前回は、「東海地震が起きても無事に避難できるの?」という疑問を書きましたが、一般人としては、それ以前に、「東海地震が発生した時にも時速500キロから安全に停止できるの?」という疑問がぬぐえません。
「アメリカに輸出できるぜ!!」
みたいな記事を、産経新聞がここのところやたらと喧伝していますが、テロ対策なんかを重視する彼の地では、導入の是非として、こういうことは当然過ぎる疑問として浮かび上がるのでは?
みたいな記事を、産経新聞がここのところやたらと喧伝していますが、テロ対策なんかを重視する彼の地では、導入の是非として、こういうことは当然過ぎる疑問として浮かび上がるのでは?
というわけで半年以上前に掲載した簡単な試算を、再度取り上げてみます。
あくまで私の考えに基づく計算であり、本当に妥当な数字なのかは定かでありません。「おかしくない?」と思われた方は、どうぞご指摘いただけると幸いです。
以下、幕末の嘉永六年十一月四日(1854年12月23日)に発生した東海地震(M8.4)を例にとってみます。この地震では東海道を中心に甲州街道沿い、北陸南部、近畿にまで揺れによる大被害が発生し、銚子~土佐に大津波が来襲しています。
リニアの路線が位置する甲府盆地も震度6~7の揺れに襲われ、特に南アルプス長大トンネル坑口が設けられる鰍沢地区(現富士川町)で家屋倒壊が特にひどくなりました。一帯の家屋倒壊率は7割に達し、これは震源域真上の静岡県沿岸部と同程度とされています。
甲府盆地は岩盤の破壊が伝播する方向に位置していること、分厚い軟弱地盤が分布していること、周囲を相対的に強固な岩盤で囲まれているため、揺れが反射されて増幅されたことが要因なのでしょう。
また、リニアの路線が南アルプス山中で一瞬地表に顔を出す山梨県早川町でも山崩れが相次ぎ、早川を堰き止めて洪水が起こるほどだったそうです。長野県側の飯田市付近も震度5強~6弱程度の揺れに見舞われ、家屋倒壊は少なかったものの、山崩れが相次いだと伝えられています。なお静岡市北部である南アルプス山中は、完全な無人地帯ですので様子は分かっていません。
今風にいえば、東海・東南海連動型地震です。さらにその32時間後にM8.4の南海地震が引き続いて起きたことは有名。なお、この両大地震をきっかけに元号が安政に変わったため、こんにちでは「安政東海/南海地震」と呼ばれるようになりました。
(この点を考えると、リニアのルートとして南アルプスを選択した時点で、「東海地震対策としてリニアを建設する」というのは説得力を失っているように思えるのだが・・・)
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
理科年表によると、震央(最初に岩盤の破壊が生じた位置を地図上に示した点)は、遠州灘の34°N、137.8°Eになっています。ここからリニア中央新幹線の南アルプスルートまでは約160kmです。
カタカタと縦に揺れる最初の地震動(P波)は、7km/sで進むため、リニア路線が揺れ始めるのは、岩盤が壊れ始めてから約23秒後になります。そして、ユッサユッサという建造物を壊す大きな揺れ(S波)は4km/s程度で進むため、S波がリニア路線に到達するのは約40秒後となります。
実際には、岩盤の破壊そのものが断層(駿河トラフ)に沿って北に進みながら、さらに震動を発し続けるため、揺れが増幅してゆき、S波が到達する前にも次第に揺れが大きくなってゆくそうです。
地震発生時に走行中のリニアが緊急停止するシステムは、気象庁の緊急地震速報と同じシステムですので、最初の岩盤破壊発生からブレーキをかけ始めるまでに数秒かかります。東北地方太平洋沖地震で緊急地震速報が発表されたのは、最初の岩盤破壊から約8秒後でした。リニアの自動減速が開始されるまでに要する時間を、最速でこの程度と仮定すると、減速開始からS波到達までの猶予は32秒ほどとなります。
実際には、岩盤の破壊そのものが断層(駿河トラフ)に沿って北に進みながら、さらに震動を発し続けるため、揺れが増幅してゆき、S波が到達する前にも次第に揺れが大きくなってゆくそうです。
地震発生時に走行中のリニアが緊急停止するシステムは、気象庁の緊急地震速報と同じシステムですので、最初の岩盤破壊発生からブレーキをかけ始めるまでに数秒かかります。東北地方太平洋沖地震で緊急地震速報が発表されたのは、最初の岩盤破壊から約8秒後でした。リニアの自動減速が開始されるまでに要する時間を、最速でこの程度と仮定すると、減速開始からS波到達までの猶予は32秒ほどとなります。
(海底地震計を自動ブレーキに適応すれば減速開始はもう数秒早まりますが、逆に震央が遠州灘ではなく駿河湾であったら、S波到着はさらに早くなります。)
いっぽう500km/hで走行中のリニアが停止するまでの所要時間は、新聞報道によると90秒だそうです。すると
このときの加速度は-1.543ms/sとなります。
停止するまで一定の加速度で減速し続けるとすれば、減速中の速度の変化は、次の式で表されます。
速度V=138.89m/s-1.543ms/s×t
t秒後(単位はs)には、138.89m/sから、秒速1.543ms/s×tぶん、減速しているという意味です。90秒後には速度0(ゼロ)、すなわち停止します。
高校の数学や物理で習う内容ですので、詳しくは参考書などをご覧ください。
というわけで、南アルプスルート付近で揺れ始めるタイミングと、リニアの減速状況が試算できます。その結果は以下のとおり。
0秒後 遠州灘海底で岩盤が壊れ始め、地震が発生する
