4月に入り、南アルプスでのリニア計画に関していくつか動きがありました。
ひとつは静岡県知事からの意見提出、山梨県が早川芦安連絡道路の事業計画が具体化したという報道、そして登山愛好者がJR東海に対してトンネル建設反対署名を届けたというニュースです。
とりあえず今回は静岡県知事からの意見書について考えてみます。
静岡県知事からJR東海に対して意見書が出されたのは4月3日です。
(静岡新聞)
(静岡県庁)
意見書の正式な名称は
「中央新幹線(東京都・名古屋市間)環境影響評価書【静岡県】平成26年8月」に基づく事後調査報告書(導水路トンネル等に係る調査及び影響検討結果)に関する意見について
となっています。実に長い。
さて、事業者のJR東海が誠実に対応するのであれば、今後数年は静岡工区での着工はできないのではないかと思われます。
いくつかポイントを並べてみます。
●ヤマトイワナなどの保全措置
こちらがヤマトイワナをはじめとする水生生物・河川生態系の保全措置についての県知事意見になります(一部)。
ヤマトイワナ…大井川源流域に細々と生息しているらしい渓流魚です。「らしい」と書いたのは、ブログ作者が実際に釣り上げたわけではなく、文献等による聞きかじりのためです。渓流釣りブーム、電源開発による渓流の分断・流量減少・河床荒廃で生息数が減少したところに、放流されたニッコウイワナによって駆逐されたり交雑されたりした結果、生息数が激減し、静岡県版レッドリストでは絶滅危惧ⅠB※に指定されています。現在では源流域に点々としか生息していないらしい。
※「IA類ほどではないが、近い将来における絶滅の危険性が高い種 」
今までJR東海は、「当社による調査では、ヤマトイワナらしき雑種の魚は見つかっているが、ヤマトイワナと断言できるものは見つかっていない。聞きとり調査では相当上流部には生息しているらしい。」という見解を続けています。つまり「リニア建設による影響を受ける範囲には生息していない」という姿勢。
しかし環境影響評価書においては、ヤマトイワナの生息しているような「相当上流部」にまで流量減少が及ぶ可能性があると、当のJR東海が試算しているのです。
「相当上流部」において流量が減少するとの予測結果を推察した図
ここはヤマトイワナの生息域として禁漁区に指定されている。
詳しくは2/8のブログ記事を参照していただきたい。
ですから、やはり何らかの対策を事前に考案しておかねばなりません。現時点では、トンネル工事による河川流量の減少はどこまで及ぶのか分からないのだから、対策を示さぬままに掘ってみたところ生息域で流量減少が起きてしまった!なんて事態に陥ったら、取り返しがつかないのです。
まずは、西俣を含む大井川流域の広い範囲において、在来魚のヤマトイワナと放流魚のニッコウイワナがどこにどれだけ生息しているのか、エサとなる昆虫の分布状況や生息環境はどうなっているのかを把握せねならないでしょう。そうしなければ対策のとりようがない。
果たして何年かかるのだろう・・・?
●水利用者との基本協定締結を期限を定めて要求
県知事意見が出されるのに先立つ3月13日、大井川流域の11の水利用者がJR東海に対して、河川環境の現状維持について定めた協定を4月末までに結ぶよう要求しています。
県知事意見えは、改めてこの事項について念を押しています。
11の水利用者には、農業用に取水する土地改良区、発電用に取水する電力会社や製紙会社、上水道として取水する企業団などが含まれており、リニア建設による影響のあり方は一応ではなく、単に導水路を建設すれば全体の利害を調整できるものではありません。
どうするのだろう?
●導水路出口より上流への放流は可能なのか?
