リニア中央新幹線の南アルプス横断トンネル計画
山梨、静岡、長野3県に分割されて環境影響評価がなされているためか、全体を見回した論評や新聞記事を見かけません。
どういうトンネル構造で、どういう工事が行われるのか、どのくらい周知されているのかな?
全国版のニュースや新聞ではサラッと「南アルプスを通過し…」なんて報道のされ方をしているけれども、とんでもない工事計画なのですよ。
赤点線が列車の通るトンネル
紫点線が、現在判明している作業用トンネルの位置
緑の点が、準備書に記載された斜坑口
なによりも、列車の通るトンネルを掘るために、それよりもさらに多くのトンネルを掘る必要があるんですね。総延長でどの程度になるのでしょう?
まず、列車の通る本坑トンネルは、東から
最勝寺-三枝川のトンネル 900m
畔沢集落奥のトンネル 50m
畔沢集落奥-小柳川のトンネル 2600m
巨摩山地(小柳川-早川)のトンネル 8500m
赤石山脈(早川-小渋川)のトンネル 25000m
伊那山地(小渋川-壬生沢川)のトンネル 15300m
阿島集落付近のトンネル 100m
畔沢集落奥のトンネル 50m
畔沢集落奥-小柳川のトンネル 2600m
巨摩山地(小柳川-早川)のトンネル 8500m
赤石山脈(早川-小渋川)のトンネル 25000m
伊那山地(小渋川-壬生沢川)のトンネル 15300m
阿島集落付近のトンネル 100m
となっています。準備書をもとに地形図上で計測すると合わせて52,450mあります。
で、このトンネルを掘るために、さらにたくさんの作業用トンネルが掘られます。なお、これらについては、準備書においても、いまだに長さ・規模・構造が明らかにされていないという問題があります。残土発生量や河川流量の予測を行っているわけですから、全く未定ということはないはずです。準備書段階でもこういう情報を出さないのはおかしな話です。
とりあえず斜坑が11本、作業用道路トンネルを2本想定しているということです。このうち静岡市二軒小屋の作業用道路トンネルについては、構造は不明ですが、準備書に点線で位置が示され、長さは2500m、2900mとみられます。
また、山梨県早川両岸の斜坑は、おそらく山の中腹に開けられる坑口への通路になると思われ、(12.5パーミリ勾配とすると)長さはそれぞれ1000m程度とみられます。長野県大鹿村の上蔵地区に計画されている斜坑も、同様に長さは1100m程度とみられます。
以上のように計13本の斜坑・作業用道路トンネルのうち、5本については、合計8500mほどになります。
残る8本については推定ですが、確実に2500m以上となるのものが4本(早川町内河内川、静岡市二軒小屋2本、大鹿村釜沢)あり合計15000mは上回るはずです。
さらに、列車の通る本坑トンネルのうち、長いもの3本には、これに並行するかたちで先進ボーリング坑が掘られます。これはトンネルボーリングマシン(TBM)という機械で、前方の地質確認のために、本坑に先立って掘られるものだそうです。完成後は避難通路にするとのこと。東海北陸自動車道の飛騨トンネルの事例では直径4.5mということだったので、単線の鉄道トンネル並みです。3本の長大トンネルに並行するということなので、この先進ボーリング坑の長さは約48800mとなります。
以上のトンネルを合計すると、南アルプスに掘られるトンネルの総延長は、最低でも124950mとなります。ゼロが多くて読みづらいですね、124.95㎞です。
幅52㎞の南アルプスを横断するために、それよりも余計に70㎞以上ものトンネルを掘らねばならないのです。
ところで南アルプスでの大工事を心配する声に対し、このほど公表されたJR東海の見解書には
「南アルプスでは昭和から平成初めにかけて電源開発が行われたから…」
といった言い方が使いまわされています。「電源開発がおこなわれたから」何だろう?と思うのですが、リニア建設はそれに比べればマシという意味合いなのでしょうか?
南アルプスルートの地形図に引かれた水路トンネルの青点線を眺めながら、いつか必ずこれを引き合いに出すのだろうなぁ…と思っていたら、予想通りでした。
リニア建設と電源開発とでは、環境に与える影響のケタが違うのです。
南アルプスでの電源開発について調べてみました。
どこまでを南アルプスと見なすのかは人によると思いますが、とりあえず、大井川の畑薙第一ダムより上流側、山梨県の早川水系、長野県天竜川左岸を南アルプスと見なします。
大井川の最上流部、畑薙第一ダムより上流には、昭和50年代半ばから通産省による水力発電所建設の調査が行われ、中部電力により平成2年に着工、平成7年までに工事が完了しました。東俣、西俣、木賊(とくさ)、滝見、赤石沢、聖沢の6つの取水堰、赤石ダム(高さ58m)、二軒小屋、赤石沢、赤石の3発電所が建設され、それらを結ぶ水路トンネルの総延長は22,291mに及びます。
いっぽう、山梨県の早川流域にも数多くの取水堰や発電所が造られ、それらを結ぶ水路トンネルの総延長は約77,000mに達します。
遠山川水系、小渋川水系にも発電所があり、それらの総延長は32,000m程度になるようです。
合わせて130㎞近くにも及びます。
リニアのトンネル総延長とだいたい同じくらいですね。
しかしですねえ、水路トンネルと、列車や大型ダンプカーの通るトンネルとでは、掘削断面積が比較にならんのですよ。
発電用水路トンネルは直径1.5~4m程度で掘削断面積10㎡弱。
かたやリニアの場合…
というわけで、発生する残土の量も桁違いです。ちょっと試算。
水路トンネルの断面を直径3mとみなすと、断面積は7㎡。これに総延長130,000mを掛けると約92万㎥。地下発電所の整地等を考えて約100万㎥を追加。岩が砕かれると体積が増すことを考慮(土量の変化率)すると160~180万㎥といったところでしょう。
いっぽうのリニアは、早川、二軒小屋、大鹿村に出される分だけで約960万㎥。これに甲府盆地側、伊那谷側に出されるのを加えると1300万立方メートルにはなるでしょう。7倍は出るわけです。
総延長130㎞の発電用水路網は、3県それぞれ戦前から平成の初めにかけて、70~80年間をかけて拡大され続けたものです。いっぽうリニアの場合、10年程度の突貫工事となり、工事が自然環境や人々の生活に与える影響ははるかに深刻となります。残土だけに限ってみても、電源開発70年分の残土の7倍の量を、狭い範囲で10年という期間で掘り出すわけですから・・・。
そして根本的な違いとして、電源開発は南アルプスが包蔵していた水力を求めて南アルプスを傷つけたという面があるのに対し、リニアの場合は「邪魔だからぶち抜く」だけ。同じ自然・環境破壊でも、目的が全く異なるのですよ。南アルプスの山里に与えるメリットも全くないし。