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Channel: リニア中央新幹線 南アルプスに穴を開けちゃっていいのかい?
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トランス・サイエンス問題 「ご理解ください」は科学・技術コミュニケーションの欠如モデル

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まるで幕末のペリーによる砲艦外交のような感じで、南アルプス横断トンネルの長野県大鹿村側での工事許容となる、来月1日に”起工式”をおこなう予定だそうです。

JR東海や大鹿村行政は、村民の理解が深まったとしています、

◇   ◇   ◇   ◇   ◇ 


突然ですが、捕鯨論争とよばれるものを頭に浮かべてみてください。


国際会議の場などでは、個体数や体長など、一見すると科学的な論争をしています。けれどもその実、捕鯨に反対する側の主張は「クジラはヒトと同じように賢く社会性を持つ動物だ。捕って食べてしまうなんてザンコク極まりない!」というところにあるのだから、捕鯨を再開したい日本などがいくら科学的なデータを出そうとも、「感情VS科学」のような構図になるのだから、最初から話がかみ合うはずがありません。

もっとも捕鯨を再開したい日本人の側だって「クジラを捕るなという欧米人だって、昔はさんざん捕っていただろう。それに牛や豚はもとよりカンガルーなんぞ食べてしまうのはザンコクではないのか?」という感情がどこかにあるに違いない。すると捕鯨論争は、一見、科学的論争に見えながら、実際には動物愛護精神、歴史観といった感情を抜きにして考えることは不可能ではないかと思うのであります。


つまり、捕鯨論争は科学的に問うことはできても、科学的判断だけでは答えが出せない問題であるといえます。科学・技術と社会との接点で生じるこうした問題について、1972年に米国の核物理学者であるワインバーグ(Weinberg)という人物は、「トランス・サイエンス」と名付けました。


元来、別々の概念であった科学と技術が結びつき、社会に強い影響を及ぼすようになってから、トランス・サイエンスの問題は増える一方にあります。食の安全、医療・福祉、ネット上の諸問題、公害、自然破壊、資源管理、疑似科学など、考え出したらキリがありません。


原子力発電所の問題などは典型例でしょう。例えば使用済み核燃料の処分について、その適切な処分地や処分・管理方法を科学的に判断することは可能かもしれないけれども、現世代のツケを将来世代(数万年というのは未来永劫に等しい)に回すという宿命の是非は、科学ではなく倫理を伴わなければ判断することはできないと思います。
◇   ◇   ◇   ◇   ◇ 


ところで、科学・技術の専門家と、専門知識を持たぬ社会とが意思疎通を図ることを科学技術コミュニケーションとよびます。



この科学技術コミュニケーションは、かつては「一般人は正確な科学・技術の知識が欠如した状況にある。だから正しい知識を注入すれば、科学・技術への不安、懸念、心配、反対などは一掃できる。」という考え方が主流であったそうです。行ってみれば、「ご理解ください・ご安心ください」のモデルです。「説明会をしました。ご理解いただけました」というわけで、お役所などとしては実に都合のよい論理であります。


ところが次第に、従来型の「ご理解ください」では一般市民の「ご理解」がいただけなくなる事態が顕著になってきます。特に


・未知のリスク
・専門家に対する不信感が強い場合
・その科学・技術がもつ社会的背景への疑問が強いとき


には、「ご理解ください」は、全く無意味であることが明らかになってきたのです(一般人の感覚としては当前だと思うのだけど)。このため従来型の「ご理解ください」というタイプについて、英国の科学評論家ブライアン・ウィンは「科学・技術コミュニケーションの欠如モデル」という名称が与えられました。


欠如モデルが社会的に広く認知されることなった背景には、1990年代の英国における遺伝子組み換え作物導入をめぐる論争と、BSE問題があるそうです。


《遺伝子組み換え作物導入をめぐる論争》
市民が導入に懸念を示すのは安全性への懸念にあるとして、科学者および政府としては、単純に遺伝子組み換え作物の安全性を主張してればよいとタカをくくっていたようです。ところが、反対運動の根底には、伝統的農業の放棄への拒絶と、英国農業が米国の巨大企業に飲み込まれることへの懸念があったのだから、「安全です」は、逆に導入への天秤棒を担ぐようなものとみなされ、火に油を注ぐようなものになってしまった。


《後者の場合》
1980年代後半より、牛の脳がスポンジ状になり、やがて死んでしまう牛海綿状脳症(BSE)が相次ぐ。知見の少ない病気であったこと(専門家会議発足時には原因も特定されていなかった)から科学者側にも意見が分かれていたのであるが、専門家委員会は「人には伝染しません」と宣言してしまった。ところが1993年に人への感染が明らかになったため、政府・専門家への信頼は地に落ちることとなった。


