「ナゾの記名問題」とは別に、どうしても拭えない違和感。
「反対運動で騒ぎ立てることだけが目的なのではなかろうか??」
という疑念です。
確かにマスコミの注目度は高いと言えず、この問題を取り上げるために騒ぎたくなる気はわかります。ネットの片隅で文句を垂れることしかできない私には、絶対にできないことです。しかしそれでマスコミが取り上げてくれるかどうかは分からないし、もし取り上げてくれるとしても、ローカル新聞のベタ記事か、読む人のほとんどいないような左派系マイナー雑誌ぐらいに終始してしまうと思います。
そうなったらそうなったで、「可笑しな連中がわけの分からないリニア反対論を振りかざしている」というニュースネタにもなりうるし、あるいはネット上で嘲笑の対象(もうなりかけてるけど)となり、かえって計画を進める人々にとって都合のよい状況が生まれるのではないのでしょうか?
それと同時に、ごく普通な人々の共感を得ることは、絶望的になってしまうのではないのでしょうか?
リニアの問題を考えるうえで、「環境破壊や実用性が疑問視されながらも強引に進められた大規模公共事業」の事例を簡単に調べてみました。
最終的に自然破壊を回避・最小限におさえることのできた大型公共事業として、吉野川稼動堰計画(徳島)、千歳川放水路計画(北海道)、愛知万博(愛知)などがあげられますが、いずれも、問題点・疑問点をごく普通の市民の間で共有できるよう、たいへんな努力をしていたということが共通点としてあげられます。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
気を取り直して、残土捨て場の話題に戻ります。
(話があちこち飛んですみません)
静岡県内の南アルプス山中に計画された残土捨て場候補地7つのうち2つを見てみました。
ひとつは標高2000mの稜線上で、山が崩れ始めている可能性のある”超”危険な場所。こんなところに大量の残土を積み上げるのは、わざわざ山崩れの原因をつくっているようなものです。
もう1つは、四方を山崩れに囲まれ、そこからの大規模土石流が大井川を埋め立てて形成された平坦地。こちらも残土を積み上げるのは、わざわざ土石流の原因を作るような話です。
残りは5ヶ所です。
このうち、図で下方にある4ヶ所は、大井川川岸にあるかつての残土捨て場です。約20年前に中部電力が水力発電施設を建設した際の残土が盛り付けられています。
ところがこれらの場所、規模がそれほど大きくありません。準備書でも大雑把な図しか示していないので正確な値ではありませんが、地形図からざっと見積もって、4ヶ所合わせて3万平方メートル程度といったところです。仮に10mの厚さで盛り付けても合計30万立方メートルと、全体の1割程度しか受け入れられません。これでは斜坑の残土さえ入りきらないでしょう。
そのうえ、これらの旧残土捨て場も盛土から20年が経ち、木々が育ち始め、あるいは動物が戻り、ようやく周囲の環境と調和しつつあるところです。それをすべて破壊し、また土壌の育成から始めなければならない(単なる伐採ではないので)のもバカバカしい話。一概に「残土の上に残土を盛るなら影響は少ないだろう」と言えないのです。
残る最後の一ヶ所は、これまた何でこんな場所を選んだのかよくわからない場所です。南アルプス南部の赤石・悪沢・聖岳の登山拠点となっている椹島ロッジの北東側、大井川の川岸があげられています。
地形図を見ると等高線が円弧状に並んだ緩傾斜地になっており、平らではありません。川に向かって坂になっています。そのため、そのまま盛り付けても大した量は捨てられません。
準備書より複製
おそらくは、大井川や林道に沿って高さ10m以上の壁を築き、その山側に残土を放り込むのでしょう。そうしなければ残る数十万立方メートルを捨てることができません。
これまた例によって、災害に対しては条件のよくない場所のように見受けられます。地形図を見ると、円の中心に、水平距離1700m程度で標高差1100mを一気に流れ下る急な谷があります。この緩傾斜地はおそらく、この谷が土石流を繰り返して形成された崖錐(がいすい)とよばれるものに違いありません。植生に覆われていることから、ここ暫くの間は流路が固定されているようですが、大雨の際に残土がえぐられる可能性はないのでしょうか。
すぐ下流に登山拠点の椹島ロッジがあり、土石流を誘発した場合の影響なないのでしょうか?
あるいはそれを防ぐために沢の改修をおこなった場合、生態系への影響はどうなるのでしょうか?