導水路案の最大の問題点とは、出口より上流側には水を戻せないという点です。意見書では導水路出口より上流にあるふたつの非常口へポンプで汲み上げて戻すこと、としていますが、果たしてJR東海が受け入れるかどうかは疑わしいところ。
導水路で自然流下しない分を大井川に放流するにはポンプで汲み上げねばなりません。現在の導水路案で自然流下するのは1.3㎥/sだけです。残る0.7㎥/sを導水路まで汲み上げると、最大揚程は200mほどとなります。
これを二軒小屋ロッヂ南の非常口(千石非常口)まで汲み上げる場合、その高低差は400mとなります。(分水嶺直下のトンネル標高は970m、千石非常口の標高は1400m)
標高約1550mの西俣非常口に放流する場合、汲み上げるべき高低差は実に550~600mとなる。
これだけくみ上げると電気代もバカにならないでしょう。JR北海道の経営圧迫の一因として青函トンネルの維持費があげられますが、その青函トンネルの維持費が高くなっている大きな要因はポンプの電気代。
JR東海の導水路案を審議した今年2月9日の審議会では、出席委員から、「大井川広域水道企業団で使用しているポンプ(汲み上げ高低差130m、揚水量1200㎥/h(=0.33㎥/s)の能力)で0.7㎥/sをくみ上げると電気代だけでも約2億円」という指摘がなされています。
http://www.pref.shizuoka.jp/kankyou/ka-050/assess/rinia/kaigi.html
http://www.pref.shizuoka.jp/kankyou/ka-050/assess/rinia/kaigi.html
また、話を難しくするのは水力発電所との位置関係。
非常口と発電用取水堰との位置関係
大井川水資源対策検討委員会資料をJR東海ホームページより引用・加筆
北側の非常口が西俣非常口、南側の非常口が千石非常口。
西俣非常口から放流した場合、その先には東京電力田代ダムが待ち構えています。
千石非常口から放流した場合、その先には中部電力木賊堰堤が待ち構えています。
つまり放流したそばから取水堰から吸い込まれていってしまう。
それを防ぐためには、JR東海と電力会社との間で、放流量と取水量について綿密な取り決めをしてもらわねばなりません。しかし現時点で放流量の予測なんてできないのに、事前協定など結べるのでしょうか。
●モニタリング地点の追加を要求
工事用道路トンネルの位置が変更され、複数の沢をくぐり抜ける構造となりました。また、導水路トンネルも多くの沢をくぐり抜ける構造となっています。どちらも交差する沢の水を抜いてしまうおそれがあります。
工事用道路トンネルの位置が変更され、複数の沢をくぐり抜ける構造となりました。また、導水路トンネルも多くの沢をくぐり抜ける構造となっています。どちらも交差する沢の水を抜いてしまうおそれがあります。
ところが、現在までにJR東海が示した監視体制は、本線トンネルを対象にしたものであるため、新たなトンネル計画には対応できないものとなっています。これでは困る。
というわけで、工事用道路トンネル・導水路トンネルと交差する沢の監視を充実するよう意見が出されました。
ところが「監視を充実・・・」といっても、そこは南アルプスに刻まれた深い谷。登山道などありません。どうやって調査するのだろう?
別に静岡県知事意見はとりわけ厳しいものではないと思います。いずれもふつうの事業者なら、環境影響評価の段階で済ませておく、あるいは基本方針を示しておくべき事項じゃないでしょうか。
また、どうも長野県側にまで影響を与えそうな気がします。
静岡県知事意見では、再三にわたり、「静岡県区間でのトンネル湧水全てを大井川に戻すこと」と述べています。
ところで、南アルプストンネルを掘るにあたり、JR東海は、長野県大鹿村側には3つの斜坑(非常口)を設けるとしています。昨年11月1日にバタバタと大急ぎで起工式を強行したのは、このうち小渋川非常口になります。なお現在のところ保安林解除手続きが終了しておらず、まだ掘削工事開始の見通しは立っていません。南アルプスの稜線に向かって掘るのは除山非常口になります。
JR東海が長野県向けに作成した資料を掲載します。
地図の右隅に注目していただきたいのですが、長野県側での「今回の実施範囲」は、静岡県側に1㎞弱入り込んでいます。静岡県側ということは大井川流域になります。工区全体が静岡側に向かって登り勾配となっていますので、大井川流域地下で発生した湧水は、大鹿村へと流れていってしまうことになります。
これは静岡知事意見に反します。
また、除山非常口予定地は保安林に指定されています。工事をするためには保安林指定を解除せねばなりませんが、その許可を得るためには、事業を完結させるだけの各種権利を取得していることが条件とされています。したがって除山非常口から掘っていった先端の静岡県部分については、静岡県側からの了承を得る必要があるはずです。
静岡県側からの了承を得るためには、先のヤマトイワナの保全措置などを含め、環境保全に対する大井川流域全体の合意を得ねばなりません。ところが、今のJR東海の計画では、近いうちの合意取り付けは不可能でしょう(そもそも大井川下流域での住民向け説明会すら行っていない)。
というわけで、当面の間、大鹿村除山非常口からの着工は困難ではないでしょうか。
今の計画では、河川に影響を与えずにトンネルを掘ることは困難だと思います。川の下に何本ものトンネルを掘るという配置計画そのものに無理があると思うのです。合わせて発生土の処分も困難であるし、付帯工事も過大すぎる。