南アルプス貫通計画の大問題
残土
ざんど
について触れようと思います。
残土というのは、建設工事に伴って発生する不要な土のことです。正確には土ではなく岩のカケラですけど。
リニア中央新幹線計画において、南アルプスを横断する総延長52㎞のトンネルを掘るために、おそらく余計に70㎞程度の作業用トンネルが掘られます。そのため、通常のトンネル工事では考えられないような、異常な量の残土が発生します。
静岡県環境影響評価審査会の議事録によると、静岡県内10.7㎞のトンネルを掘るために6.2㎞の斜坑を掘るそうです。さらに本坑と同調の先進ボーリング坑と道路トンネルも5.6㎞掘るので、合わせて3.2㎞。作業用トンネルが列車の通るトンネルの3倍の長さ。実にバカバカしい。
準備書には明記されていませんが、南アルプス山中である山梨県早川町に300万立方メートル、静岡県静岡市二軒小屋に360万立方メートル、長野県大鹿村に300万立方メートルが発生することが説明会で話されたと、伝わってきています。その他、南アルプス東側の甲府盆地側と西側の伊那谷側に出される量を加えれば、合計1200~1300万立方メートル程度になるのでしょう。
ちょっと参考までに…。
静岡市郊外に、国道1号線の丸子藁科トンネルというものがあります。長さ約2㎞の2車線構造で、幅はリニアのトンネルと同程度です。この掘削工事に伴って発生した残土の量は約20万立方メートルです。単純に2㎞を26倍すれば520万立方メートルであり、これと比べると、リニアの長大トンネルがいかに余計な残土を生み出しているかお分かりになると思います。
さて、静岡市内の大井川源流部すなわち南アルプスど真ん中に排出される360万立方メートルについてです。およそ東京ドーム3杯分になります。静岡市内の八幡山の体積よりも大きな量です。駿府公園に囲いを作って積み上げたら、高さ22mにもなります。
以前にも書きましたが、JR東海は準備書の中で「努力目標」のようなかたちで「9割を再資源化する」と述べています。と同時に7ヶ所の残土捨て場を設けることを提示しています。
どちらも環境影響評価準備書【静岡県】より
なお、残土を処分する場所のことを準備書では「発生土置き場」と表現していますが、実際には利用価値のない廃棄物として永久に捨て置くことになっているので、私は「残土捨て場」と呼ぶほうが適切だと思っています。
「建設残土のリサイクル」とは、要するに、谷を埋め立てて盛土構造にしたり、他の公共事業に転用するということです。高速道路や新幹線の盛土区間には、トンネル区間や切土区間から出された残土が用いられています。
しかしリニア中央新幹線というのは、品川-名古屋の8割がトンネル構造であり、残る2割も全て高架橋です。盛土区間は存在しないので、リニア建設に再利用することは不可能です。なにより静岡県内で行われるのはトンネル工事だけであり、域外への搬出も行わないので、再利用なんてできっこありません。なにゆえ、できもしないのに「9割再資源化」なんて書くのでしょう
そもそも、9割再利用が可能なら、7ヶ所もの残土捨て場を挙げる必要はないはずです。
それゆえに、ほぼ全量を南アルプス山中に捨てることになります。これにより、前代未聞の自然破壊あるいは災害の誘発まで予想されます。JR東海の事業計画と環境対策では、とてもこの自然破壊を緩和できるものではありません。
ところで、残土を減らせば環境への影響は小さくなるはずです。大井川はじめ早川、小渋川という南アルプス山中に斜坑や坑口を設けず、残土の排出をしなければ、南アルプスの環境への影響は、水資源を除いてほぼクリアできます。このことは当然検討されるべきだし、できないならできないなりの理由を丁寧に書けばいいわけです。一般人の側としては、納得できなければその旨を意見書として提出すればいい。そういうやりとりを行うのが環境影響評価制度です。
「極力環境への影響を小さくする事業計画を生み出す」ことが環境影響評価の目的ですから、多様な複数案を検討することは当然のことです。そしてその検討経緯を準備書において掲載することも、当然守られるべき義務として、運輸大臣令で示されています。
