の河川環境と水資源に対し、不可逆的な被害を与える可能性が高いわけです。
⇒回避可能なら山梨実験線での水枯れなんておきなかったはず。
これだけ広範囲に影響が及ぶのであれば、公益を害すると言っても過言ではないような気がします。
ところで、
いつから予見されていたのでしょう?
そして、
ルート選定過程において考慮されていたのでしょうか?
振り返ってみましょう。
大井川での流量予測結果を公表したのは、平成25年9月18日公表の環境影響評価準備書においてです。それまではほとんど論点にされておらず、準備書が公開されて初めて大騒ぎになりました(⇒当時の静岡新聞)。ところがこの試算結果については、単に数字が羅列されていただけであり、詳細は全く不明でした。その後、県知事意見を踏まえ、翌平成26年4月23日の評価書において、大井川水系4地点に対する渇水期における試算結果が公表されました。しかし、相変わらず詳細が不明なシロモノであり、試算結果と実測流量との整合性を示したグラフが出されたのは8月29日の補正評価書。つまりは事業認可申請と同じタイミング。
そのグラフがこちら。
静岡版補正評価書 資料編「水資源」のページより複製・加筆
ここで注目していただきたいのは、河川流量を観測していた時期です。一番古いデータは「平成18年豊水期」となっています。
ん?
何か妙ではありませんか?
JR東海が取締役会で中央新幹線構想を公表したのは平成19年4月26日。
つまりリニア構想の発表前から大井川での流量観測をしていたんですよ。
また、平成26年11月18日に静岡市で開かれた工事説明会で、この流量観測とは、旧運輸大臣による調査指示に基づくものであることを、JR東海の担当者が説明しています。
⇒当時のブログ記事
http://rdsig.yahoo.co.jp/blog/article/titlelink/RV=1/RU=aHR0cDovL2Jsb2dzLnlhaG9vLmNvLmpwL2ppZ2l1YThldXJhbzQvMTM0MDU3MDMuaHRtbA--
(このときJR東海側は録音をしていたので、記録は残っているはず。)
⇒当時のブログ記事
http://rdsig.yahoo.co.jp/blog/article/titlelink/RV=1/RU=aHR0cDovL2Jsb2dzLnlhaG9vLmNvLmpwL2ppZ2l1YThldXJhbzQvMTM0MDU3MDMuaHRtbA--
(このときJR東海側は録音をしていたので、記録は残っているはず。)
運輸大臣から調査指示が出されたのは、さらに19年も前の昭和62年2月。この間、ずっと調査をしてたのでしょうか…?
関連事項について時系列に並べてみます。
S62年 2月 運輸大臣が日本鉄道建設公団に対し、甲府~名古屋市間での地質・地形調査を指示。
H18年 豊水期 JR東海は大井川水系での流量観測を行っていた。
H19年 4月26日 JR東海はリニア構想を発表。
H20年10月22日 JR東海は地質・地形調査報告書を国土交通省に提出。
H22年 2月24日 前原国土交通大臣は交通政策審議会へ諮問。鉄道部会中央新幹線小委員会が発足。
10月20日 第9回中央新幹線小委員会にて、沿線における環境・地形・地質の状況について審議。この日の提出資料に大井川での流量観測結果や利水状況について言及されたものは用意されていない。
H23年 5月27日 南アルプスルートでの中央新幹線の建設指示。
H19年 4月26日 JR東海はリニア構想を発表。
H20年10月22日 JR東海は地質・地形調査報告書を国土交通省に提出。
H22年 2月24日 前原国土交通大臣は交通政策審議会へ諮問。鉄道部会中央新幹線小委員会が発足。
10月20日 第9回中央新幹線小委員会にて、沿線における環境・地形・地質の状況について審議。この日の提出資料に大井川での流量観測結果や利水状況について言及されたものは用意されていない。
H23年 5月27日 南アルプスルートでの中央新幹線の建設指示。
6月 7日 配慮書を公表。アセスの開始。
9月27日 準備書の公表。試算結果を公表。
H25年 9月18日 準備書の公表。大井川において”河川流量”が大幅に減少するとの試算結果が明らかになり、流域に強い懸念が生じる。
H26年 4月23日 評価書を公表。大井川における渇水期での試算結果が明らかになる。
8月29日 補正評価書が公告され、アセス手続きが終了。少なくとも平成18年から河川流量を観測していたことが判明する。
10月27日 事業認可。
11月18日 静岡市での工事説明会において、流量観測とは旧運輸省の指示で行われていたことが判明。
9月27日 準備書の公表。試算結果を公表。
H25年 9月18日 準備書の公表。大井川において”河川流量”が大幅に減少するとの試算結果が明らかになり、流域に強い懸念が生じる。
H26年 4月23日 評価書を公表。大井川における渇水期での試算結果が明らかになる。
8月29日 補正評価書が公告され、アセス手続きが終了。少なくとも平成18年から河川流量を観測していたことが判明する。
10月27日 事業認可。
11月18日 静岡市での工事説明会において、流量観測とは旧運輸省の指示で行われていたことが判明。
H27年 4月27日 JR東海は大井川において導水路を建設する意向を発表。
一連の流量観測が、トンネル掘削上の難易度に関係すると予見して行われたのか、あるいは流量減少により水利権や河川法等の問題が起こると予見して行われたのか、それはわかりません。
しかしJR東海あるいは国は、南アルプスにトンネルを掘るにあたり、トンネル工事と河川との間に、何かしら関係があると予見していたことだけは事実です。そうでなかったら手間とコストのかかる流量観測なんてやるはずがない。
その事実および観測結果を早期に明らかにしていれば、ルート選定のための重要な情報として活用することが可能であったはずです。A,B,Cの3ルートを審査していた中央新幹線小委員会において、ルート選定のための情報として提供することも可能であったし、また、そうすることべきだった。そのために国が流量観測を指示したはずでしょう。
当時の資料を貼りつけますが、こんな安っぽいパンフみたいなもので実質的な審議なんてできるはずがない。
なぜ河川流量や水資源に関する情報が1行も出ていない?
流量観測結果はどこに行った?
第9回中央新幹線小委員会(平成22年10月20日)資料
第2回中央新幹線小委員会(平成22年4月15日)資料
また、山梨県富士川町の大柳川についても全く同じことが言えます。要点を時系列に書き並べます。
・少なくとも平成18年から流量観測を継続。
・準備書においては、早川町の内河内川だけ試算結果を公表。大柳川などそのほかの河川については結果を公表していない
・準備書への知事意見では「富士川町内の大柳川・南川についても評価書に試算結果を記載すべし」との内容
・しかし答えないまま事業認可
・事業認可から1年以上を経た平成27年12月になり大柳川についての試算結果を公表。同時に、平成18年の時点で流量観測を行っていたことが判明。
・準備書においては、早川町の内河内川だけ試算結果を公表。大柳川などそのほかの河川については結果を公表していない
・準備書への知事意見では「富士川町内の大柳川・南川についても評価書に試算結果を記載すべし」との内容
・しかし答えないまま事業認可
・事業認可から1年以上を経た平成27年12月になり大柳川についての試算結果を公表。同時に、平成18年の時点で流量観測を行っていたことが判明。
さらに、長野県大鹿村の小渋川流域でも、少なくとも平成19年から流量観測を継続しています。
これらの事実から、結局、国は大井川はじめ南アルプスの川に甚大な影響を及ぼすことを予見したうえで南アルプスルートを選定し、アリバイ的な「小手先の対策」でごまかせば良いと考えていたと考えざるを得ません。