ぜんぜん話題にあがりませんが、南アルプス、特に大井川の「水」の問題です。
リニアの工事で水といえば、長野県飯田市の上水道水源地帯でのトンネル工事が話題にあがりますが、個人的には大井川のほうが「やばい」と思っています。
地下鉄工事のように、平地にトンネルを掘る場合は、既存の井戸による長期観測記録やボーリング資料を用いることができ、シュミレーション手法が何種類か考案されていて、ある程度の予測がつきます。シールド工法といって、砂利を掘ったそばから既成の壁を組み立ててゆき、地下水がトンネル内に漏出するのを極力小さくする工法もあります。リニア中央新幹線の場合、東京や名古屋の大深度区間で用いられます。
ところが、山岳トンネルの場合は全く事情が異なります。
平地の場合は、砂や礫の層にある隙間を水が流れています。しかし山地は岩でできています。この場合、地下水は、地上とつながっている岩盤の亀裂の中に含まれていることになります(火山地帯を除く)。これを「裂か水(れっかすい)」と呼びます。地下深い岩盤内にどのように亀裂が入っているのか、裂か水がどの程度存在しているのか、地上の水循環とどのような関係にあるのか、それを前もって正確に知ることは現在の技術でもできません。
だから、突発的な出水に見舞われて、事故につながったり大幅に遅延したりするのです。
山岳トンネルを掘るときには、機械で岩を掘り崩し、一定の長さを掘り進めたところで壁にコンクリートを吹きつけ、鉄の棒(ロックボルト)で岩盤に密着させ、防水シートを張り、さらにコンクリートで内壁を構築するという工法が用いられます。
とことが地下水がビシャビシャ流れ出している状況では作業が困難ですし、場合によっては坑道が崩れたり水没する危険性もあります。それゆえ、山岳トンネル工事の際には、徹底的にトンネル周辺の水を抜くことが基本になっています。
湧水の激しいときには、水を抜くために、「先進ボーリング坑」と呼ばれる小断面のトンネルを本坑の前方に掘ったり、あるいは並行して何本も小断面のトンネルを掘ったりします。
シロウト目には、行き当たりばったりの、地上の環境を完全に無視した工法のように見えますが、どうやら現在でもこれが標準となっているようです。
愛媛県地芳トンネル(鹿島建設のページ)
長野県権兵衛トンネル(Wikipedia)
山地の水の量は、岩の中ですから全体の量としては少ないはずです。ところが、亀裂の多い山地、断層破砕帯(断層活動によって岩が砕かれ隙間の多い部分)、地すべり地帯、火山岩、石灰岩の山地では、亀裂・すき間が多いため、地下水の量は多くなります。また、谷の下方も水が周囲から集まりやすくなっています。
長野県権兵衛トンネル(Wikipedia)
山地の水の量は、岩の中ですから全体の量としては少ないはずです。ところが、亀裂の多い山地、断層破砕帯(断層活動によって岩が砕かれ隙間の多い部分)、地すべり地帯、火山岩、石灰岩の山地では、亀裂・すき間が多いため、地下水の量は多くなります。また、谷の下方も水が周囲から集まりやすくなっています。
例えば、山陽新幹線の六甲・神戸トンネルの建設に際しては、断層破砕帯での湧水が激しく、ここを突破するために長さ数十mの水抜き坑を12本も掘る必要に迫られました。
南アルプスの場合、隆起としゅう曲が激しいため亀裂が多く、糸魚川-静岡構造線、中央構造線などの断層運動に起因するひび割れ(断層破砕帯)も多く、長野県側には地すべりも多く分布しています。
つまり、岩盤中に大量の水が含まれているものと推察されます。
工事が難航するのは、そんなところにトンネルを掘ろうっていうのですから、当たりまえです。
より深刻な問題は、水抜き工法をとった場合、その影響がどの範囲にどの程度及ぶのか、全く予想がつかないということ。
リニア山梨実験線の延伸工事においても、”予想だにしなかった場所”数十ヶ所で井戸の枯渇、川の枯渇を招いています。昭和初期に建設された東海道本線の丹那トンネルのように、断層破砕帯の突破で大量の湧水をまねき、トンネル上の稲作が不可能になったという事例もあります。
