このところ、リニア沿線地域で環境影響評価の一環として公聴会が開かれています。これは環境影響評価法に基づく制度ではなく、各地の条例に基づくものです。
静岡市でも、21日に初めて県条例に基づいて公聴会が開かれています(私は都合が悪くて足を運べませんでした。平日夜ではなく土・日の昼間にしてくれればいいのに)。
新聞報道(といってもネット上ですが)を見てみると、「反対意見相次ぐ」という書き方をしていることが多いようですが、これは若干本質からずれたとらえ方だと感じます。
環境影響評価の各図書(配慮書・方法書・準備書)への意見提出と同じく、公聴会はあくまで環境保全に対する意見を公述する場であり、事業の反対・賛成を問う場ではないからです。本来なら、「不安を訴える声が相次いだと」とでもすべきでしょう。
とはいえ、環境破壊を懸念するというよりも、「リニア反対」を念頭において発言する人も多かったに違いありません。
(環境悪化に対する不安や環境影響評価のあり方に疑問のある人々が意見を述べる場ですから、「環境悪化など気にせず諸手をあげてバンザイ!」という人は、わざわざそんな場へ発言なんぞするために赴かないはずです)
着工直前(by日本経済新聞)であるのにも関わらず、反対・批判意見ばかりが噴出する、事業推進のうえでは非常に険悪な状況を生み出してしまったのは、この計画を進めてきた事業者であるJR東海自身と後押ししてきた自治体、無責任な国にあるといえます。
ちょっと調べれば誰しも疑問を抱くような計画なのに、そのことを公述する機会など、JR東海が計画を発表してから6年間、まったくなかったからです。
私の考えでは、リニア計画の本質的な問題は次の点にあると思います。
超電導リニア方式の中央新幹線整備計画は、超高速運転により東京-大阪を1時間7分で結ぶことが可能であるものの、その際立った特殊さゆえ、非常に環境や社会への対応性が悪い。
すなわち超高速運転のために、また、3大都市を最短で結ぶために、沿線の社会事情・自然環境に構わずほぼ一直線にルートを定めねばならないし、途中駅に停車する列車もごく限られる。
ゆえに、自然環境・生活環境の破壊を回避するという概念、沿線にメリットをもたらすという概念を、そもそも持ち合わせていない。
これが、超電導リニア技術が宿命として抱える問題点というか欠陥だと思うのであります。こればかりは、技術開発をしてもどうにもなりません。
超電導リニア技術を世に送り出すにあたり、国(旧国鉄/旧運輸省/国土交通省)は、この技術が宿命として、「環境への影響を回避したり沿線へのメリットを重視するという概念を持ち合わせていない」という宿命については、いっさい審査の対象としていません。
沿線自治体も同様、リニア技術がいかなるものかという点をロクに検証もせず、住民意識はカヤの外にして「沿線ナントカ学者会議」やら期成同盟会やなんかを設置し、推進一色に染まってしまいました。
計画に疑問を抱く声はほとんど拾い上げられていないんですね。
一番、時間をかけて熟慮せねばならないところを無視して計画を認可したがゆえに、今になって、本質が問われることとなってしまったと言えるでしょう。
相変わらず「リニア中部圏地域づくりフォーラム」なる行政イベント(国土交通省中部地方整備局・主催)が名古屋で開かれるそうですが、そろそろ夢から覚めて現実と向き合ってはいかがでしょうか?
さて現実に戻り、環境影響評価準備書【静岡県版】の問題点について書きます。
今回取り上げるのは、動植物に対する環境影響評価です。
南アルプスには何千という動植物が分布していますが、それらを全て保全対象にすることは不可能なので、”重要な種”を事業者が選び、影響評価の対象とします。
この選定過程に、よく分からない三重基準を用いて、どうも少なくさせようとしていたんじゃないかという疑念があるのは、以前指摘したとおりです。
しかも事前の既存資料調査で「生息しているかもしれない」という動植物を多数あげておきながら、実際に評価対象としたのは現地調査で確認された一部の種のみとなっています。
たった数回の調査だけで、評価対象を決定してしまうのですから、きわめて乱暴な議論です。常識的に考えて、数が少なくて見つかりにくいような生物だからこそ、”重要な種”なのではないのでしょうか。この点は、静岡市意見においても「文献確認種についても生息を前提に環境保全措置を講ずること。特に生息情報のある種については、必要な調査及び環境保全措置を講ずること」とと述べられています。
まず、そのこと自体が疑問なのですが、その先にある影響評価の内容もまた、おかしいのです。
影響評価においては、工事がその”重要な種”に与える影響を予測し、影響が出るであろうと予測される場合は、保全措置を考えることとなっています。
で、準備書を見てみますと、改変予定地で確認されたものに対して
生息環境である○○は、工事作業により一部が改変されるものの、周辺に同様の環境は広く残されることから、生息環境は保全される。
という表現が使いまわされています。だから保全措置は不要なんだとか。
一例として両生類のヒダサンショウウオに対する影響評価を貼り付けておきます。線を引いた部分ですね。
全く同じ表現が、JR東海による現地調査で確認された重要な動物84種のうち実に83種で使いまわされています(※)。使われていない1種は、上空を通過しただけと思われるハヤブサだけ。植物でも21種のうち13種で使われています。
(※)準備書を読むと、重要種の中には、「ヒガシニホントカゲ」というものも含まれている。希少種でもなんでもなく、農村の石垣なんかでよく見られる、尾の青いトカゲである。
県版レッドデータブックで部会注目種に指定されていることから、重要種に位置づけたと思われるが、これは重要種の選定作業にあたり、レッドデータブックの中身を読まず、機械的に拾い上げただけの証拠だと思う。このトカゲ、県内全域に分布していると思われていたが、近年、伊豆半島に生息しているものは別種のオカダトカゲであることが判明し、どうも静岡県東部が分布の境界になっているらしいことがわかった。県内の分布状況が特異であることから、レッドデータブックに掲載されたのである。
私自身としては、南アルプスにおける分布状況は分からないけれども、こうした種については、地域状況に照らし合わせて、本当に重要種に位置づけるのが適当かどうかの検証作業を行うべきであろう。その作業をおこなっていないあたり、やはり手抜きの調査だと言わざるを得ない。
環境影響評価では定番の書き方のようですが、実にいい加減です。
まず、そもそもの疑問ですが、本当に周辺に同様の環境は広く残されるのでしょうか? 一番肝心な点が、全く述べられていません。
そして、「周辺に同様の環境は広く残されることから、生息環境は保全される」ことが、なぜその種の存続につながると言えるのでしょう?
