JR東海は、リニア中央新幹線の南アルプス長大トンネルから発生する大量の残土のうち、静岡県内分360万立方メートルについては、南アルプス山中に捨てる計画を出しています。静岡県内であげられた7ヶ所の残土捨て場のうち、1つは前回指摘した「標高2000m天空の残土捨て場」というあまりに無謀な場所です。
他の候補地も、それに負けず劣らずムチャクチャな場所です。
環境影響評価準備書 静岡県版より複製・加筆
今回取り上げるのは、上の図で太い枠線で囲んだ、大井川谷底の平坦地です。
静岡新聞やテレビ静岡のニュースで、静岡市の市議会議員が視察に訪れ、専門家から土砂災害の危険性を指摘されたと報じられた場所です。
静岡新聞記事を貼り付けておきます(11月7日朝刊)。
確かに崩壊地と、そこから崩れ落ちた岩が見えていますね。
他の残土捨て場は円で示しているものの、ここだけは大きな楕円形で示しています。準備書にあった詳細な図がこちら。
環境影響評価準備書 静岡県版より複製
準備書に示された楕円の大きさと平坦地の幅から考えると、おおよそタテ900m、幅150mほどの長方形が確保できます。ということは、底面積は900m×150mで135000㎡となります。仮に10~15mの厚さで残土を盛り付ければ135~200万立方メートルを収容することができます。
前回登場の「天空の残土捨て場」には90万立方メートル程度を放り込むことができるので、合わせて220~290万立方メートル程度を捨てることができ、8割以上の処分が可能となります。JR東海としてはここを残土捨て場の本命と考えているのでしょう。
…。
900m×150mって、でかいですね。
サッカー場が120m×90mですから、19面分あります。
で、例によってここの立地条件がムチャクチャなのです。
ちょっとお考えください。
ここは南アルプスど真ん中で、大井川の最上流部です。ふつう山奥では、谷底は狭く険しいイメージがありますが、どうしてこんな場所に平坦地があるのでしょう?
結論から言いますと、ここは周囲をぐるりと大小の崩壊地に囲まれており、四方から土石流が流れ込んで谷を埋め立てたために、平坦になっているのです。
地形図で広範囲を眺めてみます。
国土地理院 地形図閲覧サービス ウオッちず より複製・加筆
赤く囲ったのが、地形図でも示されている主要な崩壊地です。地形図に表示されるようなものは、普通の土砂崩れよりも大規模です。そしてそこから土石流として崩れ落ち、堆積している場所を黄色く塗りつぶしてあります。
北西隅(左上)にある崩壊地が特に大規模であり、ここは標高2879.8mの千枚岳の東面、高度2600m付近から標高差500m以上にわたって崩れ落ちています。南アルプス一帯でも有数の大規模な崩壊地であり、砂防ダムの設置など砂防工事もおこなわれています。
今回もGoogle Earthの画像を貼り付けます。
地形図と同じような方角で見下ろした図
千枚岳付近上空から東南東を俯瞰したようす
手前右側の白い部分が、千枚岳山頂。雲に覆われている。
新聞の写真にある土砂崩れと比較すると、規模がぜんっぜん違うでしょ? それから、周囲の崩壊地からの土砂が、残土捨て場をめがけるように崩れ落ちているのもお分かりいただけるかと思います。
土石流堆積地ということは、再び土石流に見舞われる危険性が高いことを示唆します。土石流というものは通常の水の流れよりも破壊力・侵食する力が強く、残土の盛土やコンクリート壁など容易に崩してしまいます。
それゆえ、再び大規模な土石流が発生した場合、残土を巻き込んで規模が非常に大きくなるおそれがあるわけです。また、川幅が残土の盛土で狭められていれば、土石流によって閉塞されやすくもなり、大井川本流の大規模な土石流・鉄砲水を誘発する可能性もあります。
そうなった場合、下流側にある登山基地への人的被害も懸念されますし、長期的な河川荒廃も招きます。ダムの堆砂にもつながります。
なにより、一生懸命砂防工事をおこなっているのは、こうした事態を避けるためです。土砂の流出を防ぐための工事をおこなっている場所の直下に、あえて残土を積み上げる・・・。
おかしくありませんか?
この平坦地が土石流によって形成されていることは、JR東海が作成した準備書に、国の調査結果を引用して掲載している図(※)にも掲載されています。さらに準備書への意見でも寄せられています。
(※いちいちここに取り上げませんが静岡県版準備書の「図4-2-1-7(1)地形分類図」にありますので、興味のある方はご覧ください。ただし、非常に見づらいです。)
それなのにここを残土捨て場にしたということは、
①地形図の読解力が皆無。
②危険性がないと判断。
③危険性はあるけど回避可能と判断。
④危険性は承知しているけど無視。
①地形図の読解力が皆無。
②危険性がないと判断。
③危険性はあるけど回避可能と判断。
④危険性は承知しているけど無視。
こんなところなのでしょうが、見解書でさえも説明が全くないので何もわかりません。
それに、こんな場所で大規模に谷底を残土で埋め立てれば、たいへんな自然破壊です。
●河川生態系の直接的な破壊と下流域への悪影響
●河畔林(河原に立地する特殊な林)の消滅
●南アでは絶滅していたと思われていた高山チョウが、半世紀ぶりに見つかった場所らしいが、それが消滅する。
●景観の確実な破壊
●水質の悪化
●騒音による動物の繁殖への影響
こんな自然破壊による影響が懸念されます。
ところが輪をかけて悪いことに、この残土捨て場設置にともなう上記のような懸念に対し、JR東海はほとんど環境影響評価をおこなっていません。
わずかに動植物相の調査をおこなったようですが、その結果は全く整理せず、他の場所で見つかったものとごちゃ混ぜにして一覧リストを作成しただけです。それゆえ、この場所に何が生息しているのかすら、準備書の書面からは判断することができません。そのほかには「適切な対策をとるので水質に影響はない」と何の具体性も根拠もないことが書かれているだけ。
JR東海はこの場所について全く調査をしてないので、何に影響が出るのか出ないのか、それすらさっぱりわからないのです。何も環境影響評価もしていないのに、ここを残土捨て場とほぼ決定したんですね。
「ずさん」というレベルを超え、環境影響評価の体をなしていないと思います。