静岡の人間が長野県側のことにまで首を突っ込むのはどうかと思いますが、同じ南アルプスの一部ということで気になったことを書きます。
環境省は、JR東海の中央新幹線・環境影響評価配慮書に対する環境大臣意見(2011年7月)で、「南アルプス国立公園については路線位置選定の際に回避することを検討し、回避が困難な場合は環境に配慮した地下構造形式とすべき」としました。
環境大臣意見を転載
で、JR東海は「南アルプス国立公園をトンネルで潜り抜けるから地上への影響はない」という準備書を作成したわけです。
でも本当にそうなのか{????」なのです。
リニアのトンネルは、南アルプスの長野県部分で、小河内沢という川を串刺しにするようにくぐりぬける計画になっています。
小河内沢の位置については次の地図をご覧ください。
※地図では小河内川となっていますが、小河内沢です。ごめんなさい。清水区内の川の名と間違えました。
↓拡大
上は環境影響評価配慮書の図を、下の図は準備書の図を複製・加筆
この小河内沢の真下を、100~300mという非常に浅い土被りで通過するため、トンネル頭上を流れる川の流量に影響を及ぼす可能性があり、JR東海が環境影響評価で流量への影響を試算したところ、「小河内沢の中間地点で流量が半減する」という結果が出ました。
環境影響評価準備書より転載・加筆
JR東海としては、川の流量が半減するのにも関わらず、「水力発電への影響は水系全体としての影響は小さいから問題ない」と結論付けています。川は水力発電のために流れているわけでなく、流量減少の影響は多方面に及ぶのに、そのほかの影響は完全に無視している、何とも強引、ムチャクチャな論法です。長野県庁での準備書審議会でも、おおいに疑問がもたれています。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ところで、今回疑問に思って取り上げたのは、この小河内沢の流量減少にともなう各種の具体的な影響ではありません(もちろん心配ですが、それは横に置いておきます。そもそも足を運んだこともないのにそんなことを論ずる資格はございません)。
自然公園法に照らし合わせておかしくないかい?
ということです。
この小河内沢の上流部は南アルプス国立公園特別地域に指定されています。「流量が半減する」と予測した地点から2.5㎞ほどさかのぼったあたりより上流側一帯です。上記の図で赤く塗りつぶした部分が相当します。
流量減少がどの範囲にまで及ぶのか、準備書では触れていませんし、そもそもシミュレーションをおこなったのかどうかもわかりません。
断面図を見ると、国立公園内で小河内沢を潜り抜ける部分では、谷底からトンネルまで、約300m程度となっています。地上への影響が出るかどうか、微妙な深さです。このぐらいの厚さでは、岩盤に亀裂が少なければ問題はないのでしょうが、破砕帯(巨大な亀裂で岩が粉々になっている)が地上から地下までつながっていれば、川の水を大量に吸い込んでしまうかもしれません。
黄緑色…土被り(トンネルから地表までの厚さ)300~200m、黄色…200~100m、橙色…100m未満
なお、JR東海が長野県での第2回準備書審議会で提出した地質断面図によると、断層と川底とが一致しているようです。この断層が川からの水で満たされていたら、突破したとたんに川の水を抜いてしまうかも…。
長野県のホームページより複製・加筆
点線がトンネルの位置 またも小河内川となっていますが、小河内沢です。
したがって現時点では「流量減少が国立公園特別地域内にまで及ぶのかどうかは分からない」という状況です。
「影響が出る/出ない」と断言できないことにご注意ください。
これでは工事許可をしてはいけないのではないのでしょうか?
というのも、仮にトンネルを掘って国立公園内を流れる部分においても流量減少をもたらしてしまった場合、法的にわけのわからない状況になってしまうように思われるからなのです。
国立公園制度については自然公園法という法律で定められています。
リニア計画のように、トンネルを特別地域の外側からその下に掘ることは、自然公園法施行規則11条16項で認められています。ところがその途中で川の水を抜いてしまったらどうなるのでしょうか?