このような騒動を経て、2000年に英国議会上院の科学・技術特別委員会は「科学と社会」という報告書を提出します。非常に大部な報告書だということですが、要点は次のようなものだそうです。


まず、英国における科学と社会の関係についての現状を
●科学と社会の関係は危機にある。
●科学・技術の専門家の助言によって政策を進める構図は不信をかっている。
●科学・技術の急速な発展に不安を感じる人が多い。
●科学・技術に関する問題だとして政策担当者が対応した問題は、実は科学・技術以外の面が大きい。


としています。つまり、人々の科学・技術に対する態度は、多様な価値観を伴ったものであると認識したうえで、こうした価値観を政策決定に反映させてゆくことが重要であるとしています。


そして、
英国社会は既存の制度や手続きを広く一般市民に開いてゆき、多様な人々の見解が反映されるように変わらなければならない。なぜなら、科学は現代の民主主義体制の中にありながら、一般市民の感覚や価値観を無視するという危険を冒しているからである。これは改められるべきである。そして大学や研究機関も、一般市民との対話を新たに付け加わった「雑用」のように考えるのではなく、自らの研究義務の不可欠な任務と考えるような文化を構築しなければならない。


と結んでいます。一方通行の「欠如モデル」から双方向型の「対話モデル」への変革を促しているのです。

この報告書の影響力は大きく、世界各国で科学・技術コミュニケーションを見直すなどの波紋を広げています。日本でも、例えば遺伝子組み換え作物の導入については、専門家に多くの一般市民を加えた会議の場を設け、政策決定に関与させるという試みがなされています。


(北海道庁 遺伝子組み換え作物導入に関するコンセンサス会議)

(文部科学省の対応)


このほか、詳細を把握しているわけではありませんが、医療、情報化社会などの分野においてでも同様な試みがなされているようです。
残念ながら、こうした事例はごく限られているのが現状であって、大方の場合は官僚主催の専門家会議に終始していますが、とりあえずは社会への影響を見据えてガイドライン等の作成を模索しているようです。最近で言えば、人工知能、自動運転自動車、ドローン、防災に関する情報等々。ポケモンGOはどうだっけかな…? 

◇   ◇   ◇   ◇   ◇ 


ここでリニア中央新幹線計画に目を転じます。


これまで実験線で走行実験を繰り返すだけであったものを、実際に世の中に現出させて営業運転させようという計画です。そこには超電導磁気浮上技術による時速500キロ運転、南アルプスの長大トンネル、大深度地下トンネル、磁界防御の必要性、ばく大なエネルギー消費など、前例が乏しいか全くない、つまり知見に乏しい科学・技術的要素が多く含まれます。その意義として”人口7000万人のスーパー・メガリージョンの実現”が掲げられる一方、事業に伴う利害地域が全く一致しないなど、影響は技術者や事業者(JR東海)の手の届く範囲を超え、社会に広く及びます。まさに典型的なトランス・サイエンスの問題が目一杯詰め込まれています。


かたや、そのリニア中央新幹線に直接対峙せねばらなぬ人々が持つ「技術を担当する側」への不信感は非常に強く、「未知のリスク」は多大であり、「事業を進める必然性」については説明されぬままです。

要するに、形式上は、環境保全や安全性など科学・技術の問題が問われているわけですが、疑問を持つ側のホンネとしては、「そもそもなんでこんな訳のわからぬ迷惑事業を引き受けねばならんのか?」というところにあるわけです。しかしこうしたタイプの疑問・不信感に対するJR東海の姿勢は「ご理解ください」をひたすら繰り返すにとどまっています。これはブライアン・ウィンのいう「科学・技術コミュニケーションの欠如モデル」の典型例といえるでしょう。


この種の問題について打開したければ、双方向のコミュニケーションをとらねばらない。


それにもかかわらず、一方通行の説明会、質問数制限(3つまで)のうえ再質問禁止、住民理解の浸透度合いは事業者自らが判断、といったコミュニケーションのあり方は、遺伝子組み換え食品やBSE問題に揺れた英国科学・技術界における失敗例の上を行く、”大失敗モデル”といえます。


そればかりか、「前人未踏の技術で社会に大変革をもたらす」ようなことをうたいながら、リニア計画が社会に与える影響―当然ゼニ勘定だけでなくデメリットも―を事業者、開発担当者、政府ともども、ほとんどマトモに検討していません。これでは社会や環境に対する影響の大きさを理解しているとも言い難い

◇   ◇   ◇   ◇   ◇ 


リニア計画を推進する各担当者は、自らの進める事業は「科学・技術的な問題ではあるが、問われているのは科学・技術にとどまらない」ことをよくよく考える必要があると指摘して、締めくくります。



【参考文献】
小林傳司(2007) 『トランス・サイエンスの時代―科学技術と社会をつなぐ』 NTT出版
池内了(2012) 『科学の限界』  ちくま新書

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