ちょっと間が空きましたが、22日に提出された静岡市意見について、主に残土に対する視点から、再度考えたいと思います。
県知事に提出された静岡”市”の意見とはいえ、静岡県内でリニアが通過するのは静岡市だけであることから、これは静岡県内の意見を集約しているともいえます。
また、静岡市で事業が予定されているのは全て南アルプス山中であり、南アルプスにおける環境配慮に対するJR東海の姿勢が問われたともいえます。
2010年後半、リニア計画の是非を審議していた国土交通省中央新幹線小委員会においては、「南アルプスにおける事業計画の是非について環境面からは問わない」というきわめて無責任な態度がとられていましたので、これが初めての審査になりました。
結論から言いますと、静岡市の意見書では、「JR東海は審査に対して非協力的であり、調査も十分とは言えず、そのうえ現計画では南アルプスや大井川の自然環境、ユネスコ・エコパーク登録計画に与える影響が非常に大きく、このまま認めることはできない」と、明確に「ノー」を突きつけた形となっています。
ここで最も大きな問題として取り上げられているのが、やはり大量の残土の扱いです。JR東海の示した処理方法が、あまりにも常識から外れた、ムチャクチャの極みといえるような内容だからです。
静岡県内で計画されている残土処分方法は、次の2通りです。
①大井川最上流部の西俣(標高1550m)に斜坑を設け、地下350m付近の本坑から残土を運び出す。掘り出された残土は、長さ約2150mの道路トンネルを通り、標高1450mまで下ったところで東俣を渡り、再び長さ約2950mのトンネルを通って標高2000mの稜線に運ばれ、扇沢の源頭に捨てられる。
国土地理院地形図閲覧サービス「うぉっちず」より複製・加筆
Google Earthより複製・加筆
②二軒小屋付近(標高1350m)に斜坑を設け、地下350m付近の本坑から残土を運び出す。掘り出された残土は、そこから下流の大井川の川岸7地点(実質的に二軒小屋すぐ下流の1地点)に捨てられる。
環境影響評価準備書より複製・加筆
このうち、①の案には明確に「ノー」が突きつけられました。
●谷底から600mも高い地点に持ち上げることにより、残土のもつ位置エネルギーが増大して不安定となる
●侵食のすすむ沢の源頭に置けば、下から崩されやすい。
●それだけでなく残土の重さで山肌自体が大崩壊するおそれ
●捨てに行くための道路トンネル建設自体が大量の残土を出す。
●それだけでなく残土の重さで山肌自体が大崩壊するおそれ
●捨てに行くための道路トンネル建設自体が大量の残土を出す。
という理由からです。そもそも、何を考えればこんなムチャクチャな案が出てくるのか、いまだに理解できません。静岡市民に身近な話に例えると、第二東名の工事で出た残土を、由比の地すべり地帯にそびえる浜石岳山頂に運んで捨てるような話です。
あるいは、砂場でトンネルを掘って遊んでいた子供が、滑り台の上に砂を持っていくような・・・
ちなみに意見書ではこのように書かれています。
南アルプスの稜線部には、第四紀以前に形成されたとかんがえられる小起伏面が残存しており、扇沢源頭部もそのひとつである。この小起伏面は、山梨県側からも静岡県側からも地すべり・崩壊による侵食が進み、面積が縮小しつつある不安定な領域である、そこに、重量物である発生土を積み上げることは重力不安定を促進し、発生土を含めた山体崩壊を促進するおそれがあり、下流部に重大な影響を与えかねない。また、発生土の運搬のために講じよう道路トンネル(トンネル)を設置することは、発生土の増加や新たな環境変化を生むこととなるため、同地での発生土の処理は回避すること。
この残土捨て場は、地形図で推測すると、高さ55m程度の壁を築けば、その内側に約100万㎥、全体の約30%の残土を放り込むことが可能です。わざわざ道路トンネル分の残土を増やしながらも捨てに行くわけですから、これくらいの目論見があるのでしょう。
扇沢での受け入れ可能な容積は約100万㎥と見られますから全体の1/3です。それが使えなくなったわけです。
※JR東海の試算では、静岡県内では掘削容積233万㎥で、そこから生じた残土をほぐすと1.54倍に体積が増し、358万立方メートルとなるそうです。これが、準備書に書かれた「残土360万㎥」の実態です。
