最近、静岡市の田辺市長がリニア計画に関して、「世界遺産のみならずエコパークとの両立も難しいのではないか」という懸念を表明されました。
また、静岡市の自民党市議団から市長に、「エコパークや世界自然遺産登録を阻害するような計画は認められない」という意見書が出されました。
静岡市としては、市政全体としてリニア計画に対する懸念が深まるばかりのようです。
その一方で静岡県の川勝平太知事が、「リニアと世界遺産との両立は可能」などおっしゃっているらしいけれども、どういうお考えなのか、どこまで本気なのか、さっぱり分かりません。
かつて富士山を世界自然遺産に登録しようとした際、ゴミが多くて却下されたことをお忘れでしょうか? 東京ドーム3杯にもなるリニアの残土は「ゴミ」のレベルではないと思うのですが。
ニュージーランドに世界自然遺産テ・ワヒポウナムという地域があります。ミルフォード・サウンドと呼ばれるフィヨルドを中心とした、険しい山と海とが入り組んだ、非常に美しい景観を誇る地です。
ここは山々によって市街地から隔てられており、たどり着くためには、大きく迂回せねばなりません。そこで長さ11㎞のトンネルを掘って3時間以上の時間短縮をさせようという計画が持ち上がりました。
が、今年7月に中止となりました。
AFP通信の記事を貼り付けさせていただきます。
世界遺産地域へのトンネル建設却下、ニュージーランド
7月17日(水)19時58分配信
ニュージーランド政府は17日、同国の南島(South Island)で世界遺産に指定されている地域に全長11キロのトンネルを建設する計画を、環境への影響が大きすぎるとして却下した。
トンネル建設会社「ミルフォード・ダート(Milford Dart)」が申請したのは、クイーンズタウン(Queenstown)のスキー場から、国連教育科学文化機関(ユネスコ、UNESCO)の世界遺産に登録されているフィヨルド「ミルフォードサウンド(Milford Sound)」をつなぐルート上のトンネル建設計画で、バスや自動車で観光客を輸送する時間の短縮を目的としていた。
しかし同国のニック・スミス(Nick Smith)環境相は、環境と安全の観点からこの申請を却下。「国立公園は特別な場所であり、アスパイアリング山(Mount Aspiring)とフィヨルドランド(Fiordland)国立公園のような絶景はほとんどない」と報道陣に語った。
スミス環境相は、トンネルを建設した場合に国立公園内に捨てられるがれきの量が50万トンに上るとし、ニュージーランドで最も有名なハイキングコース「ルートバーントラック(Routeburn Track)」を破壊することになると説明した。またこれだけ長いトンネルが、申請された予算1億4200万ドル(約140億円)だけで完成できるかという点にも疑問を呈した。
計画に反対していた環境活動家らはこの決定を歓迎している。
以上、引用終わり
中止となったのは残土処分への懸念。
なんでも50万トンが発生する見込みだったそうです。
多いようですが「たったの50万トン」です。
リニアの場合、南アルプス全体で少なくとも1000万立方メートルの残土が出ます。これに砂岩の比重2.5を掛ければ2500万トン。南ア山中に捨てる静岡県内分だけでも900万トンにのぼります。
ニュージーランドの18倍です。
50万トンで世界自然遺産に懸念が生じるのなら、900万トンではどれだけ自然を破壊するのでしょう?
川勝知事は、このことをご存知なのでしょうか?
さて、環境アセスメントの話に移ります。今回から生物・生態系調査について触れます。
とはいえ私自身、動植物に関心が強いものの、南アルプスで調査をしたわけでもなく、詳しいことはいえないので、準備書記載内容や記載方法におけるおかしな点を示すにとどめようと思います。
この動植物に関する部分も、一言でいうと
雑
なんですよ。決してオーバーな表現ではなく、通常のアセスの水準にもおよんでいないのです。
例えば調査結果の一覧表。
こんな感じで確認された動植物リストが掲げられています。
っところで静岡県内におけるリニア建設の工事は、
標高1000m前後の畑薙第一ダム上流側の残土捨て場候補地
標高1300m前後の大井川の川底
標高1350m前後の二軒小屋付近
標高1550mの西俣上流部の坑口
標高2000mの白根南嶺の残土捨て場
標高1000m前後の畑薙第一ダム上流側の残土捨て場候補地
標高1300m前後の大井川の川底
標高1350m前後の二軒小屋付近
標高1550mの西俣上流部の坑口
標高2000mの白根南嶺の残土捨て場
というように、垂直方向にして標高差1000mの範囲に及びます。
また、水平方向には南北30㎞の範囲に及び、これらの地点を結んで大量のダンプカーやトラックが行き来します。
工事が計画されているのは、
大井川の広い河原
支流の小さな谷川
土石流の堆積した緩傾斜地
急な山肌
川岸の崖
亜高山帯の稜線
大井川の広い河原
支流の小さな谷川
土石流の堆積した緩傾斜地
急な山肌
川岸の崖
亜高山帯の稜線
など、様々な環境です。
何が言いたいのかと言いますと、工事は点や線でなく非常に広い範囲で行われるということです。
そこには様々な自然条件の場所が含まれていて、その環境に応じて非常に多様な種が生育しているのに、それを十把一絡げにしてリストを作成しても、何の意味もないのです。
一覧表を見渡すと、例えばイヌガヤ(裸子植物)、ムクノキ(ニレ科)という樹木の名が見えます。これらは静岡市街地周辺の低山や河川敷に多く生えている暖地系の植物です。そのいっぽうでダケカンバ(カバノキ科)、イワオウギ(マメ科)、クルマユリ(ユリ科)、マルバダケブキ(キク科)のように、高山植物といって差し支えないようなものも一緒くたに並べられています。
これらの種が一緒の場所に生えている可能性は、まずありません。おそらく前者は調査地点で最も標高の低い場所、後者は最も標高の高い場所で見つかったのでしょう。全く別な場所で見つかったものをごちゃ混ぜの一覧表にして、何の意味があるのでしょうか?
