長野県での南アルプストンネル工事をめぐり、JR東海が場当たり的な説明を貫き通した挙句、行政にすら事情を知らせずに発生土置場を選定したり、トンネル工事を10月に始めるという表明をしたりと、今まで以上にメチャクチャな状況になっているようです。
朝日新聞 長野県版
リニア残土搬送地 JR明示 町は困惑「決まっていない」
http://tozansyarinia.seesaa.net/upload/detail/image/160830E69C9DE697A5E696B0E8819E-thumbnail2.jpg.html
リニア残土搬送地 JR明示 町は困惑「決まっていない」
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私の知る限りでは、JR東海は、関係する地域の住民が自社の計画についてどのように考えているかを調べた形跡はないようです(ちなみに用地買収は全て自治体に丸投げ)。それなのに「ご理解いただきました。では工事を始めます」では、一方的という指摘を受けても致し方ないだろうと思うのであります。
混乱の極みにあるのが大鹿村内での説明会。
信濃毎日新聞
「住民理解」への協議揺らぐ 大鹿村釜沢のリニア関連説明会
http://www.shinmai.co.jp/news/nagano/20160830/KT160829ATI090012000.php
「住民理解」への協議揺らぐ 大鹿村釜沢のリニア関連説明会
http://www.shinmai.co.jp/news/nagano/20160830/KT160829ATI090012000.php
聞くところによると、26日に行われた大鹿村内での集落別工事説明会では、別集落の人物を参加させる/入れないで対象集落の住民とJR東海担当者とが対立し、JR東海の一方的判断で対象集落の自治会長を排除して説明会を強行するという、奇妙なことをやっていたそうです(そのうえ、その後の村での対策委員会でも審議内容をめぐり紛糾しているとか)。
これについてはリニア計画に反対している市民グループ「リニア新幹線沿線住民ネットワーク」が29日付で抗議声明を出したようです。
JR東海は、地区ごとの説明会では、住民と土地所有者だけに参加資格があるとしています。どこの県でも同じようですから、住民との取り決めに基づくのではなく、JR側の一方的な主張なのでしょう。けれどもこのような方式だと、様々な知識を持ったJR東海側のやりたい放題になることは容易に想像がつきます。JR側は土地取引などの専門チームを構成しているでしょうが、対峙する住民側は、専門家どころか友人や親戚を同居させることもままならぬようなので。
詳細な事情を知らぬ者としては、これ以上の言及は避けますが、住民の理解を得ようという姿勢は全く感じられないし、まして合意形成など論外。もっとも、全国新幹線鉄道整備法第10条とか11条を振りかざせば、こんなものでは済まないのですが…
そんなJR東海ですが、このゴタゴタのあった前日、社長がこんなことをおっしゃっていたようです。
「国の不介入「文書に」 JR東海社長、リニアで要望」
朝日新聞デジタル 8月26日(金)5時20分配信
朝日新聞デジタル 8月26日(金)5時20分配信
国から低利融資を受け、リニア中央新幹線の大阪延伸を最大8年前倒しするJR東海の柘植康英社長は25日の記者会見で、「経営の自主性を国と結ぶ約定や契約で定めていきたい」と話した。財政投融資制度による支援を背景にルートや料金などに介入されるのを避けるため、文書での確約を国に求める。
柘植氏は「経営の自由を束縛されることは受け入れられない」と強調。「国にも十分理解を頂いている」としつつ、長期にわたる工事中に政権が代わっても約束がほごにされないようにしたい考え。具体的な文言は今秋をめどに調整する。
国土交通省鉄道局の担当者は取材に「不介入を文書に盛り込む具体的な話はしていない」と話した。
これに対し、リニアの大阪同時開業のために関西地域の推進運動に関わっていた関西地区の大学の先生は次のようなコメントを出しておられました。
http://rtpl.ce.osaka-sandai.ac.jp/ByRail/?p=5241
http://rtpl.ce.osaka-sandai.ac.jp/ByRail/?p=5241
●リニアは全国新幹線鉄道整備法法に基づくため国策以外の何物でもない。
●カネさえ出せば何事も事業者の自由になるわけではない。
●公的資金を使う以上、その目的や条件を考慮する必要がある。
●カネさえ出せば何事も事業者の自由になるわけではない。
●公的資金を使う以上、その目的や条件を考慮する必要がある。
おそらくこの先生は、リニアを早く大阪まで開業させたいというお考えから、国策として早期全通すべしとの思いでコメントを出されたと解釈しますが、国策であるのなら、公共事業としての責任つまり地域社会の維持、地域振興、利害調整、それからもちろん環境保全―地域の事情に合わせた―なんかを十分に考え、最大限の”公共の福祉”(ないし、不幸の最小化)を追求せねばならないはずです。国策なのに「関西のためにはよ造れや」ではダメでしょう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ところでご理解とか、地域振興といった言葉で思い出しましたが、ここ大鹿村は、南アルプスユネスコエコパークの登録地域。そんなところで”国策”リニアを建設するわけです。
JR東海は、「移行地域内では経済活動が認められるから工事をおこなえる」というような主張を続けています。
ユネスコエコパークについてのJR東海の見解
環境影響評価書 長野県編より複製・調整
特に赤く囲った部分にご注目ください。ここには、次のように書いてあります。
