南アルプスの残土問題に戻ります。
リニア中央新幹線を建設するためには、南アルプスに最低でも50㎞以上のトンネルが掘られることになります。50㎞のトンネル工事においては途中の橋梁区間を含め、5ヶ所の作業口が設けられることになります。
5ヶ所のトンネル出入り口のなかでも、残土の発生や長期にわたる大型車両の頻繁な通行により、特に多大な影響が出るのは静岡県静岡市の二軒小屋(大井川源流部)と長野県大鹿村の小渋川流域です。
トンネル掘削によりおそらく600万立方メートル以上の残土が山中に発生しますが、5ヶ所から均等に搬出すれば、それぞれ120万立方メートルずつ(東京ドーム一杯分)が両地点にも振り向けられることになります。険しい谷をむりやり埋め立てるという非常識なことをしない限り、搬出しなければなりません。ところがまともな道のない場所ですから、運び出すための道路建設だけで大掛かりになります。
さらに掘削によりいくつもの沢を涸れさせたり、大型車両が10年間頻繁に走り続けるなど、山岳地域の工事としては、平成に入って最大・最悪の自然破壊を引き起こすことは避けられないと思います。
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さて、現在は環境影響評価(アセスメント)の最中です。
環境アセスメントでは、原則として当初の案と、環境に配慮した複数の案を比較し、より環境への負担の少ない方法を選ぶという手法が用いられます。複数の案のことを、法的には代替案と呼ぶびます。これは、環境影響評価法の施行にあたって公布された、技術的な指針を定めたマニュアルにちゃんと書かれています。
このマニュアルの正式名称は「鉄道の建設及び改良の事業に係る環境影響評価の項目並びに当該項目に係る調査、予測及び評価を合理的に行うための手法を選定するための指針、環境の保全のための措置に関する指針等を定める省令(平成10年6月12日公布 運輸省令第35号)」と言い、(長っ!!)代替案の検討については第三十条にあります。文末に記載しておきますね。
JR東海が示している当初の案は、「少なくとも5ヶ所から残土を搬出する」という内容です。したがって、環境への影響の少ない工法を考える以上、「きわめて環境負荷の大きくなる大井川、小渋川、両地点での工事を行わない」という代替案が検討されなければならないはずです。
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この代替案についてちょっと考えてみました。
この2ヶ所からの掘削を行わないとすると、山梨県早川町新倉から伊那谷側(長野県豊丘村付近)までのおおよそ30~40㎞の距離を、両側2地点だけから掘り進めることになります。
JR東海は、トンネルを掘るにあたり、重機あるいはダイナマイトで岩を崩し、すぐにコンクリートを吹き付けてゆくという工法をとるとしています(NATM:新オーストリア工法というらしい)。
ところで近年の国内の山岳トンネル工事で、特に難航したものとして、NEXCO中日本が事業主体となった東海北陸自動車道・飛騨トンネル(10.7㎞)の飛騨トンネルの例があります。
このときには、NATM工法よりも工期を短縮できるトンネルボーリングマシンを用いました(TBM工法)。このときは斜坑を設けず、10.7㎞のトンネルを7.2㎞と3.5㎞の工区とに分けて、両側から掘ったそうです。ところが山の重さによる圧力や湧き水で難航し、結局、貫通までに9年4ヶ月を要しました。(NEXCO中日本のページ)。ボーリングマシンの直径は約13mであり、トンネル断面の大きさはリニアのトンネルとほぼ同程度と見られます。また、本坑に先駆けて作業用の小断面(直径4.5m)のトンネルを掘り、完成後は避難坑として整備しています。
飛騨トンネルの場合は、地表からの深さは最大で1000m前後(とはいえ国内ではかなり厚いほう)でしたし、その区間は一部だけ。また地質条件の悪い区間は1.7㎞ほど。
それに対し南アルプスの場合は、深さ1000m以上の区間はおそらく15㎞前後、最大の深さは1500m前後に達するとみられます(地形図からの読図による)。山の重さははるかに大きくなります。さらにいくつも川をくぐったり、中央構造線付近の破砕帯や地すべり地形を貫くなど、地質条件も非常に悪い。
つまり飛騨トンネルよりも条件はずぅ~っと悪く、遅れる条件ばかりが揃っているわけです。
とりあえず、「7.2㎞掘るのに9年4ヶ月かかった」飛騨トンネルの例を、そのまま南アルプスの30㎞区間に当てはめてみましょう。
長さから、単純に4.16倍すれば38年9ヶ月。
JR東海の計画通りに2014年度着工でも、貫通するのは2052年か2053年になってしまいます。さらに軌道の敷設等で1~2年はかかるでしょうから開業は2055年頃。
これは極端に遅い例かもしれません。現在、NATM工法を用いた山岳トンネルの標準的な掘削速度は速くて100mとのこと。これを当てはめれば、2坑口から15㎞ずつ掘ってゆくと貫通まで150ヶ月、12年半かかります。前後の工事期間を加味すれば、やはり2027年度開業は不可能です。
ということは、大井川源流部や小渋川流域での工事を行わない場合、現在の計画である「2027年名古屋開業」には間にあわなくなります。したがってJR東海としては、この開業目標を目指す限り、「静岡市二軒小屋と大鹿村釜沢に残土搬出口を設けない」という選択肢はありえないのでしょう。つまり二軒小屋や釜沢は必ず工事現場に含めるのが、JR東海の意向であるはずです。
でも冒頭に記した通り、これは、環境への影響という視点から見ると、考えられうる複数案の中でも最悪のものです。
繰り返しますが、環境影響評価では、複数の案を検討してより環境に配慮した最善の対策をとることが求められます。その検討過程と結果は、準備書に記載するよう法律で定められています。
すなわち準備書には最善の対策と検討経緯を記さなければならないのに、書かれる内容は、おそらく最悪の対策になることが、目に見えています。
JR東海は9月にも準備書を公表するとしていますが、果たしてどのような複数案の検討結果として、「最悪」である大井川源流部や小渋川流域での工事を進める根拠を打ち出し、つじつまを合わせるつもりなのでしょうか?