そんなものができれば確実に景観に影響を与えます。そしてそこにいた生物は根絶やしになってしまいます。ところが例によって生物相調査以外に環境影響評価をおこなっていません。
以上見てきたように、残土捨て場候補地7ヶ所のうち、大半の残土を放り込むであろう2地点は、非常に危険かつ大規模な自然破壊が避けられず、旧残土捨て場4地点はたいして受け入れることができず、最後の1地点も自然破壊が避けられません。
結局のところ、苦し紛れ(?)に出してきた残土処分計画があまりにもムチャクチャなのです。南アルプスの環境保全-南アルプスであろうとなかろうと-を考えると、到底、受け入れられる内容ではありません。
ところで、「南アルプスの環境を保全するという」ことを考えると、誰しもまず初めに残土を南アルプス内から運び出すことが思い浮かぶことでしょう。
ところがJR東海は、そのことは全く議論の対象として取り上げていません。普通、複数の案が考えられる場合、どこかで何かしら意思決定の過程があるはずですが、何の説明も脈絡もなく「南アルプス山中に残土を捨てる」という結論が出されているのです。
「南アルプス山中に残土を捨てないようにしてほしい」という当然過ぎる意見が、配慮書、方法書、準備書の3段階でそれぞれ出されていました。それに対しJR東海は、「適切に処分いたします」というかみ合わない回答を繰り返すだけ。今まで一度も、マトモにコミュニケーションが成立していないんですね。
何の説明もないので推測するしかありませんが、搬出は不可能と判断したのでしょう。
大井川から赤石岳をはさんで西側、長野県大鹿村では、村内に300万立方メートルの残土が掘り出されるようです。
大鹿村内は、大井川源流域よりも谷の規模が小さく、また平坦地は生活地域となっているため、村内に残土を捨てるような土地は物理的に存在しません。そこで、全ての残土を村外に搬出する計画になっています。村外に通ずる道路は1本であり、村内7ヶ所の工事現場から村外に向かう大型車両は、全てこの道に集結します。
その台数、実に1日1700台以上。これは工事に使う資材や機械等を運搬する車両も含まれています。
1日の作業時間を8時間とすれば、村内の生活道路を10年間にわたり17秒間隔で大型車両が通行することになり、日常生活が困難になってしまいます。これはこれで実にムチャクチャな計画です。それでもJR東海としては、「騒音の予測値は環境基準を下回っているので計画的に通行させれば問題はない」という見解を出しています。あたかも、人が生活しているのを無視しているかのような見解です。
なお、大鹿村では説明会の際に「先に飯田方面から村内にトンネルを掘り、それを使って南アルプス本体トンネルからの残土を運び出してほしい」という意見が出されたものの、「時間がかかるからムリです」と一蹴されたとか。
住民の生活<<自社の事業
という構図が見えてきます。
さて、南アルプス山中から残土を平地まで運ぶことを考えてみます。静岡の方しか交通事情が飲み込めないかもしれませんが、ゴメンなさい。
大井川源流域から南アルプスの外へ搬出する場合、大井川沿いの林道東俣線を通って井川集落を経て40㎞先の井川ダムまで行き、そこから大井川沿いの狭い道を通って下流の川根本町・島田市方面に運ぶか、大井川鐵道井川線に積み込んで金谷方面へ鉄道輸送を行うか、静岡市街までヘアピンカーブの県道を40㎞以上運ばねばなりません。少なくとも井川ダムまでの40㎞、鉄道輸送を行わない場合は平地までの80㎞が、大鹿村と同じ条件になります。
静岡県側の場合、準備書によれば「残土を域外に搬出しない」前提で、車両の通行台数は最大480台程度と見込まれています。そして残土発生量は360万立方メートルと、大鹿村の1.2倍です。
こうしたことを考えると、もし大井川源流部から全ての残土を域外に搬出する場合、1日2000台程度の大型車両が通行しなければならなくなります(1日1000往復)。
1日2000台って、ものすごい台数です。1日の作業時間を8時間とすると、1時間に250台つまり14秒に1台という異常な状況になります。南アルプス山中が、都心のバスターミナルのような状況になるわけです。
林道ですから、時速20キロ程度しか出せません。そこで14秒間隔で行き来しているとなると、工事現場から井川ダムまでの約35㎞の間には、常に448台、78mおきに車両が存在していることになります。
こんな状況は、環境への影響うんぬん以前に、物理的に不可能な話です。それゆえ南アルプス山中に捨てることとしたのでしょう。
以上は私の推論。
残土を捨てることによる大規模な自然破壊が生じ、しかもそれに対して環境影響評価を行っておらず、さらには大規模な山崩れや土石流の誘発が懸念されます。これは非常に大きな問題です。それと同時に、こうしたムチャクチャな計画の意思決定過程を全く説明しない-一般市民はもとより市や県での審議会においても-JR東海の姿勢に、強い不信感を抱きます。
前にも書きましたが、環境影響評価というものは、事業者が行うべき環境配慮を、社会との関わりとの中で生み出してゆく制度です。だから公開文書や説明会、意見を3度受け付けることが、法律で義務付けられているわけです。社会と関わるというのが重要で、それがなければ単なる「自主努力」にしかなりません。そして事業者の環境配慮案を知るためには、どうしてそのような案を生み出すにいたったのかを知らさねばなりません。
標高2000mとか山崩れ跡地とか、そういった異常な場所に残土を捨てるという意思を決定するまでに、何段階もの判断を繰り返しているはずです。
南アルプスルートでも環境保全上、問題がないかどうか
↓
問題ないという判断
↓
南アルプスに斜坑が必要かどうかという検討
↓
設けるべきという判断
↓
残土を南ア山中に排出してもよいかどうかの検討
↓
排出しても大丈夫だという判断
↓
排出した残土を域外に運び出すか、南アルプス山中に捨てるかの検討
↓
南アルプス山中に捨てるという判断
↓
残土捨て場候補地の選定
↓
7つの候補地を抽出
↓
環境保全措置の検討
↓
環境保全措置を記載
↓
問題ないという判断
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南アルプスに斜坑が必要かどうかという検討
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設けるべきという判断
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残土を南ア山中に排出してもよいかどうかの検討
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排出しても大丈夫だという判断
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排出した残土を域外に運び出すか、南アルプス山中に捨てるかの検討
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南アルプス山中に捨てるという判断
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残土捨て場候補地の選定
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7つの候補地を抽出
↓
環境保全措置の検討
↓
環境保全措置を記載
この一連の意思決定過程が明らかにされない限り、JR東海のおこなっていることは「環境影響評価」の名に値しないと思います。
こういう姿勢が一向に改善しないため、県議会が直接JR東海から意見を聞くことにしたそうです。一時は議会に承知するという話もありましたが、結局、非公開の「勉強会」という形になりました。これでは県民に情報が伝わらない状況は全く変わらないと思うのですが…。とにかくJR東海には、「なんで南アルプス山中に斜坑が必要になったのか」というところから、丁寧に説明していただきたいところです。