8秒後 138.89m/s=500km/hで走行中のリニアが減速開始
23秒後 南アルプス~甲府盆地南部のリニア路線にP波到達。揺れ始める
このときリニアは115.75m/s=416.6km/h
32秒後 リニア路線にS波到達。大きく揺れ始める。
このとき89.5m/s=322.1km/h
61秒後 大揺れの中、44.4m/s=160km/hとなり、車輪走行となる。国内の狭軌路線で最速のレベル
72秒後 普通列車なみの27.8m/s=100km/hとなる
90秒後 停止
8秒後 138.89m/s=500km/hで走行中のリニアが減速開始
23秒後 南アルプス~甲府盆地南部のリニア路線にP波到達。揺れ始める
このときリニアは115.75m/s=416.6km/h
32秒後 リニア路線にS波到達。大きく揺れ始める。
このとき89.5m/s=322.1km/h
61秒後 大揺れの中、44.4m/s=160km/hとなり、車輪走行となる。国内の狭軌路線で最速のレベル
72秒後 普通列車なみの27.8m/s=100km/hとなる
90秒後 停止
東日本大震災のときの東北新幹線は、揺れの到達する前に300㎞/h走行から減速を開始し、試運転中の1列車を除いて無事に停まれましたが、リニアは400㎞/hの浮上走行でゆれに見舞われ、320㎞/hまで減速したところでS波に遭遇し、大揺れに襲われてしまいます。着陸した時点でも160㎞/hもあり、京成スカイライナーや特急はくたかなど、国内の狭軌路線での最速レベルです。
さて先の式を時刻 t について積分すると、減速開始後に進んだ距離も求められます(計算過程は後述)。
例えば、大きく揺れ始めるS波が到達する時刻 t=32 から、停止する時刻 t=90 まで定積分すると、その間に進んだ距離が求められます。計算すると、2595.9m走行し続けることになります。
つまり、安政東海地震が再来し、8秒後に減速を開始したら、震度6以上の揺れの中を、58秒間、2600mにわたって走り続けてしまうことになります。しかも40秒間は時速100キロ以上を保ち、最初の20秒間は在来の新幹線と同等の速度です。
リニアの速度と進んだ距離をグラフにしたのがこちら。青い右下がりの直線がリニアの速度、右上がりの緑色の曲線が減速開始から進んだ距離を表します。
S波到達から40秒間は在来線普通列車以上の速度を保っています。路線の全てがトンネル、切り通し、シェルター構造であり、頭上を重量物が覆っているわけですが、この40秒間の間にそれら構造物が落っこちてきたり、あるいはガイドウェイが倒壊するようなことはないのでしょうか。
200㎞/h以上の速度で落石や土砂崩れにクラッシュしたらどうなるのでしょうか。ドイツの実験線で大事故が起きたときは200㎞/hだったそうです。
車輪が出た際に、ガイドウェイ内に障害物が落下していたらどうなるのでしょうか。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「新幹線でも直下型地震に見舞われたら同じだろ」
という声が聞こえてきそうですが、スピードが増していることで、衝突時の衝撃や、停止するまでの距離が増しているのは否定しようがないと思います。ガイドウェイにはまって走行するため、落下物を横に押しのけることもできません。さらに超伝導リニアは高速化のために車体をとことん軽量化しているそうですが、強度はどうなっているのでしょう。ちなみに中央新幹線小委員会での議事録によると、リニアにシートベルトを設ける予定は今のところないとのこと。
「トンネルなら安全だ」
というお声もあろうかと思いますが、岩盤条件の悪い断層(地層の切れ目という意味であり、地震を起こす活断層とは別の概念)や地すべり地帯のトンネルは、直下型地震で崩れやすいことも事実です。実際、伊豆大島近海地震では伊豆急行線のトンネルが、新潟県中越地震では上越新幹線のトンネルが崩落しています。
南アルプスの場合、割れ目だらけ、地すべりを通る、大量の湧き水があるなど、地盤条件は最悪です。さらに3~4㎜/年という日本最速の隆起速度と、日本最大の土被り(トンネルから地表までの厚さ)1400mという、前例のない条件も加わります。下からは隆起にともなう圧力が、上からは山の重さによる圧力がトンネルに加わり、常にトンネルを押しつぶそうという力がかかり続けるのです。これによりコンクリートの劣化が早まる恐れはないのでしょうか。
膨大な圧力が加わり続けたコンクリート壁に微細なヒビが入り、水が染み込んで劣化し、大地震の際に大きな塊となってはがれ落ち、そこへ減速中のリニアが時速200キロで突っ込む…
そして脱出が困難なことは、前回指摘の通りです。
一応、こういう危険性は全て最小化できる自信があるからこそ計画が持ち上がっているのでしょう。
しかしそれがどのような内容なのか-「東海地震ではこのような事態が予想され、ここまでは対策がとれる」という話-はほとんど聞こえてきません。まして、それを踏まえて計画の是非を問うようなことは全く行われていません。それなのに、「東海地震を想定すると迂回路としてのリニア中央新幹線が必要」という声が沿線自治体はもとよりマスコミから鉄道ファンを含めてまかりとおっています。
なんだかおかしくありませんか?
第一、審議すらしないというのは、はっきりいって無責任だと思います。
繰り返しますが、あくまで試算です。「そんなことはないぞ」「間違ってない?」と思われたら、どうぞご指摘いただけると幸いです。
(備考)時速500キロから停止するまでの90秒間で進む距離
なにやら難しそうですが、高校2年生の授業内容です