第三十条(要旨) 事業者は、環境保全措置についての複数の案の比較検討、実行可能なより良い技術が取り入れられているかどうかの検討その他の適切な検討を通じて、事業者により実行可能な範囲内で対象鉄道建設等事業に係る環境影響ができる限り回避され、又は低減されているかどうかを検証しなければならない。
第三十一条 3事業者は、位置等に関する複数案のそれぞれの案ごとの選定事項についての環境影響の比較を行ったときは、当該位置等に関する複数案から第一種鉄道建設等事業に係る位置等を決定する過程でどのように環境影響が回避され、又は低減されているかについての検討の内容を明らかにできるよう整理しなければならない。
(※正式名称「鉄道の建設及び改良の事業に係る環境影響評価の項目並びに当該項目に係る調査、予測及び評価を合理的に行うための手法を選定するための指針、環境の保全のための措置に関する指針等を定める省令」(平成十年六月十二日運輸省令第三十五号)
まるで最近のAKB48の歌のタイトルのように、バカみたいに長い名称であります。)
ところが、準備書においては、その検討経緯は全く記されていません。これは南アルプスに限らず、ほぼ全区間で共通してみられる特徴です。わたくし自身、配慮書、方法書、準備書と3度にわたってこのことを意見として送りましたが、全く答えてもらえないんですね。見解書にあったのは次のような一文だけ。
非常口(山岳部)については、営業時の万が一の場合の避難経路としての機能面や、肯定面、地形条件の面、環境要素等の制約条件の面から設置位置を検討し、トンネルの長さや土被りなどの条件などから静岡県内における非常口(山岳部)は2箇所計画いたしました。
中央新幹線(東京都・名古屋市間)環境影響評価準備書に対する意見の概要及び当該意見についての事業者の見解【静岡県】25ページより
これでは具体的な検討経緯は全くわかりません。
答えになってねぇっつーの!!
どういう検討経緯だったかっていうのを書いてくれ!!
どういう検討経緯だったかっていうのを書いてくれ!!
って言っても、もう回答はない…。
膨大な残土を南アルプス山中に排出すれば、多方面にわたり大きな影響が出ます。とはいえ、おそらくJR東海はハナっから南アルプスをゴミ捨て場か埋立地としか考えていなかったのだと思いますが、それでも周囲を納得させるには、ゴミ捨て場だという結論を導き出すための論理展開が必要なはずです。
一般の人々にとっては貴重な大自然の宝庫である南アルプスを、強引にでも単なるゴミ捨て場と見なすためには、つぎのようなプロセスがJR東海の車内社内で働いているはずです。
南アルプスルートでも環境保全上、問題がないかどうか
↓
問題ないという判断
↓
南アルプスに斜坑が必要かどうかという検討
↓
設けるべきという判断
↓
残土を南ア山中に排出してもよいかどうかの検討
↓
排出しても大丈夫だという判断
↓
排出した残土を域外に運び出すか、南アルプス山中に捨てるかの検討
↓
南アルプス山中に捨てるという判断
↓
残土捨て場候補地の選定
↓
7つの候補地を抽出
↓
環境保全措置の検討
↓
環境保全措置を記載
↓
設けるべきという判断
↓
残土を南ア山中に排出してもよいかどうかの検討
↓
排出しても大丈夫だという判断
↓
排出した残土を域外に運び出すか、南アルプス山中に捨てるかの検討
↓
南アルプス山中に捨てるという判断
↓
残土捨て場候補地の選定
↓
7つの候補地を抽出
↓
環境保全措置の検討
↓
環境保全措置を記載
こういう意思決定にかかわるプロセスが公表されないということは、複数案の検討など眼中になく、最初から結論が出ており、それに合わせて環境影響評価(アセスメント)をおこなったを疑わざるをえません。
まあ、「直線しか走れない超電導リニア」というものの概念自体が、「複数案の検討余地なし」なんだけど。
こうした結論の決まっている環境アセスメントのことを、「合わすメント」と呼ぶそうな。
続きます。