事業者としてはこのリストにより「これだけの種を把握しているぞ」ということを主張したいのかもしれません。しかし、客観的にその把握状況を知るためには、あるいは現地の生物相を知るためには、「どこで何がどれだけ見つかったのか」という情報が欠かせません。それなのにそうした情報は皆無です。
最低限、調査地点ごとのリストを作成すべきです。
それからこのリスト、南アルプスに自生しているものも、植林されたものも、外来種も、みんなごちゃ混ぜになっています。こういうまとめかたも、よろしくありません。
こんなメチャクチャなリストを作ったのはコンサルタント会社なのか、取りまとめたJR東海コンサルタンツという会社なのか、それも分かりません。というわけで、どこに責任があるのかも分からない…。
ついでに言うと、このリストが信頼できるのだろうか? という疑問も拭えません。
「静岡県植物誌」という、古ぼけた本があります(静岡市内の図書館に置いてあります)。この本は、静岡県内における高等植物の分布状況を集大成したもので、県内で植物相を研究する際には欠かせない大著です。
私自身、植物観察に興味がありまして、そんなわけで、この本にお世話になっております。
ところで、リニアの準備書の植物リストに、「ミヤマシシガシラ(シダ植物)」「シライヤナギ(ヤナギ科)」という名があります。この2種、静岡県植物誌で見かけた記憶がありません。そんなわけで同書の索引を見ても、やっぱり載っていない。
「?」と思って、専門的な図鑑で調べてみると、ミヤマシシガシラの分布域は日本海側の雪が多い山地に、シライヤナギの分布は関東北西部の山地に限定されるようです。
また、静岡県内に分布する動植物のリスト「静岡県野生生物目録」の最新版にも、この2種の名は見当たりません。http://www.pref.shizuoka.jp/kankyou/ka-070/wild/mokuroku.html
どういうこっちゃ?
可能性としては
①このほどの環境影響評価で、この2種が南アルプスに分布していることが初めて確認された
①このほどの環境影響評価で、この2種が南アルプスに分布していることが初めて確認された
②他の種類と間違えた
の、どちらかだろうと思います。
①だったら大変な事態です。主要な分布域から遠くとり残されたように生育している個体であり、間違いなく絶滅危惧種にランクされ、厳重な保全が求められます。
②だったら、このリスト全般の信頼性にかかわります。
私は②である可能性が高いと思います。と申しますのも、シダやヤナギ類は、類似種が非常に多く、高度な分類能力が求められるからです。特にヤナギ類は、1年のうち花のついているわずかな期間でしか判別が不可能であり、日本産の樹木のなかではハイレベルな同定能力とタイミングが必要です。
同じように、ハイレベルな同定能力とタイミングとが求められるものとして、植物ではイネ科やスゲ属等が挙げられます。微小な昆虫類、夜行性動物(特にコウモリ)については言うまでもありません。 こうした種の信頼度にも関わってきます。保全上、重要な種が見落とされていないでしょうか?
本アセスではどのように同定したのか、詳しい説明を求めたいところです。それから、きちんと標本が残され、専門家が鑑定できる状況が整えられているのでしょうか?
動植物に対する環境影響評価において、基礎となるべき確認生物リストでさえ、このように疑問点がたくさんあります。植物以外は門外漢なので目を通していませんが、他にも同じような問題点が多いのではないのでしょうか?
手元に、ミヤマシシガシラによく似たシシガシラの写真がありましたので、ついでに貼り付けておきます。
このシシガシラなら、静岡の街外れでもごくふつうに見かけます。これは日本平で撮影したものです。ミヤマシシガシラは、葉柄や軸が紫色になるとのこと。