どうやら法律では、そのような事態は想定していないようなのです。
法律の文章は非常に読みづらいのですが、とりあえず検証してみます。
(特別地域)
第二十条 環境大臣は国立公園について、都道府県知事は国定公園について、当該公園の風致を維持するため、公園計画に基づいて、その区域(海域を除く。)内に、特別地域を指定することができる。
第二十条 環境大臣は国立公園について、都道府県知事は国定公園について、当該公園の風致を維持するため、公園計画に基づいて、その区域(海域を除く。)内に、特別地域を指定することができる。
この第二十条の3項と4項には、次のような規定があります。
3 特別地域(特別保護地区を除く。以下この条において同じ。)内においては、次の各号に掲げる行為は、国立公園にあつては環境大臣の、国定公園にあつては都道府県知事の許可を受けなければ、してはならない。ただし、非常災害のために必要な応急措置として行う行為又は第三号に掲げる行為で森林の整備及び保全を図るために行うものは、この限りでない。
一~四は略
五 河川、湖沼等の水位又は水量に増減を及ぼさせること。
六~十八も略
一~四は略
五 河川、湖沼等の水位又は水量に増減を及ぼさせること。
六~十八も略
4 環境大臣又は都道府県知事は、前項各号に掲げる行為で環境省令で定める基準に適合しないものについては、同項の許可をしてはならない。
要するに、『国立公園特別地域内を流れる川の流量に増減をもたらす場合は、環境省の許可を得ねばならない。そして環境省は、その申請が基準を満たしていなければ許可をしてはならない』ということです。勝手に流量に影響を与えてしまえば、自然公園法違反となり、処罰の対象となるうえ、第34条に基づき、現状の回復を命じられることでしょう。
さてその基準とは次の通りです。
自然公園法施行規則 第十一条
18 法第二十条第三項第五号 に掲げる行為-(中略)- の環境省令で定める基準は、第十一項第ニ号の規定の例によるほか、次のとおりとする。
一 次に掲げる基準のいずれかに適合するものであること。
イ 学術研究その他公益上必要と認められること。
ロ 地域住民の日常生活の維持のために必要と認められること。
【地域住民が自己の用に供するため引水する行為等】
ハ 農業又は漁業に付随して行われるものであること。
ニ 水位の変動についての計画が明らかなものであること。
【当該行為により水位又は水量が現状と異なることとなる時期及びその範囲並びに変動量に関する計画が明らかになっているもの】
三 特別保護地区又は次に掲げる地域であつて、その全部若しくは一部について史跡名勝天然記念物の指定等がされていること若しくは学術調査の結果等により、特別保護地区に準ずる取扱いが現に行われ、若しくは行われることが必要であると認められるものに支障を及ぼすおそれがないものであること。ただし、(略)届出をして現に行われているものであり、かつ、従来の行為の規模を超えない程度で行われるものにあつては、この限りでない。
イ 野生動植物の生息地又は生育地として重要な地域
ロ 優れた天然林又は学術的価値を有する人工林の地域
ハ 優れた風致又は景観を有する河川又は湖沼等
18 法第二十条第三項第五号 に掲げる行為-(中略)- の環境省令で定める基準は、第十一項第ニ号の規定の例によるほか、次のとおりとする。
一 次に掲げる基準のいずれかに適合するものであること。
イ 学術研究その他公益上必要と認められること。
ロ 地域住民の日常生活の維持のために必要と認められること。
【地域住民が自己の用に供するため引水する行為等】
ハ 農業又は漁業に付随して行われるものであること。
ニ 水位の変動についての計画が明らかなものであること。
【当該行為により水位又は水量が現状と異なることとなる時期及びその範囲並びに変動量に関する計画が明らかになっているもの】
三 特別保護地区又は次に掲げる地域であつて、その全部若しくは一部について史跡名勝天然記念物の指定等がされていること若しくは学術調査の結果等により、特別保護地区に準ずる取扱いが現に行われ、若しくは行われることが必要であると認められるものに支障を及ぼすおそれがないものであること。ただし、(略)届出をして現に行われているものであり、かつ、従来の行為の規模を超えない程度で行われるものにあつては、この限りでない。
イ 野生動植物の生息地又は生育地として重要な地域
ロ 優れた天然林又は学術的価値を有する人工林の地域
ハ 優れた風致又は景観を有する河川又は湖沼等
※なお第1号ロと第2号には、【】内に示したような行為が例としてあげられています。自然公園法の行為の許可基準の細部解釈及び運用方法より
自然公園法施行規則第十一条第18項の基準を満たさない申請については、環境省は許可をしてはいけません。
これが例えば水力発電や養魚などのために川から取水する場合、「これだけの量をこの期間取水する」という申請を環境省に出せばいいわけです。環境省が自然公園法施行規則第11条18項に照らし合わせて問題ないと判断すれば、許可されます。
ところがリニアのトンネル工事で水を抜いてしまう場合、事前の予測は不可能(というかしていない)ですので、あらかじめ申請をおこなうことは、たぶんできません。申請・許可手続をせずに水を抜いてしまえば、これは自然公園法違反となってしまうかもしれません。かといって、原状回復を命じることも物理的に不可能です。
以上、わけのわからないと感じたことです。
もう一度まとめますと
「環境省の許可なく河川流量を変えてはならない。許可を受けるためには基準を満たしていなければならない」と自然公園法で定められている国立公園特別地域で、「事前に河川流量に影響が出るか予測することができず、基準を満たせるかもわからない」という工事を行うことは、法律上、可能なのか?
という疑問です。
自然公園法施行規則第十一条第18項の基準を見ても分かるように、流量の増減をもたらす行為としては水道用水や農業用水、水力発電などを想定しているのであって、まさか下にトンネルを掘って水が吸い込まれるかもしれないなんて事態は想定していないようなんですね。そもそも、そんな工事はこれまで前例がない(※)わけでして…。
(※)だからこそ、民間による国立公園特別区域内での大規模開発は免れてきた。しかし自然公園法第64条によれば、事業主体が都道府県知事や国の場合は、この規制を適用しないとしている。したがって国立公園内で大規模な公共事業を行い、川の流量を大幅に増減させるようなことも行われていた。事業主体が旧国鉄または独立行政法人鉄道建設・運輸施設整備支援機構であれば、国の事業なので、事前の協議を行うことにより大きな問題にはならないと思われる。
こういう問題に対し、例えば国から建設指示を受けた場合は例外とするなどの規制緩和、すなわち法律を変えようなんて妙なことが起きないよう願いたい。そんなことをすれば、国立公園制度など存在しないも同然になってしまうし、湖沼や温泉の底にパイプを設けて湖水・温泉を盗むようなことも可能になってしまう。
これって、どうなのでしょう?
もっとも、現在までに表面化してこないということは、何の問題もないという認識のもとで計画が進められている証拠なのかもしれませんが…。