ほぐした残土(岩のカケラの場合)を捨てる際、締め固めると体積が1~2割縮みます。言い換えれば、捨てる際の残土容積は、元の掘削容積の1.3倍程度になります。
文章で書くとややこしいですが、『鰹節を削るとボール一杯に容積が増すけれども、小さな袋に押し込めば容積は縮む。でも元の鰹節よりは大きな容積。』ってイメージしてください。残土処分に必要な受け入れ容積は、上から押さえた状態での残土容積となります。
扇沢の残土捨て場が使えなくなると、東側の道路トンネルを掘る必要がなくなるので、全体の掘削容積は220万㎥程度となります。220万㎥を捨てるのに必要な容積は、大雑把に見積もって300万㎥程度です。
また、②についても、根本的な見直しを迫っています。
JR東海は、二軒小屋ロッジ下流の平坦地にも大きな残土捨て場を想定しています。
この残土捨て場は、準備書ではわざわざ楕円で書かれており、相当に広くすることを見込んでいると考えられます。地形図から推定して、川の流下方向に950m、幅100m、面積95000平方メートルほどの平坦面がとれます。ここに、残土を高さ15m(一般的な盛土の上限)で積み上げれば、約142万㎥、全体の約47%の処分が、計算上では可能です。
ところが例によって、この場の立地条件が大問題。
すぐ北西側にそびえる標高2880mの千枚岳東面には、比高500mにおよぶ巨大な崩壊地があります。そこから流れ下った土石流が、大井川を埋め立てて形成されたのが、この平坦地なのです。現在でも土石流が頻発し、土砂が堆積しつつある場所です。
国土地理院地形図閲覧サービス「うぉっちず」より複製・加筆
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したがって残土を盛ることによって河原を狭めれば、崩壊地から流れ下る土砂をせきとめ、上流側の川床上昇を引き起こしてしまいます。土砂が厚く堆積すると、川の伏流と生態系の破壊につながり、さらには堆積土砂による大規模な土石流を誘発する可能性もあります。
そんなわけで、意見書でも、
「本事業において、同地に大量の発生土を置き、その保護のために擁壁を築くとすれば、自然環境と景観に影響を及ぼすため、新たな環境影響評価が必要である」
と書かれています。
「本事業において、同地に大量の発生土を置き、その保護のために擁壁を築くとすれば、自然環境と景観に影響を及ぼすため、新たな環境影響評価が必要である」
と書かれています。
明確に否定したわけではありませんが、JR東海は残土置き場には擁壁を築くと話していることから、環境影響評価のやりなおしを求めていることを意味しています。
以上のように、①を否定、②の見直しを求めたことにより、約30%の残土の行き場がなくなり、約50%の残土処分もどうなるか分からなくなりました。よって、全体の80%の行き先が定まらなくなりました。
ところで全国紙の地方版で、このことをちょっぴりと報じています(毎日新聞も報じているようですが、会員制なので読むことができません)。
産経新聞http://sankei.jp.msn.com/region/news/140123/szk14012303200001-n1.htm
静岡市長「万全の対応を」 リニア新幹線 知事に意見書提出
『工事の際に発生する残土の置き場については、専門家会議の答申に基づき、2カ所の場所や構造の見直しを求めた。流域市町が心配する大井川の水量減は「毎秒2トンの減少は大きな変動」として、代替水源の位置や方法を具体化するよう要望した。』
静岡市長「万全の対応を」 リニア新幹線 知事に意見書提出
『工事の際に発生する残土の置き場については、専門家会議の答申に基づき、2カ所の場所や構造の見直しを求めた。流域市町が心配する大井川の水量減は「毎秒2トンの減少は大きな変動」として、代替水源の位置や方法を具体化するよう要望した。』
読売新聞
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/shizuoka/news/20140122-OYT8T01075.htm
