とあるリニア反対グループのホームページ作者A氏から「お前は我々反対派に会ったこともないのに反対派の悪口を書くな」との抗議を受けました。
なんでも、以前のブログで「反対派の中に若い世代は少ないように見える」と書いたことがお気に召さなかったらしく、「実際には若い人もいるのに年寄りばかりという悪印象を抱かせる。邪魔をするな」ということらしいです。
で、それが発端となって「お前(当方)が喧嘩を吹っかけてきた」とか何とか、だんだん収拾がつかなくなり、1週間ぐらいゴタゴタしてました。
●賛成/反対はっきりさせろ
●反対派ときちんと会え
●反対派への批評をするな
●覚悟をもって闘え
●SNSでの情報交換はムダ
●表(リアル世界)に出てこい
●反対派ときちんと会え
●反対派への批評をするな
●覚悟をもって闘え
●SNSでの情報交換はムダ
●表(リアル世界)に出てこい
こういうことをずぅ~っと書かれてました。
そのうちに、たぶん考え方が全く違う、ということに気付きました。
A氏は、おそらく「本気の反対派」であり、志を同じくした人を相手と共にリアル世界で活動し、そうした人のために、ホームページを運営しているのではないか。
それに対し私の場合、「別に反対運動に加わる意思もないけど疑問アリ」という正体不明のネット住民であり、特に読者層を絞ってブログを書いているわけでもない。
双方がネットで情報発信している動機が根本的に違うので、全く話がかみ合わないのでしょう。
リニアでも何でもそうですが、ある計画に対する一般人の関与の様相は、単純に反対/賛成でくくれるものじゃないはずです。
私なりに、リニア計画に対する人々の関わり具合を、思いつくまま6つのカテゴリーに区分して考えてみたのですが、イメージするとこんな感じ。他にも切り口は多々あろうかと思いますが、キリがないのでとりあえず6つにしておきます。
A氏の場合、たぶん下の図のように、自ら積極的に反対を掲げて行動する意識を持った人々だけに、リニア計画に対する疑問をあげることが許されるとお考えなのだと思います。
リニア”反対”運動に求められる資格?
ただ、物事は簡単には白黒つけられないだろうなあ、と思うのが私の考えです。「反対しているわけじゃないけど今の説明では納得できないから合意できない」という人がいても不思議じゃない。
以下、この話はフィクションです。
――とあるリニア沿線のB市におけるママ友同士の会話
(ママA)そういえば、ゆうちゃんママ(仮名)のところのアパート、もうすぐリニアのダンプが通ってすっごくうるさくなるって言ってたよ。
(ママB)えぇ~、あんな狭いトコ通るの? でもダンナさんのお仕事って何かリニアに関係してるんじゃないっけ?
(ママA)そうそう。確か測量か何かで。
(ママB)じゃあ文句言えないよね。
(ママA)でしょ。だからね、ダンナさんから「お前、悪いけど文句なんて絶対言ってくれるなよ」って念を押されてるみたい。
(ママB)そっか~、それじゃストレスたまるね。
(ママA)そのかわりね、ダンナさんに内緒でブログだかホームページだか作って文句を書き始めるみたい。
(ママB)内緒・・・って、もうばらしてるじゃん(笑)。
――終わり
こういう状況に置かれた人は、表に出てきて「リニアハンターイ」なんて叫ぶことはできません。「反対派」が求める筋金入りの反対派にはけっしてなり得ない。
こんな動機でブログを書き始めた人がいたとしても、「そんなもん放っておけ。オジャマ虫だ」というのがリニア反対運動のスタンスらしい。そりゃちょっと違うんじゃないのかな?