もっともリニア計画においては、在来型新幹線とリニア方式の比較、南アルプスルートの選定という国交省における審議段階での環境配慮が本質的に欠けていますが。
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「鉄道の建設及び改良の事業に係る環境影響評価の項目並びに当該項目に係る調査、予測及び評価を合理的に行うための手法を選定するための指針、環境の保全のための措置に関する指針等を定める省令」の一部抜粋
第二十九条 事業者は、環境影響がないと判断される場合及び環境影響の程度が極めて小さいと判断される場合以外の場合にあっては、事業者により実行可能な範囲内で選定項目に係る環境影響をできる限り回避し、又は低減すること、必要に応じ損なわれる環境の有する価値を代償すること及び当該環境影響に係る環境要素に関して国又は関係する地方公共団体が実施する環境の保全に関する施策によって示されている基準又は目標の達成に努めることを目的として環境の保全のための措置(以下「環境保全措置」という。)を検討しなければならない。
(検討結果の検証)
第三十条 事業者は、前条第一項の規定による検討を行ったときは、環境保全措置についての複数の案の比較検討、実行可能なより良い技術が取り入れられているかどうかの検討その他の適切な検討を通じて、事業者により実行可能な範囲内で対象鉄道建設等事業に係る環境影響ができる限り回避され、又は低減されているかどうかを検証しなければならない。
第三十条 事業者は、前条第一項の規定による検討を行ったときは、環境保全措置についての複数の案の比較検討、実行可能なより良い技術が取り入れられているかどうかの検討その他の適切な検討を通じて、事業者により実行可能な範囲内で対象鉄道建設等事業に係る環境影響ができる限り回避され、又は低減されているかどうかを検証しなければならない。
(検討結果の整理)
第三十一条 事業者は、第二十九条第一項の規定による検討を行ったときは、次に掲げる事項を明らかにできるよう整理しなければならない。
一 環境保全措置の実施主体、方法その他の環境保全措置の実施の内容
二 環境保全措置の効果及び当該環境保全措置を講じた後の環境の状況の変化並びに必要に応じ当該環境保全措置の効果の不確実性の程度
三 環境保全措置の実施に伴い生ずるおそれがある環境への影響
四 代償措置にあっては、環境影響を回避し、又は低減させることが困難である理由
五 代償措置にあっては、損なわれる環境及び環境保全措置により創出される環境に関し、それぞれの位置並びに損なわれ又は創出される当該環境に係る環境要素の種類及び内容
六 代償措置にあっては、当該代償措置の効果の根拠及び実施が可能であると判断した根拠
2 事業者は、第二十九条第一項の規定による検討を段階的に行ったときは、それぞれの検討の段階における環境保全措置について、具体的な内容を明らかにできるよう整理しなければならない。
3 事業者は、位置等に関する複数案のそれぞれの案ごとの選定事項についての環境影響の比較を行ったときは、当該位置等に関する複数案から第一種鉄道建設等事業に係る位置等を決定する過程でどのように環境影響が回避され、又は低減されているかについての検討の内容を明らかにできるよう整理しなければならない。
第三十一条 事業者は、第二十九条第一項の規定による検討を行ったときは、次に掲げる事項を明らかにできるよう整理しなければならない。
一 環境保全措置の実施主体、方法その他の環境保全措置の実施の内容
二 環境保全措置の効果及び当該環境保全措置を講じた後の環境の状況の変化並びに必要に応じ当該環境保全措置の効果の不確実性の程度
三 環境保全措置の実施に伴い生ずるおそれがある環境への影響
四 代償措置にあっては、環境影響を回避し、又は低減させることが困難である理由
五 代償措置にあっては、損なわれる環境及び環境保全措置により創出される環境に関し、それぞれの位置並びに損なわれ又は創出される当該環境に係る環境要素の種類及び内容
六 代償措置にあっては、当該代償措置の効果の根拠及び実施が可能であると判断した根拠
2 事業者は、第二十九条第一項の規定による検討を段階的に行ったときは、それぞれの検討の段階における環境保全措置について、具体的な内容を明らかにできるよう整理しなければならない。
3 事業者は、位置等に関する複数案のそれぞれの案ごとの選定事項についての環境影響の比較を行ったときは、当該位置等に関する複数案から第一種鉄道建設等事業に係る位置等を決定する過程でどのように環境影響が回避され、又は低減されているかについての検討の内容を明らかにできるよう整理しなければならない。