ここ数回、「リニア計画の環境影響評価は不備が非常に多くても事業認可に対してあまり問われない」ということを書きました。
環境影響評価配慮書に対する環境大臣意見の内容からも、おそらく、制度的にはそうなっていることが伺えます。
ところが改めてJR東海作成の準備書を見てみると、そのあまり強いことを求めていない環境大臣意見の水準をも満たしていないようなんですね。
もう一度、環境影響評価配慮書に対する環境大臣意見を見てみますと、次のようなことも書かれています。http://www.env.go.jp/press/press.php?serial=14026
すなわち、「南アルプス国立公園の拡張候補地として検討が進められている地域については、環境に配慮した地下構造形式を基本にし、可能な限り付帯施設の設置も避けるべき」とあります。
事業者であるJR東海は、この大臣意見を受けてから方法書を作成し、調査・予測をおこなって準備書にまとめ、具体的な事業計画と調査結果を発表しました。したがって準備書に記載された事業計画には、この大臣意見が考慮されていなければならないことになります。この点は環境影響評価法第五条にも書かれている、事業者が守らなくてはならないルールです。
環境大臣意見で言う「南アルプス国立公園の拡張候補地として検討が進められている地域」が、正確にどの範囲を指しているのかは明確でありませんが、以前の国立公園総点検事業の資料から考えると、山梨県早川町、静岡市北部、長野県大鹿村一帯が該当するはずです。
環境省のホームページより複製 詳しくは先日のブログ記事を参照
JR東海の事業計画では、この「南アルプス国立公園の拡張候補地として検討が進められている地域」の中で、様々な付帯施設を建設することとなっています。
早川町、静岡市、大鹿村内で計画されている付帯施設は、
先進ボーリング坑 (本坑に並行 断面積56平方メートル 長さ約25000m)
作業用道路トンネル (断面積41平方メートル 長さ8500m)
斜坑 (7~8本 推定合計長さ15000m)
作業員宿舎2ヶ所
残土捨て場 (少なくとも静岡市7ヶ所、早川町1ヶ所 静岡市だけで360万立方メートル)
変電所 1ヶ所
作業用道路トンネル (断面積41平方メートル 長さ8500m)
斜坑 (7~8本 推定合計長さ15000m)
作業員宿舎2ヶ所
残土捨て場 (少なくとも静岡市7ヶ所、早川町1ヶ所 静岡市だけで360万立方メートル)
変電所 1ヶ所
となっています。さらに残土捨て場や作業用道路を土砂災害から保護するために、砂防ダムのようなものも多数設置されることでしょう。
また、早川を渡る橋りょうは長さ350~400m、高さ170mと、異常に高いものが計画されています。
さて、こうした内容の書かれた準備書について…
先日までと書いてある内容が矛盾するようですが、以下の理由により、環境大臣意見を勘案するという面からは、現段階でリニア計画を環境配慮面から認可してはならないと思うのであります。
①環境大臣意見に答えているかどうか判断できない
3種の作業用トンネルの合計長さは48.5㎞に達し、列車(リニア)の走行する本線よりも長くなるうえ、それだけでおそらく400万立方メートル以上の残土を掘り出します。
もし国立公園特別地域でこのような工事を計画した場合、自然公園法によって規模やデザイン等に厳しい規制がかかり、それゆえに工法や工期にも制限がかかります (だから一般的に大規模開発には一定の抑制力がはたらくわけです。公共事業には無力)。つまり、けっして規模の小さなものではなく、国立公園内では認められないような計画です。
そういうものをたくさん建設することを計画していますので、「南アルプス国立公園の拡張候補地として検討が進められている地域では可能な限り付帯施設の設置も避けるべき」という環境大臣意見を考慮したものなのかどうか、問われなければなりません。
可能な限り避けることとができたかどうかを、環境省なり市民なりが客観的に審査するためには、事業計画の原案と環境に配慮して修正した案とを比較しなければなりません。この点については、どなたも異論ないと思います。
リニア計画の場合、配慮書への環境大臣意見を受けて作成された方法書の段階では、事業計画がほぼ白紙でした。そして準備書になってはじめて事業計画が出されました。ということは、(順序の上では)方法書作成以後にJR東海内部に事業原案が生み出され、調査の過程で様々な案を比較検討し、準備書に記載された事業計画が、最終的な修正案となっているはずです。実際、静岡市での準備書説明会でも、この準備書記載案以外に変更はないという話を聞きました。
事業計画の推移
左…配慮書・方法書の段階
右…準備書の段階
いきなり事業計画だけが描かれていて、「可能な限り」付帯施設を減らせたのかどうか判断できない。
ところが、準備書をすみずみまで見渡しても、単一の案つまり「修正後の案」しか掲載されておらず、検討の経緯は明らかにされていません。
したがってこの準備書からは、大臣意見を受けて「可能な限り付帯施設の設置も避ける」ことができたのかどうか、客観的に審査することができないのです。
②「環境に配慮した地下構造形式」となっていない
JR東海の計画では、リニアの通る部分は全て地下構造となっています。しかし上記の通り、リニアの通る25㎞の本坑を掘るために、それ以上に長くトンネルを掘り、そのうえ大量の残土を「南アルプス国立公園の拡張候補地として検討が進められている地域」に捨てることとなっています。こうした工事計画について、環境への影響が非常に懸念されています(騒音、生態系・景観の破壊、水質汚染、災害誘発のおそれ)。実際、静岡市からは、事業計画の大幅な見直しを求められています。
今のところ、JR東海はこうした構造・計画にせざるを得ない理由を説明していません。
おそらく、技術的には斜坑を設けなくともトンネルを貫通させることは可能でしょう。それにもかかわらず斜坑を多数設けたり南ア山中に残土を捨てたりするのは、技術的に必然的な理由からではなく、工期短縮・建設費削減のためでしょう(技術的に必要な行為ならば、環境に配慮した工事は絶対にできないことを証明することになる)。
けっして環境に配慮した構造・工事計画とは言えません。
また、トンネルを掘ることにより大井川や小河内川の流量を大幅に減らすことを、JR東海自身が予測しています。斜坑や残土捨て場の問題は付帯施設と言い逃れできるかもしれませんが、流量減少は本坑自体の存在も大きな要因となります。
そのうえ、大井川や小河内川で流量減少をもたらした場合、トンネル出入り口との位置関係から、川に水を戻すことができません。河川生態系に深刻なダメージを与えかねないのに、構造的な理由から有効な対策ができないのです。
このように水環境への影響や対策の可能性という観点だけからでも、本坑自体も「環境に配慮したトンネル構造」になっていません。
さらに小河内川の場合、国立公園特別地区に指定されている範囲においても流量を減少させる可能性があります。国立公園内において河川の流量に増減をもたらすことは、自然公園法で禁止されている行為ですが、これに抵触するのではないのでしょうか。
以上のように、JR東海が作成した準備書は、環境大臣意見に答えておらず、環境影響評価に環境省から課せられた条件を満たしていないのではないのでしょうか。
この後、3月末までに沿線の知事からJR東海に意見書が出され、JR東海は準備書を修正して環境影響評価の結果を評価書としてまとめます。その評価書においても、このような環境大臣意見に答えていなければ、環境省はこの事業を認可してはならないと思います。