9月6日の静岡新聞朝刊より
『リニア中央新幹線の整備計画に伴い静岡市葵区の南アルプスで掘削される長大トンネルの建設残土(排出土)について、JR東海は5日までに、南アの現地で残土を処分する方針を固め、複数の処分候補地を挙げて最終調整に入った。』http://www.at-s.com/news/detail/775160482.html
エコパークに登録されようとされまいと、これは「超」のつくほどの大問題。
「現地で処分」
はっきり言って、ムチャクチャなのです。
残土の「処分」とは、どこかに積み重ねること。
詳しくはこちらをご覧頂きたいのですが、掘削する容積は、作者の試算では最低でも600万立方メートルになります。トンネル工事には、水抜きトンネル等、作業用トンネルが多数掘られるのが通例なので、実際には掘削容積はもっと多くなるのだろうけど、詳細が明らかでないのでとりあえず省きます。
南アルプスのトンネル工事で出てくる岩は5方面に掘り出されますので、一ヶ所当たりに120万立方メートルが出されることになります。
掘り出された岩は小さく不整形に砕かれますので、これを積み重ねると隙間ができ、元々の容積よりも増します。岩の場合、この容積増加率として1.3~1.5という値が用いられます。http://cat-japan.jp/ms-net/yougo/machine/n57a2474.html
120万立方メートルが1.5倍になると180万立方メートルです。静岡県の試算200万立方メートルに近い数字なので、妥当なところだと思います。東京ドーム1.5杯分です。
南アルプス山中の、どこにそんな場所があるのでしょうか?
砕石を積み上げるときの勾配は、高さ20mの場合は30°未満という基準があるそうです。
180万立方メートルの体積で、厚さ20m、勾配30°となる四角錐台(ピラミッドを水平に切った形)を築くためには、底辺の長さは328m必要になります(図1)。
図1 残土を厚さ20mの四角錐台で積み上げたら?
四角錐を真上から見ると正方形です。1辺が328mの正方形を地形図上に表しますと、図2のようになります。
図2 南アルプス山中大井川沿いの地形図
国土地理院 地形図閲覧サービス「うおっちず」より
これだけの正方形をつくれる平坦地は、南アルプス山中には存在しません。というわけで、鉱山のボタ山のように積み上げることは不可能です。
新聞記事では、JR東海はいくつか沢を埋め立てる方針なのだそうです。
山梨実験線延伸工事でも行われているようですが、南アルプス山中でおこなったらどのようなことになるのか…?
大井川源流部支流の沢について地形図上で検証してみましょう。
ともに登山基地である二軒小屋~椹島間の林道沿いにあり、流域に崩壊地のない沢8本について、下流部の川床勾配(川の流れ方向の勾配)を計測してみました。
平均の勾配はおおよそ20°。坂道としてもかなり急です。そしてそれぞれの沢の両岸の勾配は30°ほど。両岸が切り立ち、流れも急な、典型的なV字谷です。
このV字谷を、谷底の幅を5m、川床勾配を20°、両岸の勾配を30°と見なします。
この谷に斜面の勾配を30°、高さ20mの盛土を2段重ねにして計40m積み上げることを考えます。40mというのは、平地の盛土でも非常に高いほうであり、こんな急斜面で可能かどうかはわかりません。あくまで思考実験であることをご承知ください。
シロウト考えですが、図3のようになりました。
黄土色に塗った部分が残土を表します。この場合、盛ることのできる残土の容積は1.44万立方メートルとなりました。
このサイズ(最大幅約50m、長さ110m)の処分場で180万立方メートルを処分するためには125ヶ所の沢を埋め立てねばなりません。すさまじい自然破壊であるとともに、まるで雪渓のように残土処分場が連なり、極めて醜い景観となります。そもそも、こんなにたくさん沢はありません。
あまりにも非現実的です。
残土を斜めに積むのではなく、前方に大きな砂防ダムのような巨大な壁を築いて、その内側に積むという方法を考えられます。こうすればたくさん入ります。
同じように高さ40m積むと、図4のようになりました。
図4 高さ40mのダムをつくって残土を埋め立てる
これだと計算上21.4万立方メートルの残土を入れることができ、全てを処分するのに8~9ヶ所で済みます。
しかしながらダムのサイズは、幅が140m、高さも40m以上となります。これは大井川の発電用水系でいうと発電用の笹間川ダム(笹間川:島田市)や赤石ダム(赤石沢:南アルプス山中)に匹敵する大きさです。図2の地形図左下に赤石沢ダムが掲載されています。
図5 大井川支流にある笹間川ダム(Wikipediaより)
このサイズの残土処分場が8つも必要?
たかが鉄道トンネルのために中型ダムを9つも造るなど、あまりにも馬鹿げています。
次に考えられそうなのは、川幅の広い大井川の岸を埋め立てること。
図6のように、大井川の川岸の勾配を20°とみなし、そこから底面幅50mにわたり、厚さ20mで川の方向へ残土を盛るとします。盛土前方の勾配は30°とします。河川敷にあるグラウンドを、縦方向に10倍大きくした感じです。
これだと断面積は1203平方メートルとなります。それゆえ180万立方メートルを処分するためには約1500mの長さを確保すれば可能となります。
簡単に書いたけれども、図2から創造できる通り、実際にはそんな川幅のある区間は限られています。
また、河原の広い部分には、河畔林という川岸特有の植生が育まれており、その規模は少なくとも静岡県下では最大であり、国内でも有数の規模かと思われます。それが失われたら、南アルプスの河川生態系は壊滅します。
いずれにせよ、「残土処分」は谷間でしか行うことができません。「谷」と言う場所は、周りから水が流れ込む湿潤な場所です。水があるがゆえに、多様な生態系の連結点となっています。南アルプスでの残土処分は、そこを狙い撃ちにしていると言って過言ではないと思います。
こんな方針が出てくるというのは、全く環境に配慮していないことの表れです。
環境アセスメントは、環境破壊への対策を生み出してゆくプロセスです。どういうプロセスを経て「大規模自然破壊」が「環境配慮の手法」として考え出されたのでしょう。黒いものを白と言いくるめようとしているようで、ある意味で興味深くもあります。
かつて、リニア計画の是非を審議していた国土交通省中央新幹線小委員会では、こんな発言もありましたが…。