「工事の実施段階には大鹿村と情報交換に努め、できるかぎり本事業とユネスコエコパーク計画との整合性を図る予定であり、「緩衝地域を支援する機能」や「自然環境の保全と調和した持続可能な発展のためのモデルとなる取組の推進」を阻害しないように計画できるものと考えている。
ユネスコエコパーク計画とは、管理計画のことだと解釈します。その管理計画との整合性を図るとか、阻害しないようにと書いてありますから、JR東海としてはリニア建設事業は、ユネスコエコパーク計画の外部に位置付けており、自らは当事者ではないと主張しているわけです。(じっさい、管理体制が整えられつつある静岡市側でも、特種製紙や中部電力と異なりJR東海は全く関わりがない)。
これはおかしい。
リニアの建設工事は、着工から完成まで10年近くを要し、何百人もの作業員を動員し、工事に関係する地域には否応なく負担が押し付けられることとなりますし、構造物の出現、河川の流量減少など、復元不可能な自然への影響も予想されるところです。一度、大々的に破壊した森林を元に戻すにも数十年という時を要するでしょう。財政的に見ても、構成自治体である大鹿村や早川町の年間予算の何十倍もの金額が投じられることになります。
言い換えれば、今後数十年の間は、経済的にも物理的にも、地元の意図とは無関係に、ユネスコエコパーク登録地域内における最大規模の事業であり続けるのです。
そんな最大事業がユネスコエコパーク管理計画の枠外に置かれるのなら、管理も保全も何もできなくなってしまいます。事業者の意思決定が不透明である以上は、ユネスコ本部への報告および照会にも返答することが困難になってしまうでしょう。そんなわけで、当事者意識が全くないのは困ります。関わるのをを避けているのではないかと疑ってしまいます。
また、環境影響評価書にはユネスコエコパーク登録審査基準として下段に表を掲げていますが、なぜか経済活動について重要な部分がカットされています。この部分を貼り付けます。
生物圏保存地域(ユネスコエコパーク)審査基準
文部科学省ホームページより複製・調整
赤く囲ったのが経済活動に際して肝心な部分。特に(5)のところ。
・生物圏保存地域の管理方針や計画の作成及びその実行のための組織体制が整っていること。
・組織体制は、自治体を中心とした構成とされており、土地の管理者や地域住民、農林漁業者、企業、学識経験者及び教育機関等、当該地域に関わる幅広い主体が参加していること。
・生物圏保存地域が有する価値を確実に保全管理していくための包括的な保全管理体制が整っていること
・組織体制は、自治体を中心とした構成とされており、土地の管理者や地域住民、農林漁業者、企業、学識経験者及び教育機関等、当該地域に関わる幅広い主体が参加していること。
・生物圏保存地域が有する価値を確実に保全管理していくための包括的な保全管理体制が整っていること
ふつうの読解力でこの基準を読めば、ユネスコとしては、登録地域において住民が地域の環境を将来にわたり保全してゆくために、移行地域内での経済活動に積極的に関わってゆくことを求めていると、解釈できると思います。
そういう制度なのだから、その登録地域内の最大事業―リニア中央新幹線整備計画―のあり方について、「当該地域に関わる幅広い主体が参加し」、「管理方針や計画の作成及びその実行のための組織体制」を築くのは当然だと思います。
その事業に登録地域内の住民が参画できないとするJR東海の考え方は、登録地域における環境保全の概念を真っ向から否定していると言わざるを得ません。まして”国策”に位置付けられるべきとする事業が国際ルールや公共精神を失ったらシャレにならない。
これは本当におかしい。
JR東海が、住民排除を画策するのであれば、そもそも住民参画を定めた以下の組織に文句を言うべきではないでしょうか?
国連教育科学文化機関
United Nations Educational Scientific and Culture Organization
あるいは、「ユネスコエコパークはリニア計画には合致しない!邪魔だ!」として、関係市町村および文部科学省、環境省、ユネスコ国内委員会などに登録抹消を呼びかけるべきかもしれません。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
もっとも、ユネスコエコパークの概念など持ち出さずとも、環境保全に住民を積極的に参画させるのは当然のことでしょう。
JR東海は、環境に配慮しながら工事を進めるという言い方を繰り返しています。しかし守るべき、あるいは望む環境というものは、個々人によって大きく異なると考えるのが常識です。
例えばリニア建設工事の騒音を「発展への槌音」などとしてあまり気にしない人もいれば、その工事自体を嫌う人にとっては、例え環境基準以下であっても耐えがたい苦痛になるかもしれない。工事をなるべく早く安く済ませたいなら、なるべく対策費用を抑えたいので、そこで住民との軋轢が生じる。
騒音のように環境基準が定められている事項であっても、基準をただ守っているだけでは万全とは言えないのです。(そもそも山奥の大鹿村に、都市の幹線道路用の基準を当てはめて適合しているとするJR東海の主張には無理がある。)
まして生物および生態系といった基準を定めようのない事項については、杓子定規で定められるはずがない。景観なども、受ける印象は個々人の価値観でバラバラでしょう。
だからこそ話し合いの場において、保全すべき環境の姿について議論し、一定の合意を得るべきであると私は考えます。っていうか、物事を決めるための常識なんじゃないのかな? 北陸新幹線では、それがある程度は機能した(かも)
ゆえに合意形成を目指さずして「環境を保全してゆく」という表現を用いている以上、JR東海が守ろうとしている環境の姿とは、あくまで「JR東海の都合に合わせた環境像」ということになるのでしょう。
こんな会社に義理立てする必要はないんじゃないのかな?