こうした場合の対策は、環境アセスメント事例やトンネル工事の文献によれば、21世紀の現在でも
「応急対策」トンネル湧水による補給、補償金を払う
「恒久対策」代替水源の確保、土地利用の変更
なのだそうです。
「応急対策」トンネル湧水による補給、補償金を払う
「恒久対策」代替水源の確保、土地利用の変更
なのだそうです。
冒頭の長野県飯田市のケースでも、最悪の場合はトンネル内湧水を代替水源に切り替えることが理論上は可能です。
九州新幹線の玉名トンネル建設でも相当の水枯れを引き起こしたそうで、玉名市がわざわざ条例をつくってまで代替水源の確保に務めたなんていう事例もあります。http://www1.g-reiki.net/tamana/reiki_honbun/r227RG00000875.html
でもこれって、南アルプスの場合は通用しません。
水利権をもつ中部電力、東京電力に払ったところで、問題が解決するわけではありません。
代替水源の確保などというのも、行う規模には限界があります。生活用水の代替程度なら井戸掘りで確保できますが、生態系を維持するためには相当の水量が必要になります。それだけの規模の井戸を掘れば、別の水枯れを招きかねません。さらに、名もないような小さな沢まで、目を配ることができるのでしょうか?
また、大井川源流部の場合、「トンネル湧水による補給」はほぼ不可能になります。
リニアの南アルプス横断トンネルの場合、下の図のように富士川、大井川、天竜川という全く別の3河川の流域を、1本のトンネルで掘ります。![イメージ 1]()
つまり、大井川の谷底下方をトンネルで掘り抜くわけで、軌道は大井川流域に顔を出しません。
GoogleEarth 地形断面図に加筆。トンネル位置は作者の推定。
それゆえ大井川流域の水がトンネル内に漏出した場合、その水はポンプでくみ上げない限り、大井川に戻ることはありえません。
ポンプをつけたところで問題が解決するわけではありません。トンネルから地上まで400~500mの高度差がありますが、水をくみ上げるのにどれだけの数のポンプが必要なのか、無人地帯でのメンテナンスが適切に行えるのか、くみ上げたところで水質は良好なのか、遠い将来にこのトンネルが不要になった場合、その後はどうするのか…。
またこのあたりでは地下深い本坑だけでなく、本坑につながる作業用の斜坑も掘られます。これは地表から下に向かって掘り下げてゆくわけですから、より地下水の豊富な浅い層を通過します。斜坑による水枯れも、相当なものになるでしょう。
二軒小屋付近の大井川源流域には、畑薙山断層(活断層の疑いが強い)や井川-大唐松断層といった大断層があり、おそらくは断層面に沿って、地表から地下深くへ水が流れているはずです。これらの断層が大井川と交わる場所では、断層に沿って大井川やその支流の河川水が地下深くへ浸透しているかもしれません。それらの断層を横切ってトンネルを掘ろうっていうわけです。言ってみれば、バケツのヒビをふさいだガムテープを切り裂くようなものです。
既存の中部電力・東京電力の水力発電により、ただでさえ主要水系の水量が減少している地域です。これ以上の水量減少は、生態系全体の影響に関わります。
たぶん、もうすぐ公表される環境影響評価準備書には、「地下水への影響は少ないと考えられる」「万一、地下水位への影響が見られた場合は、代替水源の確保等、適切な対応をとる」と書かれるのでしょう。しかし本当の「万一の場合」には、適切な対応は不可能なことを記しておきます。
同時に、行政区分上、リニアが通ることになる静岡市だけでなく、大井川流域の人々にも関心を払っていただきたいと思います。
「環境への影響が予測不可能な工事」を、「自然環境を保全すべき地域」でおこなうのは、絶対に間違っています。