JR東海が考案した、「南アルプス標高2000mの山上に建設残土を大量に捨てる」というムチャクチャな計画のメチャクチャさについて続けます。
南アルプス大井川最上流部に設けられる「天空の残土置き場」関連図
国土地理院地形図閲覧サービスウオッちずより複製・加筆
準備書記載事項をGoogle画像に加筆
環境影響評価準備書に加筆
緑色の太線は、ここにつくられるであろう「残土捨て場の巨大ダム(詳細は前回記事参照)」この線で稜線上の谷を仕切ればり、その上流側に全量の3~4割にあたる90万立方メートル程度の残土を放り込める。黒い点線は生物相の調査範囲。山梨県側にまたがっているが、その結果は山梨県版準備書に記載なし。
こんな計画について、JR東海はどのような環境影響評価をおこなったのか、環境影響評価準備書を見てみますと・・・。
実はこの残土捨て場候補地については、どういうわけか環境影響評価がほとんど行われていないのです。
一応、トンネル坑口から「半径600m」という範囲で動植物の調査だけは行われているようです。
しかしその内容は実にいい加減。まず結果が全く整理されていません。5㎞以上離れた斜坑口や20㎞以上離れた別の残土捨て場候補地での調査結果とごちゃ混ぜにして、確認された動植物を一覧リストに並べただけです。というわけで、ここでどのような動植物が確認されたのかは、客観的に知ることはできません。
また、残土捨て場自体は静岡県側に設けるのでしょうが、調査範囲は山梨県側にまたがっています。当然ながら動物の行動に県境は関係ありません。ところが、保全対象とする希少動植物の選定については静岡県側の基準のみをあてはめ、なおかつ調査結果は静岡県版準備書にしか掲載されていません。これもおかしな話です。山梨県側で発見され、本来なら山梨県側で重要種に選定されるべきものが混ざっている可能性があります。
なお、その一覧リストを眺めてみると、高山のお花畑でみられるような、いわゆる高山植物に該当するようなものも含まれています。調査範囲で最も標高の高い場所ですから、ここで見つかったのかもしれません。高山植物は、アセスで保全対象とする「希少な動植物リスト」に入れなくてよいのかな?
残土で埋め立ててしまえば、そこにあった植物や、移動能力の低い小動物は根絶やしになってしまいますし、それらを拠り所にしていた鳥や哺乳類も影響を受けます。生態系への影響も懸念されますが、その点は何も調査されていません。
その他の項目-気象条件、水環境、土壌条件、景観-については何も調査されていません。ここを残土捨て場に選んだ経緯も説明されていません。
ちょっと、思いつく懸念を書き上げてみますと・・・。
まず水環境についてですが、残土を源流に捨てれば、その下流側の沢Aに影響が出ます。前回書いた大崩壊のような事態にいたらなくとも、工事の過程で必ず川が濁りますし、終了後も残土が流出したり、濁りが恒常的に生じるのは確実です。
また、大井川の谷底からこの残土捨て場まで長さ2900mのトンネルが掘られますが、途中で沢Bをごく浅い土被りで潜り抜けます(もしかすると橋かも)。これにより、頭上の沢Bの流量に対する影響が予想されますが、流量も生物相も、何も調査されていません。小規模な沢ですから生き物は少ないのかもしれませんが、調査自体をしていないので何がいるのかもわかりません。おかしな話です。
景観の調査を行っていないことも問題です。前回指摘したように、効率よく残土を捨てるためには、高さ55m、長さ200m程度の巨大なダムが必要となります。大井川中流の支流笹間川に、笹間ダムというものがありますが、これよりさらに大規模になります。Wikipediaに笹間ダムの写真がありましたので、借用して貼り付けて起きます。
こんなものが山のてっぺんにできたら、異様な光景だと思うのですが、景観に与える調査については、なにも行われていません。そもそも、どこから見えて見えないのか、そんなことも分かりません。
この残土捨て場設置による環境への影響については、どのような影響がでるのか分からないというよりも、知ろうともしていないのがJR東海の姿勢です。
また、気象観測を行っていないという点で、次のような懸念も持ちました。
こんな場所、緑化できるのか?