準備書に詳しい説明はありませんが、私なりに考えますと、3通りの解釈が可能です。
①周辺の同様の環境にも、同じ種が数多く分布しているから
②周辺の同様の環境に移動してくれるから
③周辺の同様の環境に移動させることができるから
①周辺の同様の環境にも、同じ種が数多く分布しているから
②周辺の同様の環境に移動してくれるから
③周辺の同様の環境に移動させることができるから
移動することのできない植物や、移動能力に乏しい微小な動物(巻貝など)に対しては①、動物には両方の意味で解釈しろということなのでしょう。
しかしながら、①はあからさまにヘンです。なぜなら、同様な環境ならばどこにでも分布しているような生物なら、わざわざ”重要な種”に位置吹ける必要はないからです。個体数が少ないから絶滅危惧種等に指定されているという当たり前の前提条件が無視されています。
それに、たとえ実際には周辺に多く分布していたとしても、その状況を説明するような資料は掲載されておらず、説得力が全くありません。
②のおかしいところは、その動物が生息するのに必要な環境が、周辺にどの程度存在するのか、また、その動物の移動能力と適応能力からみて移動は可能か、という点からの説明がなされていないことです。
例にあげたサンショウウオの場合、種が存続してゆくためには、産卵に適した適度な流速と大きさの石を備えた小さな清流と、それに連続した森林という環境が欠かせません。そういう場所が、本当に周辺にも広く分布しているのか、水辺から離れることができず、そのうえヨチヨチ歩きのサンショウウオがそこまで移動してくれるのか、そんなことは全く言及していません。
絶滅のおそれのあるような重要種というのは、たいてい生息環境の変化に弱く、適応能力が低いと考えるべきです。
フクロウ類、コウモリ類は、大きなウロの空いた大木が多数存在することが大前提。特に樹洞性のコウモリは、樹洞でしか繁殖できないそうです。
イワナやカジカの存続には、清澄な水と隠れ家、エサとなる昆虫の存在、渇水時や増水時に避難場所となる枝沢の存在といった条件が必要です。
チョウやガの場合、幼虫が特定の植物しか食べない種があります。幼虫の越冬場所が必要なものもあるでしょう。
イヌワシ、クマタカの場合は、営巣するための大木や崖、エサとなる動物が豊富な生態系、広大な狩場、そしてむやみに人が近づかない環境など、非常に厳しい条件が必要です。
83種あれば、83種ぞれぞれの生息に適した環境に関する説明が必要なところですが、準備書からは、具体的なことが全く見えてきません。
③についても、なかなかうまい具合に話は進みません。
例えば、植物のラン類の場合、特定の菌類が存在しないと発芽できない種が多く(つまり移植困難)、なかなか移植は困難です。こういう技術的な問題以前に、果たして移植することで移植先の生態系を乱すことにつながらないのかという議論も欠かせません。トキやコウノトリの野生復帰だって、あれだけ試行錯誤を繰り返したのですよ・・・。
ところで、サンショウウオの資料を出したついでに・・・
ちょっと渓流に生息する動物(サンショウウオ、ヤマトイワナ、カジカとか)について考えます。
南アルプスという場は地形の変動が激しいため、土石流や山崩れで沢ごと消滅してしまう危険性もあります。これは過去から繰り返されてきた自然の営みです。それでもサンショウウオ等が絶滅せずに生き残ってきたのは、沢と沢とが連続したネットワークを形成していたからです。どこか1つの沢で絶滅しても、また長い年月をかけて別の沢から移動してきて分布域を回復させる…こんなことが何千年も繰り返されてきたのでしょう。いってみれば、局地的な災害が起きても全滅しないように各地にストックを分散させてきたようなものです。
重要種、すなわち個体数の少ない生物というのは、その機能が種全体で弱まっていると言えます。
機能の弱まった種に対し、災害の起こりやすい場所で、人為的に一部の生息域を破壊・分断してしまうと、全体のネットワークの寸断となり、個体群の孤立化を招き、分布の縁辺部からますます数が減ってゆくのではないか、懸念してしまいます。
準備書でいう「周辺に同様の環境は広く残されることから、生息環境は保全される」というのは、事業者の勝手な願望なのではないのでしょうか。