『JR東海が発生土置き場の候補地として示した7か所のうち、標高約2000メートルにある扇沢(おうぎさわ)地区については斜面が崩壊する恐れがあるとして撤回を求めた。毎秒2トンの水量減少が予測される大井川上流の水資源対策では、現状の水質、水量を確保するための具体策を評価書で明らかにすることを要求した。』
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/shizuoka/news/20140122-OYT8T01075.htm
『JR東海が発生土置き場の候補地として示した7か所のうち、標高約2000メートルにある扇沢(おうぎさわ)地区については斜面が崩壊する恐れがあるとして撤回を求めた。毎秒2トンの水量減少が予測される大井川上流の水資源対策では、現状の水質、水量を確保するための具体策を評価書で明らかにすることを要求した。』
朝日新聞
http://www.asahi.com/articles/ASG1Q3HR0G1QUTPB003.html
『南アルプス山岳トンネル(全長20キロ、県内10キロ)の工事が環境やユネスコエコパーク登録に与える影響に強い懸念を示したうえ、保全措置の徹底を求める内容だ。残土候補地1カ所については、計画の撤回を求めている。撤回の要求は異例だ。』
http://www.asahi.com/articles/ASG1Q3HR0G1QUTPB003.html
『南アルプス山岳トンネル(全長20キロ、県内10キロ)の工事が環境やユネスコエコパーク登録に与える影響に強い懸念を示したうえ、保全措置の徹底を求める内容だ。残土候補地1カ所については、計画の撤回を求めている。撤回の要求は異例だ。』
とあります。
ここにはありませんが、中日新聞の静岡版でも似たような扱いでした。
各社とも扇沢源頭での処理を回避するよう求めたことに触れたものの、「7ヶ所のうち2ヶ所の見直し」というように、あまり計画に与える影響ははないように書かれていますが、それは全く違います。
7ヶ所のうち、大井川下流側の4ヶ所には、25年ほど前に水力発電所建設で出た残土が既に捨てられており、これ以上はたいして捨てられないのです。地形図から推測すると、厚さ10~15mで残土を盛り付けても、受け入れ可能な量はせいぜい30万㎥程度。全体の1割しかありません。
JR東海が準備書において、残土捨て場候補地と挙げた大井川沿いの地点
国土地理院地形図閲覧サービス「うぉっちず」およびGoogle Earthより複製・加筆
一覧表にするとこんな感じ。あくまで、私kabochadaisukiの試算ですが、大まかな傾向を考える程度ぐらいには使えると思います(本来ならJR東海が示すべき内容!)。
左側2地点は、現時点では残土捨て場として使用することを拒否されました。
静岡県での工事は他県とは異なり、出てきた残土を捨てることがメインとなります。その候補地のほぼ全てについて見直しを求めたわけですから、現時点ではJR東海に対し、「貴社の計画では環境保全は不可能である」と突きつけたといえるのです。
静岡意見内での残土捨て場の見直し要請は、南アルプス貫通計画の根本的な見直しと同義であることに、マスコミ各社は気付かないのでしょうか?
ちなみに静岡新聞だと、意見書についてはっきりと「残土処理計画について抜本的な見直しを迫る内容となっている」と書かれています。
1月22日 静岡新聞夕刊3面より
静岡市意見に従って残土捨て場の代替地を求めようにも、JR東海は7ヶ所の残土捨て場以外の候補地を全く示していませんし、準備書の各評価は域外に搬出しない前提で書かれています。そのため、何をするにも新たな環境影響評価が必要となります。
意見書では、このような問題を踏まえたうえで、「斜坑等の計画について再検討すること」とまで言及しています。
また、長野県版の準備書に、「大鹿村では1日1700台の大型車両が通行」という荒唐無稽な予想を書いていますが、これは静岡県内で斜坑を2本掘る前提の台数です。静岡県側で斜坑の数や残土搬出量を変えれば、この台数も増加するはずです。県境をまたいで整合性をとらねばなりません。
いずれにせよ、計画の見直しは必至です。現計画を認めることはできないというのが地元の総意なのです。