今頃、とんでもないことに気付きました。
なんとリニア中央新幹線整備計画は、事実上、大部分の環境アセスメントが不要になっているようなのです。
環境省は2011年7月15日、中央新幹線計画段階環境影響評価配慮書に対する環境大臣意見を提出しました。http://www.env.go.jp/press/file_view.php?serial=17908&hou_id=14026(PDFファイル)
この意見では、列車の走行する軌道以外の施設(付帯施設)については、「評価書作成までの間に位置等を明らかにすることが困難な場合は環境保全措置を評価書に記載し、事後調査を行う必要がある」と述べています。事後調査とは、着工後に、評価書に示した保全措置が適切になされて環境に著しい影響を与えていないか確認するだけのことであり、これを行うことを約束すれば、付帯施設に関しての環境影響評価手続は自動的に終了することになります。
つまり、事業認可までに行われる環境影響評価手続においては、付帯施設の位置・規模・構造を明らかにする必要も、その建設工事や存在による環境への影響を調査・予測・評価する必要もないということになります。
環境大臣意見でいう付帯施設とは、橋梁、トンネル、斜坑、縦坑、工事用道路、施行ヤード、残土捨て場、変電所、保守基地など、軌道以外に建設する、ありとあらゆるものが含まれています。大臣意見を忠実に解釈すれば、これら全てについて、許認可前のアセス対象とする必要がなくなります。それゆえ、どんなに準備書・評価書の記載内容に不足・不備があっても、認可することとなります。
静岡県での地上工事(残土捨て場、施行ヤード、斜坑、工事用道路など)は全て付帯施設の建設のために行われますので、それらは全てアセス不要という見方もできます。また長野県大鹿村や南木曽町で、斜坑の数の多いことによる懸念が訴えられていますが、斜坑は付帯施設なので、現段階で事業者(JR東海)は耳を傾けなくてもよいことになります。
沿線住民や市町村、あるいは準備書の審議会の場で、「残土の処分方法を示せ」「具体的な場所や構造が明らかにならないと審議すらできない」という声が相次ぎ、JR東海への批判が強まっています。事業による環境への影響を審査するための資料が準備書なのであり、その記載内容が不足しているのですから、至極当然な主張です。しかし環境大臣意見に照らし合わせてみれば、それは的外れな主張であり、情報を出さないJR東海の姿勢は、論理的にも社会通念上としても好ましくありませんが、間違ってはいません。むしろ、アセス不要とされた斜坑や一部残土捨て場の情報を出したことは、ほめられるべきと見なすこともできます(内容は問題だらけなのですが)。
付帯施設について、環境大臣意見で「許認可審査にアセスは不要」とはいっても、その工事や存在が環境に与える影響は甚大です。付帯施設がなければ軌道は造れないわけですし、おそらく軌道の出現よりも大きな影響を及ぼすことでしょう。こんなのが無視されていいわけありません。
例えば残土捨て場の建設は、法律に基づくアセス対象事業ではありませんが、一定規模以上になれば、都や県条例に基づくアセス対象となります。リニアの残土捨て場は、残土発生量からみて条例アセス対象となる可能性があります。
というわけで、環境大臣意見が骨抜きならば条例で対応できるのでは?と思いましたが、そうもいかないようです。
環境影響評価法には次のような条文があり、同法を条例との関係を規定しています。
(条例との関係)
第六十一条 この法律の規定は、地方公共団体が次に掲げる事項に関し条例で必要な規定を定めることを妨げるものではない。
一 第二種事業及び対象事業以外の事業に係る環境影響評価その他の手続に関する事項
二 第二種事業又は対象事業に係る環境影響評価についての当該地方公共団体における手続に関する事項(この法律の規定に反しないものに限る。)
第六十一条 この法律の規定は、地方公共団体が次に掲げる事項に関し条例で必要な規定を定めることを妨げるものではない。
一 第二種事業及び対象事業以外の事業に係る環境影響評価その他の手続に関する事項
二 第二種事業又は対象事業に係る環境影響評価についての当該地方公共団体における手続に関する事項(この法律の規定に反しないものに限る。)
何のことだかさっぱりわからない文章ですが、環境省はこの条文について、公式に次のように解説しているそうです。
『法律によるアセスメントが実施される事業について、条例で「環境影響評価に関する一連の手続」を定め、法律によるアセスと条例に基づくアセスの両方の実施を義務付けことはできない』畠山武道「自然保護法講義」北海道大学出版会p.293より
つまり、環境影響評価法に従ってアセスを行う事業に対し、条例によって追加的にアセスを行わせるのは違法であり、できないということです。
以上のことをまとめると、次のような結論となります。
リニア中央新幹線整備計画(法アセス対象事業)では、斜坑、工事用道路、残土捨て場、変電所など付帯施設が多数建設される。環境に与える大きさという意味では、本線の建設よりも大きいかもしれない。これらは、たとえ単独で行われれば条例アセス対象事業となる規模であっても、配慮書への環境大臣意見では法アセス対象事業の付帯施設とみなされ、許認可審査に際して詳細な調査・予測・評価はもとより、位置や規模を明らかにする必要すらないとされている。
したがって、現段階でリニア中央新幹線整備計画に伴う環境への影響を審議する情報が不足しているのは当然であり、事業者であるJR東海を批判しても無意味で的外れである。そして、どれほど情報が不足していても、国による許認可審査では不問である。
このように、「とりあえず認可を与えてから対策を練ればよい」「着工後に調査すればよい」というのは、四半世紀前の東北・上越新幹線とか長野新幹線を計画していた頃の閣議アセスとよばれる進め方です。
いっぽう配慮書において環境大臣意見を提出するというのは、計画の早期段階から環境配慮を促そうという新しい試みであり、このリニア中央新幹線整備計画が第一号となりました。その第一回目において、四半世紀前のアセス手法をよみがえらせ、いきなり手抜きを奨励してしまったように見受けられます。
環境省のこの意見は、非常に無責任だと思います。そのうえ、環境影響評価制度のあるべき姿をねじ曲げています。