JR東海は、準備書において、「残土捨て場は緑化をおこなう」としています。しかしトンネルからの残土の特徴として、発生する残土は全て岩のカケラであり、植物が根をおろすことができません。石ころの山を土に変えて緑化するというだけで、困難な話です。
(もしかすると処分場建設前に土壌をはぎとり、後で残土を覆うために保管しておくのかもしれません。そのためには保管用の広大な土地が必要になるはずですが、そんなスペースを確保するようなことは準備書に一行も書かれていません。)
そしてなにより標高2000mという高地です。こういう高地における大面積の緑化というのは、スキー場やロープウェイ駅周辺の小規模な緑化を除き、あまり成功例がないんじゃないのかな?
規模の大きな緑化というと…南アルプス・スーパー林道とか、富士山スカイラインとか、失敗した事例ばかりが思い浮かびますが。
まず気象条件について、平地での常識が通用しません。ところがJR東海は、ここでの気象観測をおこなっていません。非常に特殊な気象条件下であるゆえに、まずはそれを把握するのが必要なのではないのでしょうか?
気温や風に関しては現地調査が必要ですが、降水量に関しては、既存の資料でも代用できるはずです。半径10㎞以内にも、奈良田、湯島、新倉(以上早川水系)、千枚(大井川水系)といった国土交通省管轄の無人雨量観測点があり、その記録は「雨量年報」という資料で公表されています。だけどもそんな簡単な資料調査もしていない…。工事やら緑化やらをおこなうつもりなら、現地の気候特性を知ることは当然のことだと思うのですが。
というわけで、以下は現地の気候を推測したうえでの懸念。
かつて徳島県に「剣山」という測候所がありました。剣山山頂に設けられ標高は1944.8m。富士山頂の次に高いところで観測をおこなっていた場所です。ちょうど残土捨て場とおなじくらいの標高であり、同じく山のてっぺん近くという立地条件です。気象条件を探るにはよい例でしょう。
で、剣山の観測記録をみると、やっぱり寒いんですね。1、2の平均気温は-7℃程度、であり、12~3月には日中でも-10℃未満という日が何度も訪れています。特に寒いときには記録は-20°未満になるようです。
標高2000m付近の気温を推測するために、気象庁の観測データを貼り付けておきます。
月別平均気温 気象庁のHPより作成
剣山(1944.8m)1971~2000年の平均値
茨城県つくば市館野800hPa(上空約2000m)
北海道ノシャップ岬(12m 地点名は納沙布)
ただ、寒冷地における植物の生育には、冬の温度よりも夏の温度のほうが重要となります。剣山の7、8月の気温は15℃程度です。日本列島の平地で、夏場にこれだけ低温な地域はありません。北海道の根室地方や低山地でも夏場はもう少し高温になります(※)。
(※北海道で最も標高の高いアメダス観測点「ぬかびら温泉郷(標高540m)」における8月の月平均気温は17.6度)
この、植物の生育にとって必要な温度条件を表す目安として”暖かさの指数(温量指数)”というものがあります。これを剣山を例に計算すると38.5となります。また、気象庁による茨城県つくば市館野の高層気象観測データによれば、上空2000mの温量指数は36.6という値になります。したがって、南アルプスの標高2000m地点でもこのくらいの数字になるのでしょう。日本列島の平地で、夏の気温が最も低いのは根室半島あたりだと思われますが、ここの先端にあるノシャップ岬の温量指数は43です。南アルプス標高2000mの世界は、(平地に例えると)北海道より北方領土に近い気候であると思われます。
それから山の中腹ではなく稜線ですから、風当たりが非常に強いと思われます。
