前回書いたように、南アルプス奥地に大小さまざまなトンネルが縦横に掘られ、その結果として、大井川はじめ多くの川の流量が減少するという予測結果が出されています。
大井川上流域では、本流で2立方メートル/秒の流量が減少すると、JR東海自身がはじき出しています。もっとも、予測の前提とした理論上の解析値による現況値と、現地調査による現況値が大きく異なるなど、数値の見方自体がよくわからないのですが。
さて、このほどの「見解書」ではどのような回答をよせているのでしょうか?
水環境については「水質」、「地下水位」、「水資源」と3項目に分かれていますが、一番大きな問題となっている流量を扱っている「水資源」のところを見てみます。これが見解書です。
準備書への意見に対するJR東海の見解書
緑線部分は「今後決める」ということでよく分からないところ
これとてやはり、疑問だらけなのです。
第一に、山梨実験線における水枯れに関するものです。
準備書への意見として、山梨実験線の延伸工事で川の枯渇を引き起こしたことに対して強い懸念が寄せられました。それに対して見解書では、「破砕帯等の一部においては水位が減少する可能性があると予測していた」と回答しています。上の見解書コピーの、疑問①の部分です。
しかし山梨県上野原市での水枯れ発生を伝えた2011年12月27日付け山梨日日新聞の記事には、
『JR東海は「現時点での原因特定は困難だが、トンネル工事が周辺の河川の流量に影響を与える可能性がある」として、工事終了後に因果関係を調査する方針』
と書かれています。見解書にある「予測していた」とは矛盾しています。本当は予測できていなかったのか、予測していたことを否定していたのか、どちらかです。
書いてあることがアテにならないのです。
当時の山梨日日新聞は、静岡県立中央図書館に保存してあるので、静岡県民で興味のある方は、どうぞ足を運んでご覧になってください。
当時の山梨日日新聞は、静岡県立中央図書館に保存してあるので、静岡県民で興味のある方は、どうぞ足を運んでご覧になってください。
第二に、流量減少について強い懸念・心配が寄席られているのに対して出された「上流域での流量減少は大したことがない」という見解について、疑問というか憤りすら覚えます。
静岡県在住の方や、ダム問題に関わっておられる方はご存知かも知れませんが、大井川では「水返せ運動」というものがありました。
大井川は全長168㎞(一級河川区間)ですが、流域面積は1280平方キロメートルと、それほど大きくありません(多摩川くらい)。しかし標高差3000mを流れ下るため、その落差が注目され、大正時代から水力発電の適地として利用され続けてきました。ダムだらけであり、本流は送水管の中を流れて、特に旧川根町(現島田市)の塩郷堰堤より下流では全く水のない「河原砂漠」とよばれるほどの有様でした。
川に全く水がなくなり、生き物は死滅し、河原には砂埃が舞い、川霧が発生しなくなって特産のお茶栽培にも影響が出て、昭和40年頃から「川に水を返せ!!」という運動が巻き起こりました。しかし水利権を有する中部電力、東京電力とも全く譲らず、運動は活発化。
四半世紀もの間、粘り続けた運動がようやく実を結んだのが1989年。ここにきて水利権更新のおりに、ようやく塩郷ダムから3~5立方メートル/秒の水が流されることになりました。
今、大井川鐵道のSLに乗って大井川を流れると、水が流れているのが目に映ります。それはこの長い運動の末に獲得した光景なのです。とはいえ、これでも往時の姿には程遠い状況。今年のように空梅雨の年には干上がってしまうこともあります。
ただ付言しておきますと、ダムで取水された水はムダに使われているわけではありません。合計65万7500kWの発電をおこない、そのあと島田市、菊川市、掛川市など60万人余りの上水道、牧の原大茶園はじめとする農業用水、東海工業地域の工業用水へとフルに使われています。
ようやく戻ってきた流量は3~5立方メートル/秒
リニア建設にともなう流量減少が2立方メートル/秒
しかもただ垂れ流すだけ
リニア建設にともなう流量減少が2立方メートル/秒
しかもただ垂れ流すだけ
これでも「下流への影響は少ない」と言えるのでしょうか?
見解書では、2立方メートル/秒の「減少分はトンネル湧水として排出される」と書いてありますが、どこへ排出されるのかは書いてありません。まあ路線断面図を見れば、東側坑口の早川方面ということがわかりますが…。これを「河川に戻すなどの恒久対策を実施いたします」とも書いてあります。
できっこないんですよ、コレ。
以前にも書いたとおり、大井川・富士川流域界でのトンネル標高は約950mほど。それに対して頭上の斜坑付近での大井川の標高は1350m。
どうやって汲み上げるのでしょうか?
2立方メートル/秒の水を400mの落差で真っ直ぐ落とせば、数千kW程度の発電能力があります。中部電力の赤石発電所並みです。水槽にためて一気に大量に落とせば、2万kW程度は可能になります。逆にいえば、これをポンプで汲み上げるためにはそれ以上の動力が必要になります。
ベラボウな電気代がかかります。参考までに検索してみると、青函トンネルには12台のポンプがあり最大2.15立方メートル/秒を汲み上げることが可能であり、フルに稼動しているかどうか分からないけれども電気代は1日230万円とか290万円とかいう数字が出てきます。
ただ汲み上げるだけなのに年間8億円以上?
しかもポンプが停まると同時に川も涸れてしまいます。全然「恒久対策」ではないのですよ。未来永劫、JR東海が責任を持って管理し続ける保証はないし、そもそも「大井川の水源はポンプで、JR東海が生殺与奪の権利を持つ」だなんてものすごく不自然です。
また、そこはユネスコ・エコパーク登録予定地です、JR東海は「工事を行うのは経済活動の認められる移行地域だから問題ない」という見解を示していますが、それは持続可能な自然の利活用というのが大前提です。「ポンプという動力源を用いて水を汲み上げる」というのは、明らかに持続不可能なものです。→エコパーク登録基準
これも以前に触れましたが、ラムサール条約登録湿地の北海道ウトナイ湖で、近傍に巨大な千歳川放水路が計画され、地下水流動の遮断が心配されたのに対して事業者(北海道開発局)が苦し紛れに出し、「ムチャクチャ」といわれてボツになった案が、まさにコレ(放水路計画はその後中止)。
トンネルから下流側に送水トンネルを掘るというのもムリです。直線でも22㎞も必要になり、しかもそこまでの区間には水が戻りません。
それに「やむを得ず補償…」というような内容も書かれていますが、基本的にカネの問題ではありません。カネを払えば川が死なずにすむのですか?
ところで、見解書の水環境に関係する部分における最大の問題点は、次の点にあると思います。
川の水が減って、真っ先に影響を受けるのは川に住む様々な動植物です。当然、この視点からの意見も寄せられており、意見概要にもまとめられています。
水深が浅くなれば、水生生物の住める空間は減少するのでは?
瀬切れが頻発すれば、水生生物の移動が困難になるのでは?
流量が減れば水温が上がるのでは?
流量が減れば、淵が埋まりやすくなるのでは?
沼沢地が減れば、植物の分布状況も変わるのでは?
ところが、流量減少が生態系に与える影響に関する意見に対しては、水環境のところにも、動物・植物・生態系のところにも何の見解も載せられていません。これが一番の問題だと思います。
ブログを書いていて気になったのですが、この環境影響評価準備書を書いた人々は、本当に流域の事情をご存知なのでしょうか?