ちなみに参考までに記しますと、館野では54m/s、剣山では55m/sというのが10分間平均風速の観測記録。地上では、台風に直撃された沖縄の島でも観測されないような値です。
これは極端な条件ですが、それでも前述の茨城県館野上空2000mでは、冬場は月平均で10m/s以上の風が吹いており、週に一度程度は20m/s以上の暴風が観測されています。例えば今年の1月4日午前9時は、「西北西の風22m/s、気温-15.3℃」という極寒の気象条件でした。剣山でも、たとえば寒波に見舞われた2001年1月14~16日は、3日間に渡り気温が-10℃未満、平均風速10m/s以上となっています。さらに両地点とも、冬場は月に5回程度は、湿度10%未満の乾燥に見舞われます。
南アルプス標高2000mでも、このような低温・乾燥の強風に見舞われるに違いありません。
北アルプスや東北・北海道の山々では、植物は大量の雪に覆われて寒風・乾燥から保護されます。ところが南アルプスは太平洋側なので、年によっては地表がむき出しのまま、-10℃以下の低温にさらされることになります。
南アルプス深南部とか安倍川源流部の標高2000m前後の稜線では、笹原の中に針葉樹木が立ち枯れしている光景がありますが、ああした光景は、一帯の稜線が、寒冷地に適応した針葉樹でも強風・低温・乾燥により、育ちにくいことを示唆しているのだと思います。
とはいえ標高が高いですから、大雪に見舞われることもあるのでしょう。数年に一度は南岸低気圧の通過により、関東・甲信で大雪が降り、都内で大騒ぎとなります。このとき静岡県の山間部(井川や御殿場)では、50㎜以上の降水が観測されます。南アルプス山中のデータがないのでなんとも言えませんが、このぐらいの降水量を雪に雪となれば、日降雪量50~100㎝に相当します。
というわけで、ここで緑化を行うためには
●-20℃、風速30m/s、異常な乾燥という過酷な気象条件に耐えられる
●全く土がない状態でも良好に育つ
●ドカ雪にも耐える
●春の凍結・融解による土壌移動に耐えられる
●短い夏の間に育つ
●農薬や肥料を使わなくとも育つ(源流だから水質保全のため使えない!)
●-20℃、風速30m/s、異常な乾燥という過酷な気象条件に耐えられる
●全く土がない状態でも良好に育つ
●ドカ雪にも耐える
●春の凍結・融解による土壌移動に耐えられる
●短い夏の間に育つ
●農薬や肥料を使わなくとも育つ(源流だから水質保全のため使えない!)
こういう条件を満たせねばなりません。安易に外来種を撒くと、南アルプスの高山地帯へと拡散してしまいます。
このような条件を満たす植物は、フジアザミ(キク科)、コマツナギ(マメ科)、ミヤマハンノキ(カバノキ科)といった、ごく一部の種に限定されるように思われます。広い面積を一気に緑化するほど種子を確保することができるのでしょうか。しかも当然、現地に自生しているものから種子を確保せねばなりません。寒冷地に適応した外来雑草(北米原産の牧草の類)をつかうなど論外です。こんな南アルプスのど真ん中に寒冷地適応の外来種をまいたら、高山植物が駆逐されてしまう危険性があります。
リニアの走行とは全く関係のない難問ですが、このような厳しい条件を満たし、速やかに緑化できるのでしょうか?
個人的には、春に苗木を植えたところで冬場に凍結するか、乾燥で枯れるかして、暴風や春先の融解、大雨で全てダメになってしまうような気がします。いつまでたっても醜い裸地のままで、そのうちに侵食・崩壊し、台風や地震で大崩壊してしまうのではないのでしょうか・・・?
残土捨て場については、ほかの場所にもクレイジーな点がありますが、それは次回に。
ここまで書いていて思い出しましたが、JR東海は冬場も工事をおこなうとしています。こんな極寒の条件でも工事を続けるのでしょうか。まるでシベリア鉄道建設